これは、僕の学生時代の記憶。
彼女に会ったのは、高校一年生の春だった。
彼女は手芸部で、彼女が編む編み物は、柔らかくて、マイルドで、僕の好きなデザインだった。
彼女は僕に、その編んだものをよくプレゼントしてくれて、僕は彼女がくれたものを見るたびに、少し浮き浮きした気分になった。
彼女には、少しの白髪があった。その白髪を見ていると、僕は懐かしい気持ちになった。
彼女は、頬がろうのようにすべすべしていたけれど、少し顔色が悪かった。でも、その顔色の悪さに、僕はなぜだか釘付けになった。
絶世の美人と言うわけではなかった。
それでも、本当に彼女のことを大切に思っていた。
彼女となら僕は…………。本当に、そう思っていた。
8月の終わり、冷たくなった砂浜を僕の足は進む。
テトラポッドが波を浴びている。波のしぶきはほぐれるように、海の中へと消えていった。
僕の目は夕闇の中に一人のかわいらしい女性を写した。
彼女は微笑を浮かべながら僕を見つめて言った。
「ごめんね。急に呼び出して」
「話って、なに?」
嫌な予感がした。
「私たち、別れましょう」
波の音が遠くなった。
「……どうして?」
「あなたの目に写っているのは、私じゃないでしょ」
そんなことないと僕は言いたかった。
それなのに、言葉が出なかった。
僕は、なんとか声を絞り出して、
「……そんなことないよ」
とってつけたようだった。
僕は、彼女に全てを見透かされそうで、今すぐにでもこの場を逃げ出したかった。
何も、言葉が出なかった。
僕は、この時間が平穏に終わるようにと、この時間が彼女をこれ以上傷つけることがないようにと、ただ、願った。
僕らは黙っている。時間は刻々と過ぎて、僕はどうしたらいいかわからなくて、心細くなって、全身の力が抜けていくような感じがしていた。
僕は確かに、彼女を誰かと重ねていた。
でも、それでも、彼女のことは大切にしているつもりだった。
しかし、彼女の物憂げな表情を見ていると、僕のやっていることは偽善で、彼女のことを考えているつもりでも、それは実は全て自分のためで、僕が普通に生きようとしていることに、彼女を巻き込んでいるように思えて、自分のことが、とてもとても恥ずかしくなった。
そう思うと、彼女に本当のことを告げねばという気持ちに刈られて、僕は、他人には絶対に言わないと決めていたことを、口走った。
「僕、前世に好きな人がいたんだ」
僕は何を言っているんだろう。こんなこと、信じてもらえるわけがないのに。
「何度も、何度も、その人の夢を見るんだ。ごめんね。僕はまだその人のことが好きみたい。」
彼女は、振り向いて、黙ったまま遠ざかっていく。
少し離れた場所で、これが最後よ、と言うように、彼女は振り向いて言った。
「ねえ、私のこと、好き?」
僕は自分の言葉が真実になることを願った。
「好きだよ」
彼女ははっきりと言った。
「嘘つき」
彼女の顔は黄昏の暗闇でよく見えなかった。
波の響きが、微かに聞こえていた。
そうして、浜辺には、一人の嘘つきが残った。
僕はただ、石のようにじっとして、はかなく何かを待っていた。