くそつよユーリ 作:Shrennewosukuitai
4区、裏路地。
灰色にくすんだアスファルトは、塵や埃で濃く染まっている。所々ひび割れ、退廃と荒廃の雰囲気を大きく補強していた。
蜘蛛の巣の様に張り巡らされた電線と電信柱は、今にも倒れ掛かりそうで、危険なエネルギーを感じる。
粗雑で、触れただけで崩れ落ちそうな家屋が散見され、生活水準は高くなさそうだ、それでも、人間の住む所ではある。裏路地は地獄だが、あくまでも人間が住む場所だ。法もある。
そうして、私はカツカツとコンクリートを踏みしめていた。耳に異様な振動を感じ、辺りが妙に騒々しくなったから。きっと騒ぎの原因は、待ち人達だろうから。
路地の合間を縫うように進み、道路の中央を見れば、赤塗りの都市では珍しい煙突付きのバスがゴロツキを貪り食う奇怪な光景が広がっていた、死体には慣れたものだが、それでも血と油が混じった肉の臭いには慣れなかったし、慣れたくもなかった。
そして、ゆっくりと口を開き、いうべき言葉を喉から解き放った。
「あの、もしかして…リンバス・カンパニーから来た方で合ってます?」
窓を見れば、白髪のあなたが人生で一度出会うか出会わないかくらいの天才がこちらを一瞥し、渋面、赤目の特色フィクサーがこちらを凝視していた。私、そこまで注視される様な存在だっただろうか。
「そうみたいですね、昔のL社に勤務していた勤務していたユーリです。よろしくお願いします。」
のしのしとバスに乗り込むと、12人の囚人達の視線が一斉に私に移った。おかしい、私は羽虫程度にしか思われなかった筈なのに、妙に注目されている。
「はぁ、何ですかあのおどろおどろしい格好は、片翼の人間なんて初めて見ましたよ。」
橙色の髪色をした囚人が私を蔑んだ瞳で見つめている。確かに、全身に黄金色の瞳がついた服装はちょっと怖いかもしれないが、初対面でそこまで責められるのは理不尽だと思う。
それ以外の囚人は、私抜きで話し合いに耽っていた様だった。目線をちらちらと向けながら。特にあの時計頭は、私について関心があるようだった。表情は読み取れないものの、視線でわかる。かち、こちと時を刻む音に、きっと意志が込められているのだろう。
「ユーリさんはどんな事をしてたんだ?」
人当たりの良さそうな表情を作った虫の囚人が、仲良くしたいという思いを込めて私に話しかけてきた。私も、彼とは仲良くれそうなので、目を合わせて口を開こうとした途端、甲高い声に遮られた。
「おぉ!其方はフィクサーの様だな!ユーリ氏からは高潔なる英雄の香りが漂ってくる!」
金髪の軽快な表情をした囚人の声に遮られ、言葉は紡がれなかった。便利屋はそんなもんじゃないですよと、苦笑いを浮かべながら否定の言葉を投げかけ、橙毛の囚人はそれに同意していた。
「…すぐに他の飯の種にありつくのは簡単なことじゃなかったろうに、よくやれたな。」
「E.G.Oのお陰でそんなに苦労はしませんでしたよ、ちょっと肩が重いですけどね。それに、まだ契約社員です。」
ぽんぽんと右手に握った大剣を叩き、鳥達に思いを馳せる。強力な自我はそれだけ負荷が掛かり、油断すると意識を奪われるが、それでも強大な力を使わない手はなかった。
あの地獄の49日目を乗り越えたのは、殆ど鳥達が身を守ってくれたお陰だった。今でも、森を守るという強い自我に飲まれそうになることが何度かある。図書館で皆は元気にしているだろうか。
橙毛の囚人、イシュメールから散々皮肉ばかり言われ、私のか弱い精神が砕かれそうになるが、何とか無視して空席を見つけ座った。
思ったより、メフィストフェレスの椅子は座り心地が良い。長時間座る事を想定したのか、負荷が少なく腰にフィットしている。天才のこだわりは椅子にも見受けられた。
バスのエンジンが駆動し、低音の唸りを上げ都市を行進していく。これから、運転手さんに道を教えなければないと思うと、少しだけ憂鬱になったが、それでもお賃金という強大な力には抗えなかった。
そして、重い腰を上げて、運転席に向かって歩き出した。
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私とシンクレアの懸命な努力と地図によって、彼女は漸く東西南北を理解できたらしい。
息も絶え絶えで、骨を折るほど難しい任務だった、罪善さんの作業よりは確実に大変だった。それでも、時間はかかったが、旧ロボトミー支部に無事に辿り着けたのは行幸だった。
倉庫を眺めれば、地下入り口から風がびゅうびゅうと吹き遊び、ツンもした腐臭と荒廃の香りが漂ってくる。
本来なら、ここでホプキンス氏とアヤ氏と合流していた筈だが、私は本社勤めだったので同じ事務所に所属する機会がなかった。他人を庇う余裕はないから、こちらの方が都合が良かったけれども。
「えっと、皆さんに注意事項を説明しておきますね。ロボトミーは幻想体と呼ばれる化け物からエネルギーを抽出する設備ですから、勿論支部には化け物がウヨウヨいます。それと、枝を求める複数の組織と対峙する可能性もあります、留意してください。」
不安げな表情の者もいれば、仏頂面の者もいる。話自体に関心がない囚人もいた。時計頭、ダンテはかち、こちと音を立てるだけで、何を話しているかはさっぱり伝わらなかった。
ちらり、と視線を影にやれば、時計頭と赤い視線が物陰で話し込んでいるのが見える、やっぱり八級フィクサーは信用がないのだろうか。
「ねぇねぇユーリィ〜、ユーリってこの支部に勤めてたんだよね、どんな化け物が居るか知ってるのよね?」
ロージャは余裕げな表情で質問してきたが、私は余裕ではなかった。
「実は、大分前に本社に引き抜かれたせいで、4区支部に勤めていた期間は長くないんです、だから知らない幻想体が搬送されてるかも知れません。許して下さいね。」
事前に作成していたパンフレットを次元バックから取り出して、一同に配った。当時の管理情報をなんとか思い出して作成したハンドブック。終末カレンダーや黒檀女王の林檎、それと施設の内部構造が記されているので、それなりに役立つと思う。
パンフレットに目を通した瞬間、ファウストとイシュメールの表情がみるみる変化していくのが面白くて、笑ってしまった。
イシュメールには馬鹿にされ、ヴェルギリウスには睨まれ散々だったが、この顔芸は私のささやかな幸福となった。
そして物陰からダンテが顔を出すと、かち、こち、という音で私は正気に戻り、一同が揃った。ヴェルギリウスに催促され、私達は地獄の蓋を漸く開封する心構えができ、荒廃立ち込める旧ロボトミー支部へ、一歩足を踏み入れた。
かつ、かつ、かつ、こつと鈍いコンクリートの階段を一歩一歩進み、光が段々薄れていくにつれて、地下から嗅ぎ慣れた悪臭が鼻腔をくすぐってくる。
囚人一同も堪えたようで、特にシンクレアは相当辛そうだった。そういえば、ダンテには鼻があるのだろうか、食事は不必要なのだろうか、疑問は絶えなかった。
「もう一度申し上げますが、この中で死ぬと戦闘が終わっても生き返る事はできません。」
あなたが人生で一度出会うか出会わないかくらいの天才が、その豊満な胸部を揺らしながら淡々と警告を述べた。実際の所、彼がどういう仕組みで囚人達を蘇らせているのか、さっぱり理屈がわからない、四章では、修復を原理とするとファウストは言っていたが。
「クリフォト抑止力のせいでしょうか、今だにダンテさんがねじれたのか義体なのかそれとも自分だけのE.G.Oを発現させたのか、区別がつかないんですよね。多分違うでしょうけど、幻想体なら引っかかる気がします。」
ファウストは渋い顔をしながら、たった一言、機密事項です。とだけ言った。ダンテも気になるようで、ぽーっっ゛っ゛!!と唸り声をあげて天才を問い詰めるが、返答は首を横に振ることだけだった。
そんな他愛もない話をしながら、地下を進めば、遂に我々は悪臭の根源と対峙することになった。
「かち、こち、こち。」
「正確な観測でございます、死体の崩壊期に至ったようですね。」
私が周りを警戒している最中に、ロージャとグレゴールは呑気に虫遊びをしたり、他の囚人達も他愛のないエングレッシュだの警戒心のかけらもない言葉遊びをしていた、いや、緊張を解いた方が有利に働くのだろう。
そんな時間も長くは続かず、ダンテの号令により私達一行は更に深部へと足を踏み入れることになった。
かつ、かつ、かつ。朧げな影が揺れ蠢き、足元に奪って来た数々の命や重さを感じる。赤い警告灯が微かな光を発し、足元はかろうじて視認できる程度の暗黒に包まれている、かさかさと虫達の宴と、一行の足音以外に今の所気配は感じられなかったが、平穏な時間は長くは続かなかった。
腑から突き出た数対の翅や、奇妙な触覚が絡み付いた死体が脇道に落ちている、そして、私の数々のギフトにより強化された視力が遠方の不審者を捕捉した。
「静かに、前方に挙不者を補足。」
一行に漸く緊迫感が生じ、特にダンテとシンクレアは体を震え上がらせたようだ。
「恐らく、幻想体ではないでしょう。薄らと手足が確認できますね、奇襲を仕掛けましょうか?」
道を塞ぐように左手で遮り、管理人の指示を待つ。依頼内容は支部の案内と管理人の護衛、一応、管理人の指示を仰いだ方が良いだろう。
が、判断を待つ前に、私達は気配を悟られてしまったらしい。そりゃ14人の大所帯がゾロゾロ動いてたら勘付かれるに決まってますよね。
「ご対面と行くしかないだろうな。」
私達が覚悟を決めた瞬間、それは姿を現した。
「おい!そこ、誰だ!」
やはり、影の群れ達は人間だったようだ。私達を今にも殺さんとする力強い目つきだ。
そして、私達をうまいこと言いくるめようと思ったのか、怒りを堪えて、讒言で一行を惑わそうとした。勿論、ヒースクリフやグレゴールは即座に看破していたが。
グレゴールは荒んだ瞳で彼らに睨みつけられ、僅かに動揺していたのは間違いなかったが、芯がしっかりした人でもあった。負けじと言葉で反撃するだけの胆力があった。
戦闘は避けられなかった。人を傷つける。それは都市において正しい行為だが、自らの手で、他人を切り裂くたびに自身の心と道徳が悲鳴をあげて空に絶叫している、摩擦して、擦れ切った過去の記憶が私自身を傷つける。
そんな心とは裏腹に、私の身体は弾丸のように飛び出していた。鳥達が叫んでいたからだ、彼らに終末を齎せと。
流れて動く、辺り一体がゆっくりと。右足を一気に踏み込み、大剣を片手に侍らせ、上段から振り下ろした。
肉を切り裂く生温い感触、何度も繰り返して来た鎮圧工程、今更何に躊躇する必要があるのだろうか。切り裂いたまま、下段構え。そのまま動かぬ次の羽虫を、切り上げる。血飛沫すら躱し、勢いよく地面を踏み締めての回し蹴り。最後の虫は壁に打ちつけられ、かひゅ、と声にもならない呻き声をあげた。
認識すらさせずに、その首を両断して、戦いとすら呼べぬ戦いは、一瞬にして終わりを迎えた。
ダンテ一行は唖然とした表情で、私に視線を送っていた。頼もしい、と思う気持ちと、恐怖が入り混じった視線、ロボトミー本社で、何度か味わった事のある瞳だった。
18日目、数少ない高ランク職員だった私とジョシュアが、たった二人で笑う死体の山を鎮圧した時に後輩から向けられた視線によく似ていた。その時は、ジョシュアが笑って慰めてくれたんだっけ。いつか、図書館に会いに行きたいよ…
空もないのに、空を見上げた。私に星はないけど、譲れないものはあった。そうして、憂鬱な世界へと浸っていたけれど、肩にぽんっと感触を感じ、振り返った。
「ごめんな、ユーリ。汚れ仕事、させちまったよな、俺がやらなきゃいけないのに…。」
「いいえ、大丈夫です、何度も殺して来たのに、今更感情に浸るなんて、可笑しいですよね。」
会話は続かなかったけど、彼の気遣いは本当に、チョコレートのような苦味を伴った優しさだった。やっぱり、彼は軍人には向いてなさそう、優しすぎるから。
彼はゆっくりとタバコを蒸し、いつにも増して長く煙を味わっていた。
気まずい空気が流れたが、それでも私達は進まなきゃいけなかった。足音のみが廊下に響いたけれど、14人もいれば、静粛は打ち破られるものだ。
「それにしても、ユーリさんは本当に強いですね、僕には殆ど動作が見えなかったんです。それだけお強いなら、どうしてこの会社と契約を?リンバス・カンパニー以外にも選択肢は山程あると思いますけど…」
意外にも、ホンルの言葉に同意するものは多かったようで、皆から袖を掴まれ催促された。
「俗な話ですけど、笑わないでくださいね。ずばり、お金が欲しかったんです。条件が合致して、しかも破格でした。」
お金、都市では金さえあれば何でもできる。本社勤めの給料は莫大だったが、無限というわけではなかった。それに、会社を脱出してから更に強化手術を重ねたので、実はあまり余裕がない。
「うぅむ…推測なれど、ユーリ嬢の労働せし思惑、それのみにあらず。」
イサンからの鋭い指摘からは逃れられなかった。別に隠すような内容ではないし、私は素直に回答したけれど。
「まぁ、コネが欲しかったというか、一人で生きられる世の中ではないじゃないですか。ヴェルギリウスだって、会社に所属しているでしょう、それだけですよ。」
そんなに面白い話でもなかった。それ以上追求する人もいなかったし。
私達は指揮チームロビーを抜けて、ついに第一隔離廊下へと入場しようとしていたところだった。もう古ぼけて、錆切った記憶が確かならば、この先には大罪と呼ばれる未知は幻想体がいるはず。未知は恐怖だった。
ギィィッ、と重厚な隔離扉を僅かに開き、中を観察する。暗闇で、あまり明瞭な観察はできなかった。
「歩くカリフラワーみたいな幻想体が六体居ますね、床や壁を齧ってます。見たことないですね、管理人、指示をお願いします。」
「かち、こち、かち。」
「未知の幻想体なら、囚人に行かせた方が良いと言っていますね。ユーリさんはここで待機していてください。」
傷付いたら、時計を回さねばならない筈だけど、彼は苦痛を味わう気でいるようだ。御言葉に甘えて、壁を背もたれとして、彼等の戦いを観戦しよう。ダンテと一緒に高みの見物だ。
ヒースクリフがドアを蹴破り、一気に囚人達が雪崩れ込んだ。決して悪くない動き方で、戦闘に慣れている人も多い。各々が管理人の統率された指揮で、連携が取れている。バスの中でもその連携を保ってほしい。
バット、薙刀、メイス。各々の武器を巧みに操り、カリフラワー達を潰して潰してサラダへと変えてゆく。うん、普通に強いね。
戦闘は五分と立たずに終了した、特に甚大な被害を受けた囚人もいない。大戦果と言える。大罪をよく観察してみたが、やはり試練とかなり類似している。完全食、少しだけ愛らしいあの芋虫のようだった。
「大丈夫そうですね、カリフラワーは多分ZAYINクラス区分だと思います。一番弱いやつですね。」
すたすたと力なく近寄る一行はげっそりとした表情で、私に話しかけて来た。
「あんた、強いんだからちょっとは手伝ってくれよ、ヴェルギリウスじゃねぇんだからさ。」
それはそうだけど、まあ管理人の指示になかったので。とだけ返答しておいた。彼は短気だけど愚かではないので、会話はそこで終了した。
「かち、こち、こち。」
再び、ダンテの号令により、カリフラワーが一掃された廊下を進むことになった。それからは、暫くは平穏が訪れていた。根が襲うまでは。
イサン節が難しすぎる