くそつよユーリ 作:Shrennewosukuitai
嗅ぎ慣れた死臭、腐敗が近付いてゆく気配。剥き出しの骨とぐちゃぐちゃの肉が絡み合い、判別ができないほど損傷した死体。どろどろと流れゆき廊下にぴしゃりと飛散した血液の鉄の味。薄暗い蛍光灯が影を形作り、その中で何かが蠢いている。
顔すら崩れ、無事だったのは右腕だけだ。巻き付いた腕章、書き記された名前『オデリ』いっその事、腕すら消し飛んでいたら良かったのに。思考の端にそんな考えが浮かんだ。
水に塗れたモップと雑巾、洗浄剤とバケツを身構え、汚れ切った廊下を端から少しずつ清掃してゆく。
まるで、『オデリ』という職員が実在しなかったように、一つ一つ存在を消し去ってゆく。
何も考えたくはなかった、意図的に思考を封鎖していた。J社の特異点のように、思考に錠前を掛けて、心を無にして。呼吸すら忘れて、モップを動かすことに注力していた。血溜まりが泉のように、鏡のように光を反射している。意図せずにそれを眺めてしまえば、映ったのは私だけ。
鉄のごとく固められた表情、涙一つすら滴り落ちない。ただ虚空を眺めるように、瞳孔は黒一色に染色されている。
血に触れて、赤色の髪色をより一層濃い真紅へと染め上げていく。吸血鬼になった気分だ。腕が震えて、怖気で身体が硬直する。
錠前の穴に鍵が差し込まれて、封じようとしていた記憶が一気に脳を駆け巡る。朝食のミートパイの味が忘れられない、サクサクとした生地の中に閉じ込められた肉汁の芳醇な味わい、トマトベースの酸味の刺激と、鼻をくすぐる胡椒。
「オデリちゃんに勧められたミートパイ、美味しかったなぁ。」
彼女はいつもパイを頬張っていた。生きていて、パイを食べられるだけで私は幸せなんです、こうも言っていた。分かってはいけないことが、分かってしまった気がする。
肉はいつだって美味しいんだと、屍を踏み越えて、舌で味を転がして、その味を知るようになるのは避けられない過程でした。
肉片と骨を掻き集めて、死体袋に纏めて放り込み、気が付いた時には廊下には一滴も、一つも痕跡が残っていなかった。
墓すら作られず、黙祷すらされず、彼女は唯忘れられていくだろう。下層にて、全てを記録してゆく彼だけが、忘れる事さえ許されずに、魂を握らされ続けている。
塵のように灰となり、その灰すら土となって、私はパイの味を忘れることにした。ただ、口元にソースが付けた彼女の満面の笑みが、私の瞳孔の奥底、心の中で燻り続けた。
生きてゆくことは苦痛だった。
三章が難筆すぎて辛いので閑話をサクッと書きました。