くそつよユーリ 作:Shrennewosukuitai
星を見上げて、数刻ほど。
あまり燦々としていない微かに灯っている真理の星、渦巻き銀河によく似ている、赤と青のコントラストが、あまりにも美しかった。
星が痛いわけではなかったし、囚人達も殆ど無傷なので、時計を巻き戻す必要もなかった、安堵した。あの耐え難い苦痛を味わう機会は少しでも少なくしたかったから。
私達はそれなりに肉体的にも、精神的にも疲弊していたので、ユーリの提案もあり、私達は休息を取ることにした。
ユーリ曰く、此処は談話室だったらしい。漸く一息つける場所、御誂え向きにも、当時の姿を殆ど残していたらしい。錆びたパイプ椅子や、埃と煤まみれの机、壁掛けのポスターなどが面影を残している。汚れ切っているが、漫画なども置いてあった。
管理人というだけで特別待遇なのか、私には一番綺麗なソファに座る権利があった。囚人達は床に寝そべるか、壁にもたれ掛かるか、残った椅子の奪い合いに発展していた。
先程の戦闘ではあれ程の連携を見せていたのに、何故協調性は持続しないのだろう。
ゴソゴソと鞄を漁る音が聞こえて、視線を向けてみれば、ユーリがとても美味しそうなサンドウィッチを頬張っている姿があった。
そう、ユーリだ。
自称八級フィクサー、彼女には謎が多い、もしかすると私より多いのではないだろうか。まず、戦闘能力が高すぎる点。囚人全員で襲い掛かっても、勝てないだろうと思わせる程には。
次に、見識が深すぎる点。幻想体、ロボトミー社。この二つに対して答えられない事はないのではないだろうかと言える程だ。ファウストの眉間に皺が寄るほどの知識量、疑問は絶えなかった。
ヴェルギリウスの警告が脳裏に過ぎる、彼はこう言っていた。
『ダンテェ…一つ、忠告しておきましょうか。ユーリには、最大限の警戒を払った方が良いでしょう。八級フィクサー、本来なら序列の低い使い走り程度の存在が、私と鍔迫り合えるほどに強いというのは、異常ですから。」
サンドウィッチの包み紙をポケットに捩じ込み、億劫そうに欠伸をする彼女の姿は愛らしかったが、それでも不安は拭えなかった。頭は時計だから、表情には出ないが。
そして、視線に勘づいたユーリは、ぎこちない動作で、ゆっくりと笑みを作った。
「やっぱり、信用ないですかね、私って。」
<何だよ、心まで読めるのかユーリさんは。>
「うーん、相変わらず時を刻む音しか聞こえませんね、何か言いたい事があるなら筆談でお願いしますね。」
ヴェルギリウスの言った通り、あどけない容姿とは裏腹に、心を許してはいけないかもしれない。肝心な場面で、背中を刺されたら終わる、危うさを秘めていた。
思案に浸る私だったが、肩にぽんと衝撃を受けて、振り返ればファウストだった。
「ダンテ、休息は十分でしょう。ヴェルギリウスに叱られたくなければ、直ぐに行動するべきだとファウストは進言します。」
それもそうだと思い、私は囚人達に号令をかけた。渋々億劫そうに立ち上がる囚人達に発破を入れて、私達は再び進軍を開始した。
ギィィ、とドアを開けば再び朱色の蛍光灯に塗りたくられた錆と埃塗れの床と空間に包まれる、荒廃は先程と同じ筈なのに、雰囲気は45度ほど変化したように感じられた。
そして、六歩ほど先に先導していたユーリの表情が、一瞬にして険しくなると、突如として壁に向けて大剣を振るった。理解できない行動だったが。即座に理由は理解できた。
「っ!管理人さん、下がって!」
突如として、鋭く荊が巻き付いた棘が、ユーリの大剣と衝突した。奇襲だった。地面から、壁から、無数の棘が射出され、私達一行に壊滅的被害を与えんとしてきたのだ。
ユーリだけではなく、私にも差し向けられた棘は、ムルソーの痛打によって弾き飛ばされた。心臓がバクバクと脈動して、全身に急速に血液が回るのを感じる、もし当たっていたら、私は無事では済まされなかっただろう。
「総員、戦闘体制に入るぞ!管理人様、指示をお願いします。」
不明瞭な暗闇の中で、姿形を捉えんと、必死に前方を注視した。極めて高いはずの天井の七割近くを占める身長に、全身を覆う巨大なコート、紫のドレス、身体中に巻き付いた根、まるで中世の貴族の外観。
間違いない、あれはユーリの報告書に記されていた黒檀女王の林檎だ。
猛烈な勢いと大剣の攻めで、ユーリは果敢に攻めかかったが、棘と足元の荊で思うように動けていない、あのユーリですら苦戦する、今までとは別格の敵に、私は怖気抱いてしまった。
それでも、管理人の責務は果たさなければならない。囚人達と私の命がかかっているのだから、失敗は許されない。
チクタクと時を刻み、囚人達に支持を出した。
「枝は引き受けます、本体を攻撃してください!」
敵は強大だが、ユーリも強大だった。前線で、複数の触手を一身に引き受け、ひらりひらりと躱し、また叩き落としている。無数の根が足元を覆っているにも関わらず、まるで曲芸師のように舞踏を踊っていた。
そのおかげもあり、囚人達も果敢に飛び込み、本体を一心不乱に殴り、そして離脱を繰り返す。
致命的な反撃を避けるために、囚人達は一撃離脱の戦法を繰り返した。ユーリありきだが、有効な戦法でもあった。果実が傷付くにつれて、黒檀女王の林檎には明確な隙が見受けられ、そして、ユーリが枝を叩き折ると同時に、ヒースクリフとファウストが果敢に飛びかかり、重力の力を果実に知らしめた。
ぐしゃり、と幻想体が崩壊していくのが見える、どんどんと縮まり、最終的には人と同等の球体へと変貌してしまった。
「何だよ。終わりか?」
「幻想体は簡単には制圧できないくらい強力だって聞いたんですけど…。」
ヒースクリフとイシュメールは余裕げだ。大半がユーリの活躍にも関わらずよく威張れるものだと思ったが、ユーリは気にしていなさそうなので言及はしなかった。
「クリフォト抑止力のお陰ですね。幻想体を弱化させる便利な力です。WAWクラスがここまで弱まっているという事は、恐らく最大強度に近い設定かと。」
ファウストも同意しているようで、続けて捕捉事項を説明し出した。
「黄金の枝を回収すると、抑止力も低下していくでしょう。今はこの程度で終わりましたが。」
囚人達は憂鬱そうだ。これから、私が何度も何度も時計を回さねばならない日が来ると思うと、更に憂鬱になった。
<…気が遠くなる話だな、所で、幻想体の死体は何処だ?さっき死んだ気がするけど…。>
「ああ、死体ならあそこですよ。幻想体は鎮圧されると卵に孵り、やがて孵化します。死なないって事ですね。」
<え、ユーリさん、やっぱり心が読めるのか、それとも囚人ではないのに理解できるのか、冗談だろう。>
彼女は私の言葉を無視して、どんどん前へと進んでいってしまった。あからさまに無視されたのか聞こえてないのか、判別がつかない、囚人達と私は彼女を追いかける羽目になった。
ユーリの背の羽がパタパタと動き、私達に更なる衝撃を与える、あれ、神経通ってたのか。
「この階段を降りれば、情報チームですね。足元に気をつけてください。」