くそつよユーリ   作:Shrennewosukuitai

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三話

 

足並みを揃え、順調に、一歩ずつ。すっかり囚人達もロボトミー支部の歩き方を覚えたらしい。

 

「いいですよ、幻想体達は透明だったり、地面や壁に隠れて突然丸呑みされたり、認識阻害で野獣を愛らしいチワワに見せ掛けたり、多種多様な手段で我々を害しますから警戒を怠らない歩き方を覚えてくださいね。」

 

脅しのレパートリーを欠かさない職場だった。青ざめた表情でびくびくと肩を振るわせるシンクレアの耳元に、フゥ〜と風を送るロージャ。

 

ひゃっ、と女の子でも早々出さない悲鳴をあげてロージャを睨みつける彼の姿は、やはり都市には似合わない可愛らしさだった。

 

朧げで掠れ切った遠い記憶では、4区支部では致命的な認識阻害幻想体は存在しなかったけれど、途中本社に引き抜かれたせいで、新規幻想達が搬入された可能性を否定できなかった。

 

慎重に、あらゆる五感を活用して奇襲を避けなければならなかった。囚人達と違い、私は死ぬ。強くとも、死ぬ時はあっさりと、それが都市だった。

 

「本当なら、蘇る貴方達を前に歩かせた方が、即死を防げて良いんですけどね、誰か前を歩く自信のある方はいませんか?」

 

即座にムルソーが手を挙げて、続いてグレゴールが挙手した。眉一つ動かさずに、がっしりとした肩で。口数は少ないけれど、やはりムルソーは頼りになった。

 

グレゴールは顔に表情が出やすいので、怖気を隠しきれていない。それでも、私に対して僅かに責任を感じているのだろうか、タバコを蒸しながら挙手していた。

 

「ありがとうございます、二人とも頼りになりますね。」

 

返答はなかったけれど、前に出た二人は大きな背中で私を守ってくれるという意思表示をした。その光景にふと既視感を覚えて、過去の記憶が紙芝居のように連続で流れ行く。

 

ああ、ダニエル先輩、ラ・ルナが脱走した時に、先導して私を守ってくれましたね。配給食が唐揚げだった時に、私の分を根こそぎ奪って逃亡しましたね。

 

その背を追いかけた事を憶えている、似ていたんです。

 

でも、感傷に浸っている余裕は、すぐに闇の中に消え失せてしまった。そして、代わりに闇の中で、陰鬱な表情をした別の敗残兵が一人現れた。

 

高い階級を象徴するような、古びてはいるがテカテカと光るバッチを身につけている。

 

「…グレゴール課長?」

 

「あんたの顔にはなんだか思い当たる節があるな。何で見覚えあるんだ?」

 

「君の部長だった、一人で逃げたのみならず昔の戦友であり私の部下である奴らまで今や殺したか。」

 

「おい、戦争は十年前に終わってるぞ。まだ兵隊ごっこから抜け出せてないのか?」

 

旧G社部長とグレゴールは会話を交わし、一触即発と言ったら雰囲気で牽制し合っていた。それでも、二人の間には妙な信頼関係があるようだった。

 

双方共に距離を取り、視線が電線のようにバチバチと飛び散り、遂に剣を抜く瞬間がやってきた。私も、鳥達に意識を寄せ、森の情景を心に浮かべようとしたが、止められてしまった。

 

「ユーリさん、これは俺の戦争だから…俺が終わらさなきゃならないんだ。だから、だからすまないけど、下がっていてくれ。」

 

肩を振るわせ、悲壮が空気を振動させる。冷たい風が吹き遊び、私の心を痛めつけるが、それでも彼を尊重して、素気無く後ろへ下がった。

 

瞳は、閉じる事にした。見てしまえば、私はきっと悲しむから。蒼白な秘書もそうしたように、心を惑わさないために。

 

ただ剣戟の甲高い音と、虫たちの怒号が、耳を通り抜けた。鈍い打撃と、鋭い刺突が衝突して、空間ごと爆発を起こしそうなくらい、激しい応酬が行われている。瞳がなくとも、音色で理解できる。ダンテ、彼の指揮は卓越している。マッチ全体をコントロールする力に長けているようだった。

 

そして、争いは終局に向かっていた。一人、また一人と虫達が倒れ、残った部長の腹をグレゴールが抉り切った。

 

数多の戦場を渡り歩き、敵を切り刻んできた部長の息が、かひゅ、と咳き込んだ後に、段々と消えかかってゆく。

 

「かつては、お前を尊敬した人達もいたな、グレゴール…。」

 

目を伏せ、一呼吸置くと、彼は僅かに喉を震わせ、返答した。

 

「尊敬してくれって頼んだ事はないけどな。」

 

「…これ以上、前に進むな。あそこは、地獄だ。」

 

「それは難しいかな、真面目に働かないとクビになるし。」

 

「カネに、名誉まで売り払ったのか。」

 

「昔の夕方に勲章と一緒に売ったよ。大家さんが家賃を催促してきたからな。」

 

死にかけていた元部長の顔に、苦笑いが浮かんだ。

 

「お前も、俺たちと変わらないな。結局、俺たちは、気色悪い、虫ケラでしか…。」

 

そう言うと、何度か激しく息をして、それ以上は動かなくなった。

 

グレゴールは、心境を隠すかのようにポケットを弄ると、煙草を一本取り出して、火をぼうっと浮かべた。そして、G社部長の口元へ持ちやり、煙草を咥えさせた。

 

何を思ったのだろうか、良秀も咥えた煙草を、口元へ移し、豪華にも、部長は煙草を二本咥えることになった。戦場の葬式として見れば、それは絢爛にすぎた。

 

そして、瞼を開けば、全てが終わったあとだった。

 

囚人達も、無事ではすまなかったらしい。骨が折れたり、裂傷が見受けられた。時計を戻した方が良いだろう。

 

「終わり、ましたね、先を急ぎましょう。歩いてるうちは、考えなくて済むので。」

 

望んで地獄に来たのだから、死を味わうのも覚悟しなければならなかったけど、見たくないものを見ずに済むなら、それが一番だった。

 

何も言わずに、囚人一行は歩みを進めた。次第に、比較して清楚な、敗残兵の痕跡がないエリアに、足を踏み入れることになった。

 

前方、視界の端に外傷もなく倒れ伏すロボトミー職員が見える。つまり、毒物エリアということ。

 

「皆さん、呼吸せずに、できる限り下がってください。噂通り、毒物検出率が高いエリアに来たようですね。」

 

それを聞いた囚人達は、慌てて元いた階段へ向けて走り出して、ついでに罵声が飛び出した。

 

「おい!何でそれを早く言わねぇんだよ、無駄に死ぬ所だったじゃねぇか!」

 

「不確かな情報を伝えるのもアレかなと思って、一応すっっっごく高かったガスマスクを一つだけ買って来ましたよ。私が元栓を閉めに行ってもいいんですけど、信用なさそうなので預けますね。」

 

次元バックをゴソゴソ漁り、ガスマスクをぽいとイシュメールに預ける。え、私がやるんですかと言う表情を向けられたが、彼女なら粗雑に使わないだろうから。

 

渋々マスクをつけ、覚束ない足取りで歩くイシュメールを見送ると、肺に空気を送り込み、毒の味がしないか確認した。

 

僅かに肌がピリピリと痺れている気がする、毒の味は刺激的だった。

 

「これは、恐らく幻想体制圧用の毒ガス弾が漏れ出てます。皆さん良かったですね、私が情報通で、報酬上乗せしてくれてもいいんですよ。」

 

都市随一の天才はため息をつきながら、報酬は契約通り支払われます。とだけ呟いた。

 

数分ほど楽しい談話会が行われて、漸くイシュメールが姿を現した。特に何事もなく、元栓を閉めることに成功したらしい、クールな顔をわざと見せ付けているようだ。

 

「イシュメールさんの多大なる活躍で毒も失せましたし、進みましょうか。」

 

 

__________________________

 

 

 

闇の中、壁中にエンケファリンがぶち撒きられ、新時代のアートを感じさせる造形と化した支部を進む中、人生で何度か遭遇した、見慣れた幻想体と対峙する事となった。

 

赤い筋繊維の束に覆われ、頭に土偶を被った奇妙な姿形をしている。それ達は体を何度も震わせると、私達を贄に捧げんと襲いかかってきたが、恐るべき存在ではなかった。

 

鳥達に比べれば、なんて事ない。意識を、右手に侍らせた大剣に精神を集中させ、心の中に黒い森の情景を浮かべる。森を守らんとする意思を自我に込めて、土偶達に平和を齎す。

 

自我の造形を操り、どんなものも一口で飲み込むクチバシをイメージする、高速の五連撃。筋繊維を断ち切り、肉塊すら残さない勢いで、切り刻む。

 

意識する暇もなく、呼吸すら忘れる内に、土偶を土塊へと逆行させた。争いとも言えない争いは終わり、私は意識を鳥達から離した。

 

「E.G.Oの扱い方がなってないんですよね…まだ使いこなせていないんです。囚人の皆さんが使うE.G.Oは何だか荒々しくて、でも力を引き出せてますね、見習いたい所です。」

 

いまだに、私は黄昏に振り回されている。私はユーリだから、鳥達の心を完全に模倣しきれない、それでも、鳥は私に助力してくれていた。そんなことを思慮していたら、ダンテが私の肩をポンと叩き、左手で手紙を私に差し出した。

 

<ユーリさんが使うE.G.Oと私達が使うE.G.Oは形式が違うな、どういう違いがあるんだ?>

 

私は抽出チーム所属ではなかったから、E.G.Oに然程見識がない、それでも、本社勤め故に知りえたことは多かった。傍迷惑で、狂気に満ち溢れていた場所だけれでも、得た経験は唯一無二だった。

 

「E.G.Oの本質は、他者の心です。元々心は不定形だから、色々な形に加工できるんですよ。私が纏う『黄昏』は本社で丁寧に精練されて、特異点で加工されています。持続的に使用できて、扱いやすいですね。逆に、貴方達が使うE.G.Oはその、何というか荒々しくて、負荷のある未精練のものですが、心寄り添い、強力に扱えますね。」

 

蒼白な司書が独自に変性させた、精神に直接被せるタイプもあるらしいです、と言及したところで、話は終わった。ファウストが言うべき事を奪ってしまいましたね、と嫌味なのか嫌味でないのか判別が難しい言葉が耳を通り抜けたが、無視して歩みを進めた。

 

かつ、かつ、かつ。囚人達は歩みを進め、行軍した。彼らを見ていると、本社の記憶が脳裏を過って仕方ない、チーフの立場故に、部下を守らないといけないという気持ちが強かった。囚人達と、部下を重ねて見てしまう。階級が低いのは私なのに。

 

うつらうつらと、警戒に集中しなければならないのに、心が乱れてばかりだ。乱れているから、私は前方の人影に気づかなかった。

 

<さっきのあの幻想体が、職員を全員殺したんだろうか。>

 

私には、かち、こち、かちという音しか聞こえないけれど、何となく、彼が言いたいことが理解できるようになってきた。私は囚人ではないが、彼の心に寄り添えば、もっと理解できる気がした。

 

「違います。もし私の嫌な推測が会ってるなら...。」

 

終末カレンダーは、生贄を捧げなければ致命的な損害を引き起こす、厄介な幻想体だ。生贄を捧げなければならない。陰湿極まりなかった。

 

「前方を注視なさいませ、管理人様。前方にさっきと同じ奴がまたもう一ついます。」

 

廊下の端に石像の頭を被った何かが、弱々しく寄りかかって座っている。こんにちは...君たちも...くじ引きを...しに来たのかいという、聞きなれた、顔見知りの声が私の脳を揺らして止まらない、アレックス、久しぶり。

 

「社員証を...全部集めて...渡すと...当選者が選ばれるんだ。」

 

会いたかった、会いたくなかった。普段は頼りになる、背中を任せられる、そんな彼がここまですり減り、弱り、今にも死にそうな姿なんて、苦しいだけだった。けれども、私は、彼を救う傲慢な手札を、鞄の底へ持っていたのだ。

 

「アレックス、人身御供したんだ、そうでしょう。それでも、生きたいですか。」

 

反応は、微弱だった。それでも、彼は苦しそうに、辛そうに首を横に振った。

 

「あ、はは、かはっ...ユーリぃ、僕は、運がよかったのさ、おまけに、強欲だったんだ...最後の一人になるまで、生に執着していたのさ...。」

 

他人を犠牲にし、一人になったものの心は、きっと罪悪に溢れ、再び死が訪れるまで、そのものを蝕むだろう。罪を背負って生きることは、人間には苦しすぎるから。ゆっくりと、アレックスと瞳と瞳を合わせ合い、見つめる。これは彼の為にする行為じゃなくて、私の為だ。

 

次元バックに視線を向けて、両手で弄り、唯一つの切り札を探す。底の方に眠っていたそれを、左手に握りしめて、瞳を閉じる。流動して、緑色の輝ける粒子を封じ込めたアンプルを、正面に構え、思い切り突き出した。私の為に、生きてもらおう。

 

どくどくと、体中を流れゆくそれは、状態を元に戻す、最上級の治療薬。涙から生まれるそれを、私の為に投与した。

 

「けほっ、ユーリ、お金持ち、だったのかい、本社勤めは、楽しかったかい、どうして僕の為なんかに、アンプルを...。」

 

瞬きする間に、彼は元気を取り戻してゆく。被り物を無理やり取り去って、彼の顔をまじまじと見つめた。泥だらけで、かすり傷だらけの、見慣れた表情。黒く光る、鴉のような瞳は驚嘆に包まれていた。

 

「私の為です、知り合いを助けられたのに、助けなかった。そうしてしまえば、私はねじれてしまいますから。だから、私の為に、罪悪を抱えて、生きてください。」

 

再び、次元バックをごそごそと漁り、私と、彼の好物を取り出し、無理やり口にねじ込んだ。

生気のなさを、味だけで覆す。そんな刺激に溢れた味を。

 

「ハムハムパンパンのサンドウィッチ、美味しいですか、サンドウィッチの分だけ、生きてください。幻想体は粗方片付けたので、今なら安全に脱出できます。入口付近に、バスが停車していると思うので、ユーリの知り合いだと伝えてください。」

 

それだけ言い放ち、私は、もう彼と瞳を合わせなかった。図太く、強欲な人だから、無用な心配はしなかった、鳥達が、より一層鳴いている気がして、彼を終わらせてしまいそうだったから。

 

「随分と情に甘いんだな、そんな高級品を使うだなんて、だが、分かるよ。」

 

今回の給与が8割消し飛んだが、ねじれてしまうよりマシだった。心に正直に生きることは、都市を生きる上で最悪な行動だけれど、硝子のように弱い心を守る為には、こうするしかないんだ。

 

「おほぅっっっ!!!これぞ真の英雄的フィクサーの行動!素晴らしいでござるっ!!!!!か"ん"り"じゃなりぃぃっっ!見ましたかユーリ殿の行動は歴史に残りまする!つぁああ!」

 

煩かった。耳障りだった。それでも、無邪気に喜ぶ子供の笑顔を妨げるようなことはできずに、苦笑いを浮かべるばかり。

 

それを咎めるイシュメールと、良秀すら無視をして、ひたすら私を英雄のようにべたべたと刷り込まれたアヒルのようについてくるようになってしまった、彼女の道徳規範に触れるとこういうことになるのか。

 

「けほっ、ユーリ、気を付けてくれよ、この先に人身御供の元凶がいるんだ、いくらユーリが強いとはいえ、死ぬかもしれないんだぞ。」

 

アレックスの気遣いは粗雑で、それでも温かみを伴った。それでも、笑顔で振り返り、こういった。

 

「カレンダーが引き起こす終末に、黄昏が引き起こす黎明の終末が劣るわけないじゃないですか。」





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