くそつよユーリ   作:Shrennewosukuitai

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五話

 

ふら、ふらと、頭を抱えて起き上がる。霞んだ視界を明瞭にする為に、パチパチ何度か瞬きして、首を回せば、赤土の大地と、武器を持ってお互いを傷つけ合う人々の姿が見える。

 

肺に煙が満ちゆき、身体に染み渡る。怒号と悲鳴、苦痛に満ちた喘ぎ声が、どこからでも離れずに、聞こえてしまう。白く霞んだ空。数多の砲撃音と肉が裂かれるぬちゃりとした独特の音、臭気。煙たさと合わさり、これを地獄と形容せずしてなんと形容すればいいのか。

 

だめだ、直視してはいけない。彼の苦痛に共感しても、私が苦しいだけなのだから。

 

「ああ、グレゴールさん、皆さん大丈夫ですか。」

 

囚人一同は困惑した表情で、辺りをキョロキョロ見回している。特にグレゴールは、本当に動揺しているようだ。私もそれなりには、動揺したけど、すぐに何も感じなくなった。見慣れていたから。知っていたから。

 

1.76 MHz。ありし日の煙戦争の記憶が凝縮された幻想体。何度も作業を繰り返して、経験してしまえば、それは映画やドラマと変わらない。実際、脱走しても毎回放置されていた記憶があるし、私も無視して駆け抜けていた。刺激的ではあったけど。

 

「こ、これは、夢?悪夢?ど、どうしてまた...。」

 

囚人達の間でも動揺が広がっているようだ。ヒースクリフの怒号が、戦場でも大きな存在感を発揮していた。

 

「正しい方向へ進めたようですね。遠くない場所に私達の探していた技術の精髄があります。皆さんここがいつかはわかりますか。」

 

ファウストは何時でも冷静なので頼もしい。が、煙戦争に関する知識はなかったようだ。

 

「目さえあるなら一目で分かるだろう、煙戦争が勃発してから少なくとも70日後。でございます管理人様。」

 

ウーティスは遠目から色とりどりの旗が犇めく戦場を眺めていた。こほんと咳払いをし、全感覚を総動員して警戒を強めているようだった。都市では冷兵器(銃を除く武器)が主流なので、流れ弾をそこまで警戒する必要もなかったけど。

 

その時、誰かが背後から近寄る気配が唐突に出現し、振り返れば、男が切羽詰まった様子でヒースクリフの袖を掴んでいた。金髪で若々しく、青みがかった旧G社共通の制服を着こんだ男。特徴的なのは、足が甲殻に覆われ、逆関節であること。

 

「気でも狂った?早く非難して!あの爆弾に晒されると急速に老化が進むんだって!」

 

訳の分からない戯言が無数に口から飛び出し、グレゴールと何かを会話しているが、耳に入れる気はなかった。心の作り出した言葉なんて聞くに値しない、耳を塞いで、生き残ることだけに集中しないと。

 

結局の所、私が生きて帰れるかは全てグレゴールに係っている。黄金の枝は罪悪に共鳴して、自我心道を造る傍迷惑な存在だ。抜け出すには、心の持ち主の選択を信じるしかない。

 

「どうなってるんだ、ファウストさん、これは、俺の記憶じゃないか。」

 

「正確には自我心道です。貴方の心の中にある一つの道。つまり私達がグレゴールさんの心の中に侵入したということです。」

 

彼の心は未だに煙に包まれているけど、煙は彼を覆い隠し、ある意味で守ってくれている。きっとないほうが良いのだろう。けれども、まっさらな自我は弱くもろいものだ、支えが信仰であれ、努力であれ、お金であれ。支えがないと生きていけない。それが煙であれ。

 

グレゴール、10年前に戦争は終わったんだ。向き合うのか、それとも目をそらし続けるのか、他者である私ですら目を背けたのに、向き合えるだろうか。

 

鎖を断ち切り、恐怖に向き合う眼が必要だ。求めてやまない、終ぞ手に入らなかった眼が。きっと、これまでは理性に抑圧されていたのだろう、彼は怯えて、震えている。それでも、健気に、黄金の枝を掴み取る為に、必死に前に進んでいる。

 

「グレゴールさん...辛いなら、少し休んでもいいんですよ。身体は平気かもしれないけど、心は当惑して、泣いてます。」

 

都市の人々は、心と理性を分別しないと生きていけない。情に振り回されたら、死んでしまうから。光の種が植え付けられて、少し変わったけど。心を静めて、割り切れるギリギリの綱渡りをしている。

 

「いや、進まないと。ここで引き下がったら、なにか、重要なものを逃す気がして、足が勝手に動くんだ。無茶なのは、承知してる。」

 

気付いているだろうか、彼は平静さすら取り繕えていない。彼の身体に縄が巻き付いて、目的へ引き摺られているように思えた。

 

そして、彼が前へ一歩踏み出した瞬間、世界全てが白煙に包まれて、何も見えない。足元すらも。そして、本当に悪夢が始まった。壁一面、青い部屋で、揺れるリンゴを眺める彼が居る、怖い大人に、何度も何度も何かを言い聞かせられている。そして、全てを諦めたように俯くと、腕を伸ばしリンゴはバラバラになって地面に果汁がはじけ飛んだ。

 

辺りは歓声で満ち溢れたのに、彼はへたり込んで、唖然としたまま。そして、別の怖い大人がやってきて、彼に何かを喋っている。彼に悪夢を与えた人だ。理事は彼を祝福すると、彼を連れ去っていった。

 

その様子が見ていられなくて、衝動的に黄昏を振るっていた。世界全ての白煙が集まり、私を害そうと邪魔をするが、心は、心で対抗できる。瞳を閉じて、心の中に黒い森の情景を浮かべる。鳥達と、世界に平和を齎さんと心を共鳴させ、黄昏をぎゅっと握り締める。正眼へ構え、悲しみを込めて、空間を切り裂く。

 

瞼開けば、煙は失せていた。代わりに、少しだけ、大地に黒い草木が芽吹いただけ。生気なき瞳で、地面を眺め続ける彼を、正気に戻さねば。

 

ぱちんっ。頬を叩いて、彼の両肩に手を乗せて、瞳で向き合う。赤茶色の瞳孔が、振り子のように揺れて、定まらない。彼は何も言わなかった。私が一方的に、伝えたいことを伝えただけ。

 

「慰めなんて求めてないでしょうけど、それでも心配なんです。少しでいいから、休んでください。煙草を吸って、飄々としたグレゴールさんに戻ってください...。」

 

彼は目を伏せて、一歩後退りし、懐を弄った。紙巻たばこを取り出すと、ライターで火をつけた。煙がぼぉっと広がり、鼻孔を擽る。どうしてだろう、苦くて、煙たくて、おいしくないたばこが、とても甘美な味に感じられた。彼はそれを口元へ運ぶと、ただ眺めて、揺らめく炎を見つめるばかり。決して吸うことはなかった。

 

触らずに、眺めて終わる。彼の心は彼にしか動かせないけど、漣を立ててあげることくらいは。

 

おもむろに、彼は煙草を投げ捨てた。地面に転がり、二度三度跳ねて、止まった。彼の中で、ある種の決意が定まったのか、目つきが黒く変色し、ブレブレの体幹が、一本の柱のように組み直された。

 

そして、振り返らずに、歩み始めた。これまでとは違う、迷いなく、目的地があり、明確な方向へ。脇目も降らず、ただ一点に向かって。

 

「うぅむ、心の内とはかほどまでに歩みがたし。」

 

イサンの言う通り、地面すら流動して、グレゴールの後ろを辿らないと、転倒してもおかしくないほどには、全てが揺らめいている。いや、私の足元だけは、大地がしっかりと踏み固まって、黒い雑草が生い茂っている。

 

彼が導く先へと、全員でたどり着かねばならなかった。物事はうまく進まないのが常だけど。

 

再び、彼が進む方向に、トーマという職員が現れた。既に、背中から黄色の触手が無数に生え、私達を虚ろな瞳で見つけ、呟き続けている。そして、口が奇怪に開き、触角が追加された。

 

「...えへ、前へ、グレゴールさん、前へ!」

 

地面から、ぼこぼこと土を掘り起こし、無数の翅付きの職員が生えたかと思えば、それらは私達に今にも襲い掛からんと構えている。

 

「理解できませんね。全職員を対象に改造が施されたと聞きましたが、ここまで酷くはなかったはずですけど。」

 

うんざりした素振りで、イシュメールは虫達を眺めていた。視線は、段々とグレゴールへ移り変わって、彼の腕を見つめると、目を伏せた。

 

「事実とは多少異なる場合もあります。グレゴールさんの『記憶』ではなく、『心』が作った道ですからね。」

 

何と慰めればいいかわからず、しかし彼が傷の舐め会いを求めていないことを察して、私は口をギュッと閉ざそうとしたが、それでも、彼の心に共感してしまい、言葉が自然と零れ落ちた。

 

「心の中に、味方達はこんな姿で残っていたんですね。その巣では、全ての職員が改造手術を受けたんですか?」

 

喉を詰まらせ、一息置いて、彼は答えた。

 

「...大体は。」

 

「きっと、知らない内に契約書にサインをして、執刀されて、戦争に参戦したのでしょうね。人身御供したL社と同じように...。」

 

「何処の翼も、一緒なんだな。」

 

その言葉に、万感の想いが込められているような気がした。グレゴール、彼の苦痛は、きっと私のものより大きいのだろう。まだ、失ったものが少ないから。

 

漸く、私達の会話が終わるのを待っていたのだろうか、律儀にも待機していた翅付き達が、私達に向けて触手を差し向けだした。戦いに対して、恐ろしいとか、怖いだとか、そういった感情の前に、私はある種の喜びを覚えていた。鳥達に餌を与えてやれるんだと、誰かの終わりこそが、鳥達の糧食となるから。

 

そして、少しでもそう考えた自分自身に、恐怖した。だって、誰かを殺して喜んだら、殺人で悦喜したら、人間として終わってしまう!そんな自らの思考とは裏腹に、黄昏は全ての害虫に終末を齎していた。触手ごと切り裂いて、血糊で喉を潤し、首を跳ね飛ばして、心臓に突き刺し、虫を喰らいつくす。

 

残った一匹を切り殺して、新たな餌を与えたときに、私は思わず膝をついて、うずくまってしまった。戦場でうずくまるなんて、絶対ダメなのに。

 

「ぅ、ぅぅ...E.G.Oを酷使しすぎた...」

 

頭の中が洗濯機でシェイクされたように掻き混ぜられて、ひどく頭痛で軋む。何も考えられない、森へ帰らないと、怪物を探さないと、いや、私は囚人の皆さんを助けないと。

 

「おい、ユーリさん、大丈夫か!返事をしてくれよ!」

 

グレゴールさんに呼びかけられ、音が聞こえるようになり、黄昏を杖替わりにして、震える足に命令し、それでも私は立ち上がれない。鳥達の鳴き声が一層激しくなっている。

 

「僅かにE.G.Oに侵食されていますね、ユーリさんの精神状態が不安です。これ以上戦闘を推奨しませんとファウストは進言します。」

 

「妙だ。平常状態から侵食される時間が短すぎる。」

 

皆の疑問も最もで、震える喉で、肺から空気を懸命に送り出した。

 

「けほっ、E.G.Oを、無理に使いました、グレゴールさんを助ける時、心道にほんの少しだけ黄昏で穴を開けたんです。影響を抑える為に、暴れたい黄昏を必死に宥めて、抑え込んだから、満足してないんです。力を貸したのに、対価もなしかって。」

 

E.G.Oを思うが儘に操れる人なんて、赤い霧しかいないのに。いや、もう一人だけ居たな、塗る薔薇の力を完全に引き出して、遺跡を散歩感覚で探索する毎日を過ごす9級フィクサーが。二人と違って、私は純粋ではない、濁り水だから、自分の為に生きたから、きっとこれからも、使いこなせないんだろうな。

 

「すみません、もう大丈夫です、迷惑かけましたね。」

 

漣一つ立てない、湖のような心情を思い描き、黄昏を摩って、意識を分化させる。やっと、黄昏は満足したのか、心道と私に対する侵食は収まった。足元が再び、赤土に戻り、黒い草木はもう蔓延らない。元の、閉ざされた戦場へと、回帰した。

 

そして、囚人一同の足並みが揃い、再び行軍を始めると、揺れ蠢く視界の前方に、家程の大きさの、巨大な縦向きの手が現れた。それは、石のように動かずに、ただ佇んでいる。

 

「なんですか、あれ…新しい化け物ですか?」

 

困惑に包まれた囚人達が、各々の武器を取り出して、構えと取り始めたが、それをグレゴールが制止した。彼はは確信を持った表情で語りかける。

 

「あのマニキュア、間違いない。癪だが、あの手に握られなきゃ、ダメだ。俺の人生は、大半があの人に操られていたからな。」

 

その言葉が、余りにも自信に満ち溢れていたからか、それとも終わりが見えない心道に諦めを覚えたのか、囚人一同は、彼の言葉を信じることにした。

 

<信じるぞ、グレゴール。>

 

威風堂々と、彼が歩けば、道ができた。彼の視線は、兎に角真っ直ぐで、迷いなんて微塵も見受けられない。砂埃が吹き荒れて、それでも彼は瞼を閉じなかった。右腕でポケットを弄り、煙草を取り出すと、火を付けずに咥えた。眼前には手のひらが迫っている。

 

手のひらが微動すると、僅かに関節が軋み始め、ゆっくりと、私達は握られていた。美しく、傷のない、生娘のような手だった。くるまれて、光がない。息遣いだけが、反響して、伝わる前に、視界が180度反転した。

 

空中に浮かぶがごとく、感覚がゆらゆらしたけど、黄昏は決して手放さずに、意識を保った。

気が付いた時には、目の前の戦争は、馴染みのある場所に変わったことが感じられて、辺りを見回せば、ファウストとダンテと私だけが、二本の足で大地を踏みしめていた。他の囚人は目を回して、倒れ伏していた。

 

やっと戻ってこれた、黎明を迎え、地上へ戻ってこれた安心感に包まれた。

 

「皆さん、戻ってこれましたね。」

 

囚人達はお互いの健闘を祝い、談話に尽くしているようだった、グレゴールだけが、静かに煙草を吹かしていた。

 

「ユーリさん、俺を助けてくれた時に、一瞬、黒い森の情景が見えたんだ。黄昏は、あんなに物悲しい自我だったんだな。」

 

憐憫が煙のように満ちて、煙のように消え去っていった。数多くの悲劇を防ぐ代償として、黒い森を土足で踏み荒らして来た私では、二度とすることのできない、誠実な瞳。

 

真っ直ぐ立てる意志を、彼は持っているのかもしれない。

 

 

 





文才のなさを痛感している、10時間かけて七千字書いて二千字が没になった、しかも低クオリティ。窓硝子が欲しい、ユーリ人格があれば心理描写が上手くできるのに。

どうして誰もユーリ救済ものを書いてくれないんですか?
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