くそつよユーリ 作:Shrennewosukuitai
私は、林檎だ。赤い髪を持ち、熟れていて、美味しそうで、シャキシャキと歯応えがある。皮を剥げば、甘酸っぱい香りが広がり、蜜が滴り落ちて、今にも食べられちゃいそう。
果樹園に、私は一人佇んでいた。行く当てもなく、ふらふらと。靴も履かずに、土塗れの大地を全身で味わう。一寸先には、寝心地が良さそうな丘があって、蜜に誘われる蜂のように私は歩いて行った。温かい日差しが照り付けて、ぽかぽかと居心地が良い。ふかふかの牧草をベットにして、私は寝転がり、全身で風を受けた。
ああ、なんて心地良い場所なんだろう。雄大な丘が、地平線までなみなみとずっと続いている。苦しみなんてかけらもない、林檎がたくさんの、楽園。寝転がりながら、空を眺めて、ただ眺めた。
あの雲の形は、羊さんに似ているね。あっちの雲は、車みたい。草木の香りで胸がいっぱい、風と一緒に草が揺らめいて、踊りを踊っているんだ。これは、林檎の匂い?それとも、私の匂いかな?
丘を眺めて、のんびりと。何をするでもなく、ただ佇んで、遊んでいた。
あっ、あっちに、蝶々さんが飛んでるよ。私と一緒に、追いかけっこしたいのかな?それとも、かくれんぼをしたいのかな?ひらひらと、踊りを踊って、丘の向こうへ消えてしまった。
蝶々さんと遊びたくて、私は身体を起こして追いかけたんだ。途中から、天道虫さんも一緒になって、追いかけっこをしたんだよ。丘の向こうへぐんぐんと、走って歩いて、もうへとへと。追いかけっこは、蝶々さんの勝ちだね。
ひらひら、ひらひらと。踊り踊って、天へ飛んでいっちゃったの。私には羽がないから、追いかけられなくて、途方に暮れちゃった。いっぱいいっぱいジャンプしても、ちょっと身体が浮くだけで、とても届きそうにはない。
諦めちゃって、私はもう一回寝転んじゃった。木の根っこを枕にして、空を眺めたの。そうしていたら、チュンチュン、鳥さんの鳴く声が聞こえたの。可愛らしい小鳥さんが、私の頭を突っ突いて、何だか怒っているみたい。
何だか背中がムズムズして、後ろを振り返ってみたら、黄色い目玉が沢山付いた、カッコいい羽がついていた。パタパタと動かして、私は空を飛んでみたの。どんどん地面が小さくなって、何処までも飛んでいけそうなくらいに。
すごいすごい!空を飛ぶって、こんなに気持ちがいいことなんだ!夢中になって、私はどんどん上へ上へと目指していった。風を切り、緑濡れの大地を眺めて、飛んでいたの。
悠然とそこにある大地を眺めて、色んな匂いを嗅いでみたの。そしたら、すっごく甘くて、ちょっと酸っぱい、そんな匂いを見つけたんだ。お空の天辺、一際大きな雲の上に生える、一本の林檎の木を。
林檎を目指して、一直線に羽ばたいて、私は遂に林檎を手に取った。黄金色の、何だか特別な不思議な匂いがする林檎を。枝に生えた林檎を、右手で抑えて、左手でもぎ取ったんだ。そして、何だかお腹が空いていたから、それを口に入れたの。
甘い、酸っぱい、ちょっと苦い。待って、苦い林檎なんて、あるの?
疑問に対して自問自答する前に、甘さを舌で味わう前に、私は、堕ちていた。どうして、鳥さんから貰った羽が、ないの!あ、あ、嫌だよ!
身体が急速に落ち行く、下を眺めてみれば、そこにはもう、青々とした温かい大地はなくて、ウジ虫が一面に満ちた、茶色く蠢く、腐った土地があるだけだった。
何の抵抗もできずに、手足をバタバタ動かしても、私は堕ちていくだけ。数秒の猶予もなく、覚悟すらできずに、私はウジ虫の中心へと着弾した。無数の土煙と共に、ウジ虫達も弾け飛んだけど。それは束の間で、直ぐに身体中に、ウジ虫達が纏わりついた。
ヌメヌメとしていて、とっても不快な匂い。指一本すら動かせず、貪られるばかり。
私は、林檎。ウジ虫に、食われて終わるの。種すら残せず、全てを蝕まれて、終わっちゃうんだ。足が、腕が、顔が。段々と感覚がなくなっていって、輝ける瞳も食われて、何も見えない。
こんな風に死ぬんだね、私。種すら残らずに、ぜーんぶ食べられちゃうんだ。群がるウジ虫は歓喜に満ち溢れていて、とても満足そう。そして、そんな自分を眺める自分がいる事に、気がついた。
嫌だ、いやだよ!管理人!お母さん!お父さん!ジョシュア、助けてよ!私、ウジ虫になんかなりたくない!こんな終わり、認めちゃだめなの!
もっと生きたい、ハムハムパンパンのサンドウィッチ、まだからし味を食べてないの。バスの皆と一緒に食べるって約束したのに、まだお別れすら言えてないのに。嫌だ、痛いよ、苦しいよ、誰か救って、死にたくない。
助けて、グレゴール。
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奇襲だった、失態だった。管理人である、私の責任だ。黄金の枝が根差した幻想体が、まともである筈がないというのに、私達は油断したんだ。
初めのうちは、うまく進んでいた。疲労困憊のユーリを後ろに庇い、囚人一同で黄金色の林檎を包囲して、執拗に攻撃を加えた。皮を剥いても、腕を切り裂いても、再生して中々仕留めきれない、粘り強く戦わねばならない、長期戦だった。
長期戦故に、私達の集中力と警戒心は徐々に削がれていって、最後の方には、もうほとんど適当だった。敵の攻撃が突進を繰り返す単調なものだったのもあるし、あの黄金色の光に目を奪われていたのかもしれない。
囚人達の健闘と、ユーリの的確なアドバイスにより、ほどなくして、黄金色の林檎は倒れ伏した。勝利に対する歓声が上がり、ひび割れた胴体から、黄金の枝が化石のように露出している。暴れていた果実は、完全に静まっていた。
既にロージャは勝った気でいるのか、シンクレアの肩を掴み、小躍りしている。その空気に当てられて、囚人一同の気が抜けたのだろうか、警戒心を解かなかったのは、一人しかいなかった。
私も、安堵しきっていた。戦闘能力がないのにも関わらず、前に出て、自らの腕で、黄金の枝を引っ張り上げようとするくらいには。勝利の余韻に浸る機会は、まだ先だというのに。その時はユーリの制止すら耳に届いていなかった。
一歩一歩、前へ近付いて、枝に手が届きそうになった瞬間、私の視界はスローモーションになった。静かだった果実の亀裂から、大量の蛆虫の塊が飛び出し、私を覆いつくそうとしたのだ。
私は、死を悟った。数多の後悔と囚人に対する謝罪が脳を過り、瞳もないのに、苦痛を抑えようと瞼を閉じた、その時だった。
後ろで待機していたユーリが、爆発的な勢いで駆け出して、私を無理やり庇い、押し倒した。横に倒れ伏す私の目には、蛆虫に飲み込まれていくユーリの姿がまじまじと、鮮明に映った。果肉があっという間に溶けて、新しい胴体を作り出している。
たった一口で、あれだけ強かったユーリが、痕跡すら残さず、跡形もなく消えた...。
傍に倒れ伏していた私は、林檎が彼女をむしゃむしゃと貪ることに夢中だったから、私は見向きもされなかった。慌てて焦燥感に駆られた囚人達が偽物の林檎に攻撃を加えるが、既に遅かった。
あの常に冷静沈着なファウストすら、声にならない悲鳴を上げて、武器をガクガクと握り締めている。想像以上に、私達の心の支えに、彼女はなっていたらしい。
「管理人様、ご命令を!早く!」
そうだ、管理人としての責務を果たさなければ、急いでその場から飛び退いて、後方から、林檎の全体像を掴み取らねば、もしかしたら、ユーリはまだ生きているかもしれないんだ。
グレゴールは何も言わずに、目の前の幻想体へと攻撃を続けた。林檎の皮を切り裂けば、その中から完全なユーリを助けられるという風に。私と同じで、希望を捨てきれていないのか。
林檎を注視して、観察を繰り返し、弱点を暴かなければ、そう思い、私は偽物の林檎に全意識を注力させた。そして、まだ希望が絶えていないことを、発見したのだ。イサンの剣が蛆虫どもを切り裂いた瞬間、私の目には、見慣れた包帯が映った。
<待って、ユーリの足が、林檎から一瞬はみ出た、まだ生きてる!>
その言葉を聞いたのか、絶望一色だった囚人達の顔つきが、幾分かマシになった。私だって、そうだった。彼女は、仕事とかそれ以前に、もう大切な仲間になっていた。
そう思えば、頭が急速に冷えていって、明瞭に物事を考えられるようになった気がする。作戦はこうだ。イサンに足を切り落とさせ、一時的に動きが止まった林檎の醜い顔をヒースクリフが叩き潰し、中からユーリを引っ張り上げる。
黄金色の光を失ったせいか、再生力は落ちていたが、蠢く蛆虫により、攻撃性は増加していた。それでも、握り締める武器は決して手放さずに、囚人達は諦めていない。攻撃の後隙を見逃さず、悲壮が混じった致命的なシールドバッシュを、イシュメールが食らわせた。
ぷち、ぷち、無数の蛆虫が潰れ、ウジ虫達が声なき悲鳴を上げて崩れ落ちる。その向こうに見えるのは、黄金色に波打つ光と、全身を蛆虫に蝕まれ続けている、ロージャが気に入っていたピンク色の髪が見えた。
「ぅあ、あ、羽が、羽が取れたんです、たすけ。」
彼女はその言葉を残し、再び蛆虫に飲み込まれていった。偽物の林檎が弱かった理由が、今ハッキリした。彼女は、きっと消化に悪いんだ。虫食いで、ボロボロになっても、彼女はまだ骨を残している。
すぐさまグレゴールの腕が長く伸び、蛆虫に向かって突進していった。そして、それは止まらなかった。彼の固い決意を表した、一撃だった。
莫大な虫達を一太刀で切り裂き、林檎を二つに両断する。そして、中から身体中が溶け落ちた、しかしまだ原型を残している、大切なユーリが姿を現したのだった。意識はなく、床に両手をついて倒れ伏す、彼女に、急いで駆け寄る。
目の前にある黄金の枝なんて無視して、力なく倒れ伏す彼女を必死に介抱する囚人達。まだ纏わりついた虫をひっぺがして、何とか生かそうと努力する様を、侮蔑するものが現れた。
「大団円だね、しかし嘆かわしいよ、終わりの終わりで、結実を目前にして止まるだなんてね。まぁ、好都合だ。その女とまともに戦ったら、骨が折れただろうから。」
ユーリとイシュメールが蹴飛ばされた。思い切り壁に打ち付けられ、骨が何本か折れる軋んだ音が聞こえる。囚人達の誰でもない、青い衣を身にまとった、茶髪の女が、ユーリの蔑んだ瞳で見つめていた。
<こんの売女めが!何をするんだ!>
「私はヘルマンよ。これからよく合うことになるでしょう。なぜなら、私達は枝が必要で、あなた達は、枝を見つける事が出来て。あなた達は死なないけど、私達は、あなた達を殺すから。」
ヘルマンが林檎に埋もれた黄金の枝を颯爽と掴み取ると、誇らしげに枝を掲示した。そしてそれを匿うように、敵集団は笑っている。
「クボ、我が朋。是が其方の選びし道か?」
「ああ、もうそれほど残っていないんだ。」
囚人達の感動の再開の連続は、あまり楽しめるものではなかった。それよりも、苦しそうに呻き続けるユーリの心配のほうが遥かに勝ったが、私はもう油断していなかった。
先程の失敗が身に沁み込んで、忘れられないから。同じ失敗は二度としないように、私は囚人達に戦闘態勢を取らせた。特にグレゴールは、怒りに染まった瞳でヘルマンを見つめていた。
「私からの贈り物はちゃんと取っといてる、坊や?愚息をこんな為体にするために渡した訳じゃなかったのに。」
震えた声で、しかし怒りを込めて。グレゴールがヘルマンに飛び掛かり、鍔迫り合うが、直ぐに弾き飛ばされた。埃が宙に舞い、視界が灰色に染まる。
「さあ、挨拶はここまで。」
ガファンというものが手を二回叩き、一方的な、戦いとも呼べぬ蹂躙が始まった。油断せずにいた筈だが、目にも止まらぬ速度で動き、囚人達は一人、また一人と倒れ伏していった。懸命に指揮をしても、無駄だった。
そして、視界は黒く染まった。意識が落ちる直前に、私が考えたことは、ユーリへの心配だった。長くも長い、悪夢を見て起きた夜明けのように。
ユーリはどう頑張っても黄金色の林檎に飲み込まれる運命ですが、非常に屈強な勇気と黄昏が身を挺して庇ったことにより、ウジ虫に飲み込まれても耐えました。
ダンテが前に出ちゃったのは林檎の精神汚染攻撃のせいということで。
ノリでファウストを怯えさせたけど、自分でも絶対ファウストは怯えないと思う。ファウスト過激派の方々に許しを請わねば。