くそつよユーリ 作:Shrennewosukuitai
ぼんやりと、夢見心地で、地上を揺蕩う。温かい毛布に包まれて、安寧に浸る。ずん、ずんと鈍い振動が周期的に身体を揺らして、私に目覚めを促している。大気が沈んでいて、悲しみに満ちていて、目覚めなきゃいけないと思った。
耳を澄ませば、聞こえてくる気がする。私を憂う人達の声が。この甲高くて、ちょっと辛辣で、でも優しい。きっと大湖の少女の声だ。意識が急速に浮上していって、身体中の麻痺した神経が再び動き出し、私は瞼をゆっくりと開いた。
「わた、私、生きてるの...。」
嬉しくて、生きてることが嬉しくて、涙がぽとぽと滴り落ちる。前が水溜りではっきりと見えない、けれど、沢山の囚人達が私に駆け寄る姿がぼんやりと映った。
信じられなかった、再びバスの光景が見れるだなんて、うんざりした様子でヴェルギリウスからお叱りを受けるダンテと、それを宥めるシンクレアの微笑ましい光景が、瞳に映った。
「ユーリぃ~目が覚めたのねぇ、ほんとに心配したんだから、目が覚めなかったら暫く喉にご飯が通らなかったかも...。」
「ユーリ殿っ!!やはり真の偉大なる英雄は身を挺し、なおも生き残るものであろう!!!!!」
べたべたと、まるで本当の英雄のように私は囲まれていた。私は苦笑いを浮かべるしかなかったけど、どうして生き残れたのか、その理由が気になった。そして、何か大切なものを失った気がして、背中に手を伸ばした。
「あ、れ、黄昏が、ない。」
今まで、心身を侵食し続け、同時に私を守り、朝も夜も昼も共に過ごした黄昏が、ない。身体が軽くなった気分で、しかし多大なる喪失感を覚える、物哀しくて、ある筈がないのに、羽を動かそうとした。
「都市屈指の天才であるファウストがお答えします。貴女のE.G.Oは酷く損傷し、破損していたので、分化、収納しました。ギフトについては、実体が消失こそすれど、脊髄にこびりついています。時間と共に物理的段階へと顕現するでしょう。」
実体はないけれど、未だ私の心の内側に、黒い森の光景と黎明が確かに存在するのを感じた。
案外、私は彼らに好かれていたのかもしれない。他人の為に自らを犠牲にすることは、並大抵の覚悟ではないから。
目線を自分に向ければ、私が普段着として利用していた、黒を基調として、赤いラインが張り巡らされた懐かしいあの日の衣装を身に纏っていた。黄昏とは違う、別種の安心感がこの服にはあった。次元バックもちゃんとある。
「ごめんなさい、枝の回収、手伝えなくて。」
皆の好意に甘え過ぎたのかもしれない、私が前に出て戦っていれば、黄金の枝を回収できたのかもしれないのに。いや、全員が生きているだけでよしとするべきか。
どの囚人も、表情に翳りはなく明るく振る舞っていた。散々ヴェルギリウスに叱られても、堪えていないようだ。ムルソーが買ってきたサンドウィッチを頬張っては、口笛を吹いたり、談笑に興じたり、各々楽しそうにしている。
<いや、私が悪かったんだ、謝らせてくれ、それとありがとう。君がいなければ、私はとっくに死んでいたんだ。感謝してもしきれないよ。>
ダンテのカチコチ音は、相変わらず不明慮で、理解しがたいけど、それでも何となく言いたいことは伝わってきた。そして、そんなダンテを粗雑に押しのけて、赤い瞳を輝かせた人物が、私に話しかけてきた。
「あぁ、契約に関して話があります、ユーリさん。機密事項ですので、席を外してください。」
丁寧な口調とは裏腹に、有無を言わせない赤く輝いた瞳で、私に強い視線を向けてくる。恐ろしい、特色フィクサーは、逐一言動に圧を出さないと死ぬ病気にでも罹っているのか。
背を追いかけて、私はバスを降車した。先程まで騒がしかったバスは急速に静けさを増し、二人の鉄と擦れる足音だけが、空間に存在する音だった。歩き方一つ取っても隙がなく、強固な体幹に支えられた四肢は決して揺れることなく、彼の力強さを誇示している。
灰色一色に染まったコンクリートの地面で踏み止まり、彼は悠々と足を回し、振り返った。
赤く血染めに染まった瞳は私の髪色と酷似していて、物の値段を勘定するかのごとく、私をジロジロと見回している。そして、彼が漸く口を開いたかと思えば、私の胸倉は捕まれかかっていた。
迅速で、雷よりも速い踏み込み動作は、瞳に意識を集中しても残像が残る程度だった。しかし、胸を掌握されることはなかった。長年ロボトミーで働いてきた経験、赤い霧との死闘。その全てが、私の回避行動を促していた。
最低限のステップで彼の掴みかかりを躱し、身体の体幹を整える。躱された事を予想通りといわんばかりに深くため息をつく音が聞こえ、彼はもう一度口を開いた。
「人事部がなぜこれ程強く、怪しさ極まれる8級フィクサーを雇ったのか理解しがたいな。」
彼が床に落ちている鉄パイプに手を掛けると、次の瞬間には私の外頸動脈が危機に晒されていた。それでも、突き出された鉄パイプを紙一重で、蹲み躱し、低い姿勢から左足で大きく踏み込んで、右足でサイドキックを彼の胴体に向かって炸裂させた。
当然の如く、蹴りは彼の左手で受け止められていたが、致命的な反撃を喰らう前に、私は飛び退いた。
「私何も悪いことしてないのに、酷いですよ!」
彼は無言で鉄パイプを構え、右足で踏み込むと、瞬きする暇もない間に私の太股には鉄パイプが迫っていた。骨が砕かれそうになる寸前に、後方へ跳躍することで、痛みを味わう事を回避した。
「嘘つき!バカ!木偶の坊!」
無数の刺突が繰り出され、風を切る。胸元の動脈、首、そして太股。徐々に手加減は緩くなり、次第に殺意を込めた、本気の一撃が幾度も繰り出された。丸腰の相手に容赦がなさすぎる、もっと手加減してほしい。
「妙だな、俺の戦い方をいつ知った?」
識っている。彼の好む急所は四か所、斬撃よりも、刺突を警戒しなければならない。彼の独白が、私を生かしている。リヴァイアサン、薬指幹部との死闘にて、彼の癖を把握していた。
「降参します、降参しますから、聞きたいことがあるならお喋りしましょうよ。」
膝をついて、両手を上げ、諦めた。赤い視線様が本気を出したら私なんて一瞬で細切れにされてしまう、彼の懸念は最もだが、争わずに話し合いで解決すべきだ。彼は再び大きく溜息をつくと、私の胸倉を掴んでこう言い放った。
「答えろ、何故身を挺してまでダンテを庇った。」
「管理人の命令を聞き、守るのが社訓ですから。」
彼の赤い瞳がより一層輝き、蛇の如く私を睨み付ける、求めていた答えではないのだろう。わたしは思い切り突き飛ばされた。彼の警戒心が詰まった衝撃だった。
全身に灰色の埃が被さり、体勢を起こし、彼をもう一度見つめ返せば、ただバスに戻る彼の背中があるだけだった。戻るときさえ、油断のカケラもない歩き方だった。
「契約は満了した。フリーランスに戻るんだな。」
ヴェルギリウスの当たりが強い、理由は分からないけど、疎外感を感じる。力強く、不機嫌さを隠そうともせずに、バスに戻ると、直ぐにエンジンが鈍く駆動した。地面伝いに振動が私を揺らして、バスの背が徐々に縮んでゆき、ただ煙突から排出される煙だけが残った。
囚人達と挨拶すら出来ていないのに、私は置いてけぼりにされてしまった。
ただ、窓を開け、必死に手を振る囚人達の姿だけが、瞳に焼き付いた。夕焼けと共に。
えーこれにて一部完結です。今後は投稿頻度がガタ落ちします。
ヴェルギリウスは怪しい人物をバスに決して乗せたがりません。そのせいで囚人達に責められるでしょうが、知らぬ顔をするでしょう。
プロムン作品増えてください。誰かシュレンヌチャン救済もの書いてください。