猿知恵男と赤帽子の女 作:わが役は尊鷹
「ホァ、ホァッホァーッ!!」
頭のおかしい奴がいる。
それが私がそれに対して始めて抱いた感情だ。
木に登り、周囲を睥睨するかのようにその男はいた。
筋骨隆々の身体。短く刈り上げた金色の頭髪。顔や身体に泥を塗り、背中に弓矢を背負ったそれは明らかに異邦の存在であった。
「ホァーッ! ホァッホァッ……ホッ!?」
目があった。
「…………」
「…………」
沈黙した状態でこちらを向き視線を交える私達。どうしよう……。私はただ呆然と男を見つめることしかできない。
見つかった以上、何も言わずに離れるべきか……。そう思考を逡巡させたとき。
「よう! 俺はアマディオ!! よろしくなぁ!!」
「……は?」
最初に動いたのは男の方だった。
決して叙情的とは言えない出会い。でもこれが私の知っているアマディオという男だった。
◇◆◇◆◇
「いやぁ〜なんか嬉しいぜ……。未知との出会いっていうの? こうして見るとなんかワクワクすんなぁ!!」
どうしよう……。私は困惑と鬱陶しさをすでに感じていた。
この男──アマディオは私の暮らす大森林から南の国からやってきたと言う。
背中に背嚢と弓矢を背負い、腰には取り回し易いショートソード。
なにかを求めてこの大森林にやってきたことは明白であった。
「嬢ちゃんエルフって奴だろ? いやぁはじめて見たわ。こりゃぁ俺の旅路の幸先がいいってことだな!」
常に高ぶりを見せる男の感情。それに対して、私はどう反応すればいいのかすらわからない。
拒絶するべきなのだろうか。あからさまによそ者然とした男だ。
森に──私たちによくないものを呼んできている可能性だって否めない。
「……あなたは、なんで、あんなことを?」
恐る恐る、口を開いて問う。たどたどしく、発音すらおぼつかない自身の声にぐっと恥ずかしさすら感じながら、それでも私は口を開いた。
「ああ、あれはな。サルを呼んでたんだ……」
「……?」
……? 男の言っている意味が分からない。
サル──えっ、猿? なんで?
「──猿の気持ちがわかんねぇんだ」
「……?」
この男は何を言っているのだろう。人間は難しい。
「あいつが何を思っているのかわからねぇ。どうして木に登るのか、どうして急に雄たけびを上げるのか。どうして瓜は美味しいのか……俺馬鹿だからよぉ、ちっともわかんねぇんだ」
「はぁ……」
「けど、俺は気づいたんだ。俺が猿の気持ちがわかんねぇのは、──俺が猿の気持ちに寄り添おうってしていなかったからじゃないかって……!!」
「はぁ……」
「俺は悔しかった! 俺は恥ずかしかった!! 俺はあいつに対して全く気持ちを考えていなかったって……だから考える前に動くことが大事なんじゃないかって!!」
「あの……もう少し、考えたほうが、いいと、思いますよ」
「そして一緒に木に登ったら急に逃げて行っちゃったんだ。なんでだろうな?」
頭が猿になっていたせいではないだろうか。私は訝しんだ。
「え、っと。つまり、猿を逃がしたから、それを、追ってきた、と」
「えっ、なんでわかんの? すごくね?」
すごいのだろうか? 私にはよくわからない言葉だった。
「──はやく探さねぇといけねぇんだ。ディエネイアは意地っ張りだったからな」
ただ、その言葉と愁いを帯びた表情が。なんとなく放ってはおけないと思った。
◇◆◇◆◇
「美味いなこれ」
椀を傾け、スープを啜る男──アマディオ。
あれからアマディオは聞いてもいないのに身の上話を勝手に始めていた。
南の国にはパラディアという国があるということ。
この森は聖域と呼ばれる大森林であり、本来であれば禁則地として入ることすら禁じられていること。
エルフという伝説の種族が大樹を中心に暮らしているという伝聞があり、実際に私をみて感動したということ。
アマディオは興奮交じりでこちらに問を投げかけてきたり、あのことは真実なのか。森の地理や言い伝えについて話したりなど、私のほうがわからないことばかり投げかけてくる。
静かな時といえば、こうして私の差し出した料理を食べているときぐらいである。
「おいしい?」
「うん、美味しい。腕がいいんだな。すげぇよ」
アマディオは口に笑みを浮かべながら、まっすぐに視線をそらさずにこちらを見つめる。
その言葉とその瞳に、なぜか吸い込まれそうになる。
なんだか胸がそわそわとして、ポヤポヤと不思議な感覚が体中を駆け巡る。
「……それで、なんだっけ。猿の──」
「ディエネイアだな。かなり大きくて特徴的だから一目見ればわかるはずだ」
アマディオは腕を組み、顎をさすりながら考え込むように眉間にしわを寄せる。
「どうにか、してやりてぇんだ……。そうじゃなきゃ、俺が嫌なんだ」
苦難と後悔を滲ませアマディオはポツリと零した。
「まあ、そんなことは良いんだ。重要なことじゃない。そういや嬢ちゃんの名前ってなんていうんだ?」
その質問にドクンと胸が跳ねる。
「住んでるところもこんな洞穴でよぉ……家族とかいねぇのか?」
「……いない」
「えっ?」
彼の問いに答えるように、私は今までしていた外套のフードを脱ぎ捨てる。
「私は、
同族では一人もいない癖のある血のように赤い頭髪。
それが、私が集落から外れて暮らしている最大の理由なのだから。
◇◆◇◆◇
──ヒトは異形を憎む。
それは当たり前のことだろう。
優れたものを見れば嫉妬し、劣ったものを見れば見下す。
五体満足ならともかく、肉体の欠損、指先のねじれや多指。
生まれながらにしての白痴を忌避する。
私の母は私を忌避した。
エルフにあるまじき赤き頭髪は不幸を招くと。
呪われた子供で、明らかな異常。
災禍を招く堕とし児。
紛いなりにも生きてこられたのは年老いた
集落には数十年、あるいは数百年に一度、赤毛のエルフが生まれる。
それも定期的にである。赤毛のエルフを殺しても、またすぐにでもである。
その系譜を決して絶やすことないように。
赤毛のエルフは頑健で傷に強く、毒に耐性を持ち、生まれながらにして高い身体能力を持つ。
反面、精霊や自然と交わる能力に乏しい。
『くそったれた話だ。巫山戯んじゃねぇ』
先代の
老いても尚赫灼に煌めく赤き髪。肉体には夥しいほどの魔獣と戦い抜いた傷。
胸には里一番の神官が刻んだ服従の印がある。
『いいか? ガキ。俺たちはアイツラにとって君の悪い化け物で便利な道具でしかねぇんだ!!』
濁りきった瞳で先代は私にそう告げた。
『仲間? 居るわけがねぇだろ! 友達? 出来るわけねぇだろ!』
そう言って、先代は私を殴りつける。
『お前は一人で生きていくんだ。ずっとこの集落に縛り付けられながらな』
事実その通りであった。
怪物と恐れられ、石を投げられたことも一度や二度じゃない。
生き物として違うのだ。私は孤独であった。
「──それが、私」
「重い…急に重くない?」
俺馬鹿だからよぉ、どう反応すればいいかわかんねぇよ……。
アマディオは難しげに、困惑を込めた表情で呟いた。
「だから、名前は……ない」
「……名前ってのには、願いが込められるものなんだ」
俯く私にアマディオは頭を掻きながら告げる。
「アマディオって名前には『神様に愛される』って意味がある。ロクでもねぇ意味だろ?」
神様よりもよぉ、かわいい女の子に愛されてぇんだよなぁ……と、アマディオは自嘲するように自身の名前を貶す。
でもそこには本当の意味で嫌悪感はなかった。
「名前には願いがあって、想いがあるんだ。だから結構な人間はそれを大事にするんだ。親から贈られた大事な贈り物だからな」
アマディオはそっと私の肩に手を乗せる。そして俯く私に視線を合わせるかのように顔を起こさせる。
「生き方を変えるのは難しい。けどよ、どう生きたいかってのは重要だぜ。名前は大事なもんだ、ねぇなら自分で付けちまえ。生き方は簡単には変えられねぇし、制限は確かにある。けどな──どんな人間にだって、エルフにだって、幸せを望む権利はみんな持ってんだ」
爛々と輝く黄金色の瞳。
疑いはなく、迷いなく、強い意思を感じさせるその瞳を……私は美しいと思った。
「いいか嬢ちゃん、諦めちゃあいけないぜ? アンタにだって幸せになる権利はある。俺が保証してやんよ」