猿知恵男と赤帽子の女   作:わが役は尊鷹

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 アマディオの言葉は理想論であり、綺麗事でしか無い。

 でも、それを本気で信じ本気で願っていることを私は馬鹿にはできなかった。

 

 なによりも、そんなことを言われたのは始めてだから。

 

『諦めろ、俺たちにはこれしかねぇんだ……』

 

 氏族のために使い潰される道具。それが赤帽子(レッドキャップ)として生まれた者たちの宿命だった。

 それしか生き方を知らなかった。それ以外の生き方を認められなかった。

 諦観と絶望の中にあり、そのまま亡くなった先代の言葉とはまるで真逆の言い分。

 

「ねぇアマディオ、幸せって……何をすればいいの?」

「えっ、知らねぇけど?」

「えぇー」

 

 急に梯子を外される。

 

「俺の幸せがおめぇの幸せとは限らんだろ。逆もそうだ、おめぇの幸せが、俺の幸せとは限らねぇ。飯の好みが色々あるように、幸せのカタチなんて人によってちげぇからな」

 

 そういうもんは、自分で見つけなきゃ意味がねぇ。

 アマディオは突き放すように、それでいて諭すかのように答えた。

 

「うまいもんを食うことが幸せのやつがいれば、誰かに愛されることを幸せと言うやつもいる。権力の座に登り詰めることを幸せとは言うやつもいれば、地位や名誉を捨て自由に生きることを幸せと言うやつもいる。どれが正しいかなんてそんなもんはない。答えってのは自分(テメェ)ここ(・・)にしかねぇんだ」

 

 そう言ってアマディオは親指で自身の胸を軽く二度叩く。

 

「おめぇの幸せはおめぇだけの宝物だ。だからこそ、ヒトは幸福(ソレ)を尊いと叫ぶんだろうさ」

「アマディオ……」

 

 アマディオはとても難しいことを言う。けれどその内容は不思議と理解できる。

 言葉の一つ一つに暖かさと誠意を感じさせる。そんな言い方だった。

 

「……もしかして、アマディオって頭いい?」

「えっ、なに? 俺馬鹿にされてたの?」

 

 えっ、俺舐められてたの?

 アマディオは酷くショックを受けたかのように目と口をあんぐりと開ける。

 

「俺…これでも高度な教育? ってのを受けた知識人なんだけど?」

「それはすごいの?」

「いや、別に……特に凄いわけではねぇわな……」

 

 今までの自信のある言動とは反し、急にしどろもどろになり無口になるアマディオ。

 

「ふふっ……」

 

 そんな姿がなんだが可笑しくてつい笑いが込み上げる。

 なんとなく心地が良かった。胸のところがフワフワとして落ち着かないくて、でもそれが嫌でもなかった。

 

「アマディオ、わたし、はッ──」

 

 貴方のように生きれるだろうかと、そう告げようとした瞬間。

 激しい心臓を締め付ける痛みが私を襲う。

 

「──なにがあった」

 

 ふと、掛けられた声は朗らかな太陽のような呑気な声とは一線を画す、刃のように鋭く冷たい声色だった。

 

「大、丈夫……。いつもの、こと、だから……」

 

 そうだ、このことはよくあることに過ぎない。

 私の心臓に埋め込まれた(まじな)いが私の心臓を締め付ける。

 そしてそれは里にとって何らかの災厄が待ち受けていることと同義だった。

 

「族長が、私を、呼んでいる……」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

「来たか……赤帽子(レッドキャップ)

 

 重々しく口を開くエルフの族長。数百年を生き、千年に近い悠久の時を生きる族長は他のエルフとは違い、色素の抜けた銀色の頭髪と枯れ枝のように肉の薄い痩せた手を覗かせる。

 

「滅びの赤色。忌むべき枯渇」

 

 エルフという一族は森の奥深く、大樹とともに生きる一族である。

 循環する生命を是とし、大地の力を読む能力と植生物の生命に語り掛ける能力を有する。

 狩猟を野蛮と称し、自らが育てた果樹から生命力を補う採取生活を主とする。

 

「すべて、お前が持ってくるのだ。災厄の娘よ」

 

 底冷えするような好感のかけらもない声色。こちらを値踏みするその瞳に嫌悪感はなくとも、冷徹に赤帽子(レッドキャップ)の価値を図ろうとするその瞳は里に暮らすエルフの中ではマシな部類にあたる。

 

「お前の力は森を枯らす。お前の感情の高ぶりは、生命から過剰に力を奪う唾棄すべきものだ」

「……はい」

 

 赤帽子(レッドキャップ)の力は、エルフにとっての天敵である。

 生命力と感応できないだけではなく、無意識に周囲の動植物よりその生命を奪い去る。

 数千年前、赤毛のエルフが感情のままに暴れ去り、今でも大森林の北東部にはわずかな枯草しか生えない荒野が続く。

 

「先代の赤帽子(レッドキャップ)は愚かではあった──愚直という。愚かで何より扱いやすかった」

 

 先代は耐えた人だった。

 懸命に愚直に里を守り続けた人だった。

 その生涯を無駄だと蔑む者がいた。報われない生涯だともいう者がいた。

 それでも彼はそれを貫き通した。

 

 ──その理由を私はまだ知らない。

 

「目には目を、歯には歯をと言う言葉がある。災厄に対抗できるのは、同等以上の災厄ほかならぬだろう」

 

 そうして族長は本題に入る。

 

「大森林に恐るべき魔獣が来ている。強く、それでいて狡猾な魔獣だ。──すでに幾人も我が同胞に被害が出始めている」

 

 これが私が里に縛り付けられている最大の理由である。

 大森林の様々な脅威から里を守る番犬。それが代々赤帽子(レッドキャップ)の役目であった。

 

「それは山中をかける鹿より速く、それは獰猛な熊より力強く。三つの眼光を持ち、木々を切り裂く風の呪いを操る。(ましら)の王──魔猿である」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

 それは本当に猿なのだろうか……。私は困惑とともに族長による命を受けざるを得なかった。

 その意向に反すれば、胸に描かれた呪印によってたちまち心臓を締め上げられるからだ。

 

「アマディウス・キッチン…! 肉、焼いただけっ……!」

「いや、なにしてんの?」

 

 アマディオは料理をしていた。……なんで?

 

「一宿一飯の恩義ってやつだよ。言わせんな恥ずかしい」

「一泊するつもりなの……?」

 

 えっ……ちょっと図々しくない?

 

「知らないのか? 温かいうちに食う飯は……うまい!!」

「……」

 

 アマディオには独特の波長と雰囲気がある。

 発言や態度に困惑することは多いし、実際に何を言っているかわからないときもある。

 でも、私はそんなアマディオの雰囲気は嫌いではなかった。

 

「……その肉、どこで取ってきたの?」

「ここに来る前に泉で取って来た蛇の肉だぞ」

 

 この男はひょっとしてろくな食生活を送ってきていない可哀想な人間というものではないだろうか?

 

「ちょっと、待ってて……」

 

 ため息を一つつきながら愛用の弓矢を手に取り、洞穴を出る。

 ちょうど良く、手頃な鳥を見つけると矢を引き絞り射出する。

 

「ん……」

 

 主に私が主食として食べている雉である。量も多く、その体躯はおよそ私の倍は優にある。

 

「大雉、足は速いけど、飛ぶのはそんなに速くない。美味しい」

「大したもんだ、こりゃ豪華な飯になりそうだ」

 

 アマディオは笑みを浮かべながら串に刺した硬そうな蛇肉を咀嚼する。

 

「内臓から食おうぜ! 内蔵!! 俺は生の肝臓(レバー)に目がねぇんだ」

「悪食……」

 

 雉の肉ではなく内蔵部位に対してテンションを上げるアマディオ。ニンゲンは野蛮な生き物ということをまざまざと見せつけられる。

 

「嬢ちゃんも食うか? 新鮮なうちにしか食えねぇぞ」

「え、いいです……」

「なんでぇ勿体ねぇ。おっ…、砂肝もあるじゃねぇか。後で焼くか」

 

 そう言いながら、アマディオは鳥を手に持ってるナイフで解体し、背嚢から網や鉄鍋を用意し始める。

 どれもこれもが新鮮で、森ではまず見ない器具である。

 

「ねぇ、アマディオ。それはなに?」

「調味料さ、胡椒に香草(ハーブ)。あとは果実酢(ビネガー)に塩だ」

 

 それはまるで魔法のように美しい光景であった。

 アマディオが調味料と言われたそれをかける度に、鼻の奥を芳しい香りが突く。

 

 あっという間に香草焼きや、臓物の刺身、スープなどが作られる。

 

「すごい…、すごい……!!」

 

 始めて見た。料理というものは果実を取ったり、あるいは焼いたり煮たりするだけでだったが。アマディオの作る料理はそれとは隔絶していた。

 

「ほら、お前さんの分だ。食いな」

 

 生き肝を食べながらでなければもっと格好がついただろう。

 どうしてアマディオはそういうちょっと残念なところがあるんだろう?

 

 手に取った木の器は温かく、同じく木で作られた匙があった。

 

「……どうして最初に作った料理とこんなに差があるの?」

 

 いやなんで? どんな気持ちで「蛇焼いただけ」を提出してきたのか逆に今ではさっぱりわからなくなっていた。

 

「そりゃあ、自分で食うのと、他人に振る舞うのとじゃ本気度ちげぇだろ。特に獲物もってきて貰ったんなら、俺だって感謝の気持ち込めて本気で作るさ」

「そういうものなの?」

「んなもんだろ」

 

 アマディオはスープを啜りながら答える。

 

「誰かに施してもらったら、それを返したくなる。恩返しってやつさ」

「恩返し……」

 

 果たして私はアマディオにこうされるほどのなにかを本当にしたのだろうか。

 なんというか、逆にいろんなものを貰っている。そんな気がしてたまらないのだ。

 

「……」

 

 そっとアマディオに手渡されたスープに口をつける。

 強い塩味。そして香草の香りと脂の甘さ。最後に喉を通りお腹の中にするりと落ちてくる暖かさ。

 

「すごい……」

 

 こんなものを作れるアマディオは特別な存在なのではないのだろうか。私とは違う、良い意味で素晴らしい存在なのではないかと思わずにはいられなかった。

 

「いいか嬢ちゃん。そういうときは『うまい』の一言だけでいいのさ」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

『ったく、どうしてこんなことを……』

 

 記憶に浮かぶのは色素が落ちて桃色のようになった髪を持つ(しわが)れた男の声だった。

 

「ごめんなさい……」

『ふんっ、知るか。さっさと食え』

 

 そういって差し出されたのは小さく細かく裂いた果物だったり、焼いてすり潰した芋だった。

 

「ごめんなさい……」

 

 視界が滲み、頭がぼんやりとし始める。

 このまま死んでしまえたら……そんな風に考えてた。

 

『……お前が何を考えているのか、俺にはわからん。いいかガキ。俺たちは生まれながらにして、まず最初に母体の命を奪う』

 

 赤帽子(レッドキャップ)とはそういう生き物だ。

 これまで赤帽子(レッドキャップ)を産んだ母体となるエルフはすべてその命と引き換えに私達を産む。

 私達が嫌われる理由の第一がそれだろう。そしてそれは自身にとって最大の味方となる存在の喪失を意味する。

 

『お前は俺よりも赤帽子(レッドキャップ)として強い。それは事実だ。……見ろ。この身体を』

 

 そういった先代の身体はまるで枯れ木のように急速に老い始めていた。

 先代は弱くなった。森林の端から端まで駆け抜けるスタミナはもう無く、魔獣を絞め殺す力は衰え、竜を蹴り殺す脚力はもう無い。

 反面、私の身体はすでに先代の肉体能力を凌駕するまでとなった。どれほど走ろうとも息が切れることはなく。私の目は千里を見通し、私の足は水の上さえ踏み抜くことができる。

 

『お前のその病さえ、お前を殺すことはできない。爺共も恐れるだろうさ、いずれ森のすべての命を奪いかねない忌み子扱いも当然だろうよ。この俺さえ、お前の力に手も足も出ない』

 

 私は有り余る力を制御出来ずにいた。だが、私にはわかる。感覚的に、いずれこの力と肉体は最適化され順応するだろうと。

 

『だが、俺はお前に感謝している。見ろよこの髪、どんどん白くなってくんだぜ? この身体を見てくれ、老いて弱くなっていく……』

 

 先代は笑みを浮かべる。

 

『俺は……ようやく普通になれるんだ……!!』

 

 それが先代にとってのなによりの歓喜で、なによりの救いだった。命を奪われたって構わない。ただみんなとおんなじになれることが、彼にとって最大の救いであったから。

 

『く、くくくくくっ。はははははははははははっ!!!!』

 

 堪えきれず、笑う先代。狂ったように、まるで正気を失ったかのように。

 彼は堪えきれなかった。

 

『──ごめんな、ひとりぼっちにして』

 

 堪えきれず泣いていた。頬に触れる枯れ枝ような冷たい手の温度を私はまだ覚えている。

 

 あれ程に暖かかったものはない、と。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

「だから、貴方を、連れてはいけない……」

 

 アマディオのくれた言葉と料理は暖かかった。

 先代の冷たい手から感じられた暖かさと同じものを感じたから。

 この素晴らしい人を巻き込んではいけないと思ったから。

 

 既存の熊や狼といった魔獣。その程度なら追い払えるだけの能力はある。

 全盛期の先代と協力し地を這う龍種(ワーム)を撃退した経験もある。

 

「ありがとう、誰かと食べるご飯なんて、久しぶりだった……」

 

 口は悪く、態度も悪く。不器用で、頭も悪い。

 それでも先代の行動には愛があった。優しさがあった。

 

 それが理解できたことが、私にとってなによりも嬉しかった。

 

 死にに行く訳では無い。これでも魔獣程度なら返り討ちにできる程度には能力があると自負してる。

 

「貴方は、私が…好きだったヒトに、そっくりだったから」

 

 もっとも先代はアマディオほど能天気でもおかしくもない。

 でも先代のような暖かさがあった。

 

 音を立てず、密やかに洞穴を抜け。

 木々の音の中から微かな違和感を感じ取る。

 エルフの長耳は発達した聴覚である。特に静かな音から僅かな異音を感じ取るのに特化している。

 身体能力と各種感覚器官の優れた赤帽子(レッドキャップ)の耳はその比ではない。

 

「──ッ!」

 

 風より早く疾駆する肉体。

 族長の話が確かであれば猿たちがいるのは森の西側にある丘陵地帯。

 だがそこは森林でも難所である鷲獅子(グリフォン)の巣である。

 

 鷲獅子は頭と前腕が鷲、肉体が獅子。翼を持つ魔獣である。

 風の鎧を身に纏い、矢は愚か投石すら弾く防御力。その前脚は岩をも削り、嘴は肉を貫く。獰猛でありながら知性があり狩猟者としての能力に優れる。

 大森林に棲む魔獣の中では高位に位置する。

 

「──あり、えない」

 

 だからこそ、この光景は私にとって衝撃的だった。

 

『──キッ、キキキキッ』

 

 グリフォンの巣である丘陵地帯の中でひときわ目立つ、くり抜かれた禿山。

 その周囲には肛門から口にかけて杭で貫かれた鷲獅子(グリフォン)とエルフの死体。

 弧を描く口、歪む瞼と吊り上がる頬。

 丘陵の頂上にて睥睨するかのように嗤う三眼の猿。

 

 ──屍山の猿王がそこにいた。

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