猿知恵男と赤帽子の女 作:わが役は尊鷹
私の幼馴染は太陽のような人だった。
『ダハハハハハッ!!』
幼少の頃から全裸で股間を晒しながら走り回る猿のような男だったが。
『どうした? お前一人なのか? 一緒に遊ぼうぜ!』
私は幼馴染を殴った。全裸で奇行をするこいつと同レベルと思われたくなかったからだ。
私の幼馴染は阿呆であった。突拍子も無く行動し、笑い、泣き、怒り。兎角学習しない猿知恵男。
それでも不思議と彼の周りには笑顔が絶えなかった。
『そりゃあ、泣いてるよりか笑ってる方がいいだろ?』
ふと彼はそういった。
『怒ってばっかだと疲れるし、悲しんでばかりだと気が滅入る。生きてるだけで辛いことは沢山ある』
戦争で身内を失うこともあるだろう。
災害で家や田畑を失うこともあるだろう。
或いは誰かの邪な企みで大切なものを奪われることもある。
『でも、それだけじゃない。誰だって人生を謳歌する権利はあるだろ』
それは本当に誰でもある普遍の理想。王族だろうが、聖職者だろうが、農民だろうが、商人だろうが。
忌避される忌み子や犯罪者、奴隷にだって同等にある。
『人生で一度でも胸を張れる出来事があるなら、それだけでそいつの人生は上々さ。その一つさえあれば。人は素晴らしい人生だったって言えるだろ?』
◇◆◇◆◇
『キッ、キキッ──』
荒涼とした屍山で嗤う猿の王。
周囲には早贄にされた鷲獅子たち。
(早贄をする猿なんて聞いたことがない……)
しかし、事実それを行ってる以上何らかの意味は有るはずだ。
大事なのは観察すること。獲物の習性、癖、特異性の把握。それこそが勝利への筋道になることを私は先代から教わった。
不意に目が合う。
ぐるりと顔をこちらに傾け、額に浮かぶ縦に切れた翡翠色の瞳が私を射貫く。
背筋から寒気がし、全身から鳥肌が立つ。
頭の中には危機を鳴らす鐘の音が止まらず、半ば直感でその場から動く。
瞬間、私が潜伏していた場所は爆風とともに舞い上がり、木々をなぎ倒す。
「風魔法ッ!? 一瞬であれほどの!?」
『キキャキャキャキャキャキャ──!!』
喉を鳴らし、声を張り上げる猿王。
その声とともに丘陵から飛び出す影。
甲高い鳥類の鳴き声を響かせながら巣穴より出てきたのは周囲の串刺しにされた鷲獅子より一回り大きい隻眼の鷲獅子であった。
「なん、って……! デタラメっ!!」
誇り高く残忍な鷲獅子が捕食対象である猿に従うなどあり得ないばかりか、その従ってる鷲獅子はおそらくこの丘陵の主ともいえる存在。
どうするか、まともにやって勝てるか? 森の中ならばまだ優位に戦えるか? 一度退くべきか? そう思考を逡巡させ、不意に気付く。
──退いたところで、なんの意味が在るだろうか。
里に対する愛着などない。先代が里を守ることに生涯を捧げた理由などわからない。
見捨てても構わなかった。たとえそれで心臓を握り潰されようが、むしろ清々するぐらいに。
でも、その時不意に浮かんできたのは、太陽みたいに暖かいあの男だった。
『誰かに施してもらったら、それを返したくなる。恩返しってやつさ』
──嗚呼、そうか。
ただ、納得があった。どうしてこんな馬鹿な戦いに身を捧げるのか。
どうしてこんな絶望的状況でも悲観してないのか。其れがわかった。
「私は、アイツに……アマディオに、なにも返してないじゃないか」
弓を番える。
限界まで引き絞られた合成弓が軋み、唸りをあげる。
鷲獅子に飛び道具は通じない。翼を持ち、三次元的な動きを自在に操り、柔らかさと硬さを備えた筋力と羽毛は返しの付いた木の矢など弾く。
終いには鷲獅子の周囲を覆う風魔法による防御の風の鎧を纏う二重の防御策。
──其れがどうした、知ったもんかそんなモノ。
それが私がアイツにしてやれる唯一だから。
「それが、オンガエシってやつだから!」
空気そのものを叩くかのような破裂するような音。
それを置き去りにして、赤帽子の一矢は放たれる。
『キョォォォォオオオオオオ!!!!』
甲高い悲痛な声をあげる鷲獅子。
矢は風の防風に阻まれ、潰れた右目のそばを紙一重で避けきる──。
「……外した」
──空間ごと、鷲獅子の頭を半分抉り取りながら。
着弾した矢はその身を朽ちらせながら、木々を薙ぎ大地を抉り、土煙を巻き上げる。
「──次は外さない」
爛々と輝く赫灼の瞳で鷲獅子に狙いを定め赤帽子は呟いた。
◇◆◇◆◇
エルフという種にとって異物とは排除するものであった。
赤帽子を筆頭に生まれながらにして白痴なもの、肉体に欠損のあるもの、周囲とは考えに差異があるものなど千差万別だ。
その考えが支持され、続けられているのは偏に『その行動が結果的にうまくいき続けている』からである。
エルフというのは種としては長寿であり数百年ないし千年の時を生きるという。
その意味はつまり、数百年単位で行われ続けている成功体験他ならない。
「そんで、だ。おめぇらは何しようとしてんだ?」
杖を持ち、外套を纏うエルフの集団に立ちはだかる一人の男。
黄金の髪に黄金の瞳、腰には
「──何者だ」
「
その言葉に一人だけ反応する老翁がいた。
「天眼のエスピディオンの息子か……」
枯れ枝を彷彿させる白髪のエルフ。禁域の族長と呼ばれるその男は鉄杖て手にアマディオを量る。
「親父のこと知ってんのかよ……」
対しアマディオはげんなりとした表情で乱雑に金髪を掻き回す。
「族長……この男は」
「ウスマールはかつてあった亡国。エスピディオンはウスマールの暴王の庶子よ。ウスマール王によって命を狙われ、亡命したパラティアの危機を三度救った救国の英雄にして世界にとって最も望ましい未来を見通す神の目を持つ賢者──それがパラティア王エスピディオンよ」
黄金の国と呼ばれる近隣諸国において有数の力を持ち、かつてのウスマールを平定した政戦両略の英雄。
一介の自由民から王へと成り上がった伝説的人物であり、エルフの住まう禁域の森を勢力下に置く男こそエスピディオン他ならない。
「なるほど……貴様をパラティアに連れて変えればエスピディオンに恩が売れるな」
狒々のようにエルフの族長は醜悪に顔を歪める。
「言っておくが、俺なんか高々血を引いてるだけの味噌っかすの三男だぞ?」
「エスピディオンは名君だ。……息子を見捨てたという醜聞を得るぐらいであれば我らの一族に多少の便宜を図ってやることの頭ぐらいはあろう。アマディオよ、貴様が思っているよりエスピディオンからの貸しというのは大きいぞ?」
強かにエルフの族長はアマディオの身柄に高値をつける。
「どうも、儂は運が良い。
「──あの娘を殺す気か?」
禁域の森にて出会った、赤髪のエルフ。
見目の年齢以上に幼さを感じたあの少女を守るのではなく迫害する老翁にアマディオは怒りを滲ませる。
「──我々はそのような野蛮なことはしない。同族殺しなど身の毛もよだつ。……ただ、あの娘では猿王には勝てんよ」
「よくわかった。おめぇ、性格
エルフの族長は鉄杖を地面に突き立てる。
その仕草を合図に、エルフの族長の周辺にいた、エルフの若衆はそれぞれ散り始める。
「猿王を殺せるとしたら、全盛期の儂よ」
瞬間、大地が隆起し。禁域の木々がざわめき始める。
それはまさに神の如き御業。族長の周りを守るかのように途轍もない速さで木々が芽吹き、やがて大樹となる。
族長の意思のもと森が鼓動し、木々が揺らめく。
「
「糞爺のクァルバファルだな、覚えたぞ……」