人が集まるところは当然喧騒の溢れる所ではあるが、わざわざ時間をずらしているのに、ここまで混雑していなくてもいいじゃないかと、サンダーカッターは愚痴を零した。
食事量をある程度確保しつつ柔軟に対応しておきたいから、弁当ではなく食堂を利用したい。が、彼女はなるべく喧騒から離れて生きていたいという性分であった。
「カッターさん、少し遅い昼食のようですが……。相席如何ですか?」
ラブザビバーチェは、その困り顔で、栗毛で稲妻のような特徴的な流星が目立つウマ娘に声を掛けた。
サンダーカッター。目付きの鋭いウルフカットのウマ娘で、非常に近寄り難い雰囲気を醸し出している。しかし、慈愛の化身であるビバーチェにはその威圧感など何処吹く風で、親しげに声を掛けた。
「……ああ、ありがとう。遅い時間を選んだ筈なのだが、ここまで混んでいるのは珍しいな。何かあったのか?」
実態、サンダーカッターの近寄りがたい雰囲気というのはそのルックスと堅い口調からなるもので、本人の性格に難があるわけではなかった。強いて言うなら、本当に煩いのが苦手というだけ。仮にその血が選ぶ好敵手であろうと、欲しかったもの全てを持っていく宿敵であろうと、友好的に接する。サンダーカッターは、その名に反して、本当に穏やかなウマ娘だった。
「先程完売しましたが、限定のスイーツがピークタイムからずらした時間に並びまして。それの争奪戦が先程ようやく終結、といったところでしょうか。」
「成程、そういう理由が。」
少し多めの食事を載せたトレーを机に置いて、ビバーチェの対面にカッターは座って、頂きますと小さく呟くと、音を立てずに黙々とナイフとフォークで口に運ぶ。
「明日はダービーデーですね、皆そわそわとしていらっしゃいます。貴女は、どうですか?」
「そうだな。……憧れと、羨望と、期待と。その権利は無いが、可能ならば、その名誉ある勝利を捧げたいと想うのは当たり前だろう。」
カッターの義理堅さとクッキーという甘味に舌鼓を打ちつつ、ビバーチェは思い返す。
サンダーカッターというウマ娘は、ある良家の、分家の生まれであり、その家の名を名乗ることが出来なかった。
そんなカッターに、更に良いことと悪いことがひとつずつ降りかかった。
良いことは、その良家の当主に、才能を認められトレセン学園に入学することができたこと。
悪いことは、カッターよりも遥かな才能をもつウマ娘が、本家に、しかも同世代にいること。
これまでも、そしてこれからも、波乱の溢れる道であると、ビバーチェは思った。
同情はしなかった。サンダーカッターに必要なのは同情してくれる誰かではなく、対等な友人である。それを、ビバーチェは知っているから。
「そういう君はどうなんだ、ビバーチェ。」
カッターの問と共に、口の中のクッキーを噛み砕き、飲み込んだ。
「……ふむ、そうですね。一年は、あっという間に過ぎ去っていくものです。どれだけの強者がいても、私は時に救け、時にぶつかり合う。それを経験してこそ成長できるもの。それが出来るのならば、勝ち負けに頓着はありません。」
笑うという表情の源流は威嚇である、という説がある。
そのビバーチェの笑みは、慈愛に満ち溢れたものでありながら、挑発とも、威嚇ともとれるものであった。
「しかしながら、勝利を求めないというのは勝負に関わる全ての人々に失礼ですから、勿論全てのレースで全力で疾走り、全力で舞踏る。その上で、私の家の当主のリベンジを、大舞台で、あなたにも申し込みます。」
それに、私に必要なものがなにか、貴女はご存知でしょうと、確かに微笑った。
糸目が僅かに開き、薄紫の双眸がカッターを貫いた。力強いその視線は、冷汗を吹き出させるのに十分な恐ろしさを持っていた。
カッターは、挑発に乗るように笑っていた。ビバーチェが気を回してくれているのも嬉しいが、好敵手として見てくれている、というのがこれ以上なく嬉しかったのだ。
「――斃すすべき相手がいる、というのは素晴らしいものだ。まあ、君に講釈垂れる必要は無いと思うがね。」
ビバーチェは、カッターの緊張が解れつつあるのをみて、内心胸を撫で下ろした。
サンダーカッターのメイクデビュー戦は、ダービーの翌週、つまり来週に迫っていた。神経質になるのも無理はないが、度を過ぎればなんとやらだ。実力を発揮するためにも、適度に肩の力を抜いて欲しかった。
「それはそれとして、カッターさん。」
カップにはいった僅かな紅茶を飲み干して、カッターの方へ6枚のクッキーが入った皿を寄せた。
「結構残っておりますが、如何です?」
「有り難く頂こう……が、その量全てだと量が多すぎる。二枚程度で十分だ。」
「なら、カルテットさんに渡してあげてくれませんか。きっと音楽室で時間を忘れて演奏に興じているのでしょうから。」
ああ、とカッターは声を漏らした。彼女ならやりかねない。昼食を忘れ、トレーニングも忘れ、一心不乱に音楽を奏でる。日によって楽器は異なるが、トレーナーか友人が訪ねてくるまで。
「……君が食堂に来ていないというのなら、そうなのだろうな。わかった。渡してくる。君のこれからの予定は?」
「ビバーチェ先生のお悩み相談室が始まります。如何ですか?」
「……いいや、ワタシはもう十分だ。ありがとう。」
ラブザビバーチェ
慈愛と懇篤を振り撒く心優しきウマ娘。相手に必要ならば発破もかけるし挑発だってする。
観察眼は一級品で、目標は母のような素晴らしい選手兼指導者。その片鱗を今でも見せつつある。
本気になったときに目が開く。