The Reverberation   作:ささみささじ

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サンダーカッターⅠ 「エリュシオンの乙女よ」

 

 音楽室に響くヴァイオリンの音が鳴り止むと、サンダーカッターは全身の筋肉を弛緩させ、大きく深呼吸をした。

 ただ、弦の上に弓を乗せて引くという、言葉にしてみれば単純な動作は、カッターにとって、これ以上ないほどに神経を磨り減らすものだった。

 

「流石、カッター。もう基礎基本は完璧だね。それに覚えるのも早い。」

 

 鈴を転がしたような声で、そのカッターの演奏をぱちぱちと拍手をしながら褒めた。初級者としては上々の出来である。が、カッターがヴァイオリンを触るのは今日が初めてだったのだ。

 汗を僅かに滲ませながら、カッターはヴァイオリンをその栗毛のウマ娘に返した。

 

「そろそろ答えてくれるか?カルテット。急にヴァイオリンを弾いてみないか、などと……。」

 

 "カルテット"、と呼ばれたウマ娘は逡巡してから、小さな声で答えた。

 

「……わたしには何ができるか考えて、出た答がこれなだけ。わたしはこれぐらいしか、あなたにあげられるものがないから。」

 

 サレムカルテット。肌は色白、髪は金糸に見えるほどに輝く栗毛。身長は年下に見えるほどに低く、その一挙一投足が深窓の令嬢を思わせる儚げなウマ娘であった。

 ヴァイオリンの弦をカルテットは弾くと、低い音が響く。

 

「……驕りか、それとも弱者のふりか?」

 

 幼子を静かに叱るように、カッターは低い声で言ったが、カルテットは笑って首を傾けた。

 いつも、カルテットはそうだった。自分は施す側の存在であると譲らない。やさしさから来る傲慢、生まれつきの強者であるがゆえに、人との距離が測れない。そういうウマ娘だった。

 距離を測ることができなくても、なにかを施すということで、他人との距離を縮める。そういうスタンスのウマ娘であった。

 多くの、そして様々な期待のみを向けられ、それに応えることが生きがいのような彼女に、もっと、学生らしく、青春を謳歌してほしい。それがカルテットへ向けるカッターの願いだった。

 

「好きなように受けとってもらって構わないよ。或いは両方かも。」

「……問を変えよう。何をワタシに施したい?」

 

 カルテットは微笑んだまま、徐ろにヴァイオリンを弾きじめた。軽快でありつつも不安定な雰囲気を醸し出す旋律に、焦らせるほどのスピード感を与えるのに決して素早い速度ではない演奏を以て奏でる。フラジオレット、ダブルストップ、トリル、様々な技術の集大成が魅せられる。

 

「楽器には、それぞれ出せる音と出せない音がある。同じ楽器でも、材料やその加工、更には調律によって変わってくる。そこに、技術という積み重ねが乗る。ウマ娘も同じ。」

「……ウマ娘が楽器ならば……レースは楽曲か?」

 

 恐ろしいと思うほどに心身に響いた。絞り出したかのような声が、カッターの喉から漏れ出た。

 見せ付けているわけではないのを、カッターは知っている。これが彼女、カルテットそのものである。

 本来ならば、カルテットは"音楽とレースを如何にして同類項で括り、自身の技術をレースで生かすか"について、言及したいのだろう。施すための実演であり、心を折るためのものではないのだ。

 

 カッターは解っているつもりでも、認識してしまう事実があった。

 "サレムカルテットというウマ娘ならば、総てのレースを彼女の独奏にしてしまう。"

 彼我の差はそれを直視させるほどまでにあった。サルムカルテットは今のクラシックで疾走るウマ娘に匹敵する。

 

 無意識の内に、カッターは歯を食いしばっていた。

 

「カッターはやっぱり凄いや、わたしのいいたいことの半分は当ててくる。」

 

 カルテットは、ヴァイオリンのペグをキリキリと回し始めた。明らかに調律を崩す行為で、回しているだけでも不快な音が鳴った。

 

「限界を越えたものにしか出せない音がある。壊れてしまう寸前のものにしか出せない輝きがある。だけど……壊れたら駄目だ。」

 

 限界まで張り詰めた弦が弾かれ、気味の悪い音が響く。それを複数回繰り返すうちに、大きな音と共に弦が切れた。

 

「楽器の手入れは重要だ。しかしながら、程度の差はあれ、きみとわたしは同じ血を引いている。初期不良とも言うべき癖、同じ欠陥を受け継いでいる。」

 

 サレムという家の、次期当主とも持て囃されるカルテット。日の当たらぬ分家に生まれたカッター。持つ者と持たざる者の差異というのは、計り知れないほどのものである。

 しかしながら、ウマ娘としての欠陥は、二人を逃しはしなかった。

 

「こうならないためにも、カッター、あなたは早く自分の限界を知るべきだ。きみには苦しんでほしくない。悲痛なだけの音は良くない。抑揚があってこそ、みんなに愛されるのだから。」

「カルテット、君は……。」

 

 カッターは口にしなくても、カルテットは察している。同じ母から生まれたわけではなくとも、同じ血を受け継ぎ、お互いのことを想っているのだから。

 

「その先は言わなくても大丈夫。わたしはわたしの限界を疾走る。だから大丈夫。」

「……ならば、ワタシは君に勝つぞ。君の限界を超えてみせる。絶対に。」

 

 その返答に満足したのか、カルテットは微笑を浮かべながら頷き、口を開いた。

 

「弦、切るつもりは無かったのに切ってしまった。買い物一緒に行かない?」

 

 カルテットの、そのうっかりミスの自白に、気の抜けた笑いのようなものが込み上げた。

 

「……そうだな、行こう。さっきのクッキーだけでは食事としては不十分だろうから、ついでに外食でもしよう。」




サンダーカッター
 栗毛で稲妻マークの流星が目立つ、ビリビリ雰囲気ウマ娘。見た目はかなり怖いけど、どちらかというと小心者。
 サレムカルテットにただならぬ感情を向けており、彼女のライバルとして相応しく在りたいととんでもない量の努力を重ねているとか。
 名前で勘違いされるけど、大きすぎる音は苦手。
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