燦々と照り付ける陽射しを大きい折り畳みの日傘で遮ってできた僅かな影の下で、分厚い書籍のページを破らないよう丁寧に捲っていく音が、僅かな風の音に混じる。とても古めかしい本ではあるが、内容は現代にも通用する指導論についてのもので、それはビバーチェの原点とも言えるものでもあった。既に多くの付箋が殆どのページに貼ってあり、その付箋一枚一枚に文字がびっしりと詰まっている。
最も効率の良い学習は指導する側になることである。仔細は省くが、指導するための知識の再構築や、指導するという行為そのものは、ビバーチェの在り方と似通っていたが故に、彼女の指導は彼女の天職としての片鱗を既に魅せていた。
ビバーチェは自らに、愛を以て対話し、人々をより良い方へ導くというものを課している。それは、自分自身をも対象にする。曰く、前に進む事を放棄した者に、前に進ませる勇気は与えられない。たとえ、誰かを自身の身を挺して前に進ませるという献身をしたとしても、自身も前に進むという意思を放棄さえしなければ、より良い未来が得られると信じている。
ビバーチェは自己の研磨を怠ることはない。それは、前に進む為の手段であり、自身を此処まで押し上げてくれたすべてへの愛であるからだ。
「……。それにしても、とても暑いですね。」
あまりの酷暑に辟易としながら、うっすらと浮き出る汗をハンカチで拭く。一昨日、安田記念を迎えたというのに、梅雨入りの気配はまだやってきていない。
校舎の屋上は、所謂一匹狼達の人混みという暑さから逃れる為の避暑地であったのだが、太陽を遮るものがなく一匹狼達は本来の意味での日の当たらぬ場所に移っていた。ひとりで本を読む環境というものは大変貴重ではあるが、未だ梅雨入りしないこの猛暑のもとで本を読むものではないと、嘆息し本を閉じた。
「屋上にガーデンパラソルの設置をお願いしましょうか。皆の姿が屋上から追われてしまうのは少々物悲しいというものでしょう。」
ビバーチェは、広げて立ててあった日傘を手に持ち、ベンチから立ち上がってフェンスに体重を預ける。屋上にベンチを設置するよう頼んだのも、彼女だった。
ビバーチェは屋上から眺める景色が――土と芝を駈ける皆が、様々な表情を魅せる空と大地が好きだった。
愛多き草原を疾走る戦乙女に、嫌いなものなどほとんどないと言えば、その通りなのだが。
「早く私もあの舞台で疾走り、そして踊りたいものですが……。」
汗を流すウマ娘達を観察しながら、これから先、ラブザビバーチェに立ち塞がるライバル達に思いを馳せた。
音による芸術を悉く愛する娘は、罪過と枷を抱えつつも、良い方向と悪い方向へ次へ駒を進めた。友としては、それ以上自身を傷付けなくともよいと諭したいが、競技者としてはまた別の欲求が働く。既に、世間は彼女のオーラに当てられて興奮し始めつつある。
白き獣を秘める娘は、為す術なく音に呑まれてしまったが、それでも頭ひとつ抜けていることは示した。想定以上の精神的な丈夫さを見せたが、それでも牙を隠したがっていた。精神的な傷痕なのだろうが、恐らく彼女の命運を占うことになる筈だ。より良い方向へ進めると良いのだが。
光を恐れる娘は、その本当の実力を隠しながらも、静かに進む権利を無理と引き換えに勝ち取った。屈折し絡み合った感情はヒトを強くするが、どのような形で昇華するにしても痛みを伴うことだろう。折れることのないよう祈ることしかできない。
「どれだけ彼女達が耀かしく疾走れども、今の私は雌伏が最善。積み重ねられるものでより素晴らしい愛があるのならば、やり遂げるまで。ですが……。」
今は焦るべきではないと、ビバーチェは自分自身に言い聞かせて視線を虚空に送った。
ラブザビバーチェというウマ娘は、その膨大なスタミナで他者を圧倒し捩じ伏せるステイヤーである。が、しかし、未だ発展途上であり、他の同期のウマ娘と比べると頭ひとつ抜けて良いというだけで、長距離を疾走るのにはまだ不十分であった。
その上で、ジュニア級のウマ娘には長距離を疾走るレースは用意されていない。
故に、焦って事を成そうとするより、今はスピードスタミナを重点的に積み上げて、万全を期しメイクデビューに挑むべきだと自身を諭している。しかしながら、あの輝き達に網膜を焼かれては"早くあの舞台で疾走りたい"と魂が叫ぶばかりで、歯噛みするしかないのだ。
万全で疾走れるレースなど、片手で数えられる程しかないのはわかっている。しかし万全を期して強者達と疾走りたいという想いも理解している。
オーバーワークは許されない。だからこそ、空いた時間に多くの知識を蓄え、観察眼を磨く。
勝つにしても、負けるにしても、正々堂々、全てを出し尽くして勝負したい。そのための準備期間なのだ。
ところで、ラブザビバーチェというウマ娘の場合、この全力で疾走れないというストレスは、全て愛を振り撒くという行為に昇華される。
そして、鬱屈とした感情を少しずつ蓄積させつつある彼女に都合よく、聞き慣れた旋律が迷いを秘めているのに気付く。
日傘を閉じて、本と一緒に鞄に仕舞い、耳を大きく動かし、身体をしなやかに伸ばした後に、愛を届ける障害を全て過去のものにした。
つまり、ビバーチェは、悩める乙女達の為に屋上のフェンスを飛び越えたのだ。
ラブザビバーチェ
身長:166cm
体重:現状維持が精一杯
アレ:90・59・89
耳飾り:角ばったピンク色のハートが七夕飾りのように連なったものが右耳からもみあげの髪あたりにかけて
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