The Reverberation   作:ささみささじ

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サレムカルテットⅡ 「紅匂う、野中の薔薇」

 最後の和音から手を離し、ペダルに掛かる力を全て除く頃には、第二音楽室に響いていた痛ましく幻想的な影がその気配を消していた。

 奏者はゆっくりと大きく息を吐いた。

 あとどれらい疾走れるのだろうか。果たして、クラシックのレースに間に合うのだろうか。そんな想いが、演奏と共に奏でられた。心象は音に溶け、音は空気に溶ける。ならば、影が溶けた空気は、どんな匂いがするのだろうか。

 それと、もうひとつ。あの白い影の――。

 思い煩っていると、パチパチパチと、窓際で拍手が響いた。

 

「フレデリック・ショパンの晩年期の曲――、でしたか。今日も非常に素晴らしい演奏でした、カルテットさん。」

 

 風でカーテンがはたはたと動くその下で、ラブザビバーチェは奏でられた感情に心からの拍手を送った。自覚した迷いを籠めた演奏は、プロにも引けを取らぬ極上のものであった。

 

「……いつからそこに居たの?そこのドアが開いた気配はしなかったけれど。」

「愛に距離は関係ないと申します。ならば、どんな障害も関係なく必要なとき、必要なところに、私は現れる。それでいいではありませんか。」

 

 カルテットは、ビバーチェを静かに詰った。窓が空いている、ということはつまり、窓から入ってきたのだろうと、カルテットは推測した。

 

「……危ないことはやめて。」

「ええ、万が一が無いようにしますね。」

 

 しかしともいうべきか、やはりともいうべきか。ビバーチェは何処吹く風で微笑み返した。

 カルテットは、問答は暖簾に腕押しなのだと判断して、今度は童謡として有名な曲を弾き始めた。

 

「トゥインクルシリーズでの初めてのレース、如何でしたか?」

「……。」

 

 返事の代わりに、奏でるリズムが緩やかになった。

 カルテットは、彼女の雰囲気から醸し出される寡黙さとは裏腹に、非常に饒舌であることを、ビバーチェは知っている。返事そのものではなくとも、伝わることなどいくらでもある。

 

 高揚と歯痒さ。そのふたつが彼女の心を占めている。

 

「ホワイトデューさんと貴女の対決、私が思っていたよりも良い方向へ進んでくれて、良かったと思っていますよ。貴女にとっても。」

 

 ビバーチェの言葉をそのまま受け取っていいのかどうか、カルテットは判断できなかった。

 畏怖と恐怖を向けられてきたカルテットに、初めて熱の籠もった視線が向けられた。、困惑することはなく、むしろ燃え上がるような高揚感が湧き上がりさえした。

 けれど、疾走ることのできる距離に限りがあるカルテットには、その距離を削ってまでその熱に応えることは出来なかった。それが、カルテットの心に刺さって抜けないのだ。

 

「……、昨日、ホワイトデューは此処に来たよ。とても良い娘だった。」

「そうでしたか。」

 

 曲のサビを越えて、僅かな間奏で一息ついて、またバースに戻ってくる。

 ビバーチェは、カルテットの悩んでいる事について、敢えて言及しなかった。

 

「ホワイトさんは、クラスでは静かにしてあまり積極的に関係性を持とうとしない方。それがカルテットさんと交友を結んでくれた、というのはとても良いことではないでしょうか。」

 

 ホワイトデューは、決して控えめな性格であるわけではない。むしろ、あの闘争心を抱えているのであれば、溌剌さを必死に隠していることすらわかる。そして、牙も。

 隠しきれない牙で、あの鋭さならば、本来の姿ならばどれほどまでに鋭利なのだろうか。

 カルテットは固く結んでいた口を開いた。

 

「……。あの娘は強いね。未勝利戦で足踏みすることは無いと思う。」

 

 カルテットの言葉を聞いて、ビバーチェは柔らかく微笑んだ。

 二回目のサビを迎える。ある筈のない歌唱が聴こえるほどに、流麗に引き伸ばされた音が響いた。

 

「ええ。中央というのは、貴方が思うよりも粒揃いです。貴女が、そして私が、使命の為だけに走って勝てるほど甘くはない。きっとすぐにあなたにリベンジをしようと立ちはだかるでしょう。」

 

 かつて流星のように美麗に現れ、年間全勝に王手を掛けるところまで疾走ったウマ娘を母として、その力を隆盛させていくサレムの一族。

 その最高傑作と目されるサレムカルテットに、王たる威厳とそれに見合う冠を求めた。

 

 ビバーチェの一族は、優れた指導者かつ優れた選手を輩出してきた。しかし、活躍はティアラ路線とダート路線のみに限られる。クラシック三冠のいずれにも手が届いた事はない。あと僅かで届く栄光を、奪っていく新興の良血がいた。

 そこに、漸く現れたステイヤーの素質を垣間見せるラブザビバーチェ。計り知れない期待と重圧が、彼女の脚に掛かっていた。

 

 

 ()()()()、サレムカルテットは音を愛するウマ娘に、ラブザビバーチェは愛多きウマ娘に育った。

 

 曲の三番に入る直前で、カルテットはピアノの鍵盤から手を離した。

 

「……。野ばらの花言葉は、素朴な愛、才能、詩。だからどうというわけでは無いけれど、――手折るよ。」

「それで良いのです。貴女がそのスタンスを変える必要はない。しかしながら、私は私の速度で獣を打倒し、神鳴りを御し、貴女を追い詰める。」

 

 静寂に緊張感が薫る。片や浮かぶ感情は薄く、片や微笑を浮かべたまま。

 

「ですが、脚のケアについては手伝わせてくださいね。私は貴女と疾走りたいのですから。その前に折れてしまっては困る。」

「……、――、頼ることもある、かも。」

「ええ、是非。」

 

 一度も柔らかな雰囲気を崩すことなく、手伝いまで申し出たビバーチェに、カルテットは僅かに゙たじろいだ。




サレムカルテット

身長:150cm(四捨五入済)
体重:絞り過ぎたのでちょっと増やそうとしている。
アレ:75-55-76

耳飾り:五線譜とハ音記号の描かれたリボンを右耳根本に

歌詞を調べてみるといいかも。
感想とか、お手隙でしたら是非。
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