The Reverberation   作:ささみささじ

8 / 8
サンダーカッターⅡ 「僕等に真実を、疑いようもない嘘を」

 

 耳カバーを買いに行く許可をトレーナーに取ってくると言って、手を振りながら元気に走り去っていくホワイトデューに、相変わらずのしかめっ面で手を振り返す。

 その"相変わずのしかめっ面"の下で、サンダーカッターは羨ましさから歯を食いしばっていた。勿論、表情の変化は殆ど無い。

 

 開かれたゲートの外は酷く眩しく見えた。もうすぐ梅雨が来るはずなのに、陽はじりじりと照り、雲は少なく空の色は鮮やかだ。

 隣の芝生は青く見えるというが、疾走ることを至上とするウマ娘にとって、自由に疾走るということへの彼我の差は、苦しくなるほどに残酷だった。

 

  別れ際に、ホワイトデューにひとつ、問を投げかけた。

 "もし、サレムカルテットとまたターフの上で疾走ることになったら、キミはどうする?”

 サレムカルテットとのレースにて、彼女による非常識な着差で心がへし折れたウマ娘は少なくない。

 その中で、メイクデビュー戦の終盤や負けてからも笑っているように見えたホワイトデューというウマ娘に、少し興味が湧いたのだ。

 ゲート練習のやり方が非効率だというトピックは、話し掛ける口実だった。

 

 その少しの会話で、ある程度ホワイトの返答は予想が付いた。そして、思ったとおりというべきか、それとも予想以上にと言うべきか、帰ってきたものはとても答とはいえないようなものだった。

 

「カルテットさんと……?ええと、めっちゃ強い方なのも、今はまだ足元にも及ばないってこともわかってるんですけど。やっぱり勝ちたいので、頑張ります!……あれ、どんな作戦で挑むのかってことですか?全然考えてなかったな……。」

 

 曖昧で、ふわふわとしたものだった。

 しかしながら、カルテットとの実力差を正確に判断できていないわけではなさそうだった。寧ろ、直感的にどこまで手加減しているかすらも把握しているかもしれない。コースはわからずとも、ゴールだけは知っている。そんな雰囲気だった。

 そして、心は折れずに、ホワイトはサレムカルテットという巨大な壁に立ち向かおうとしているのは間違いなかった。メイクデビューのレースの時と全く変わりなく。

 きっと、ホワイトデューというウマ娘は、"彼女"の隣を疾走るとよく映えるのだろうなと思った。

 

 そして、"ホワイトデューというウマ娘と比べると、ワタシはどうなのか"と自問自答をする。

 

 意味のないとまではならなくとも、意味の薄い問だなと、カッターはまずはじめに呆れた。

 

 三回。それはサンダーカッターの心が折れた回数だ。

 最初は、初めてサレムカルテットと疾走った時に。"自身は才ある者である"と増長していたところを、徹底的に叩き潰された。

 次は、サレムカルテットが手加減を覚えた頃に。永遠に届かない"あと少し"をこれでもかと味わった。

 

 しかしながら、カッターは自分を奮い立たせて戦いの舞台に立っている。諦めるべきだという考えが頭の中を支配していた時間のほうが長かったはずなのにも関わらず、カッターは疾走ることを諦めたくはなかった。

 そういう意味では、ホワイトデューとサンダーカッターは似ているのかもしれない。けれど、カッターはホワイトのように過剰に練習にのめり込むという方法は採れなかった。

 ただ単純に、思考を放棄するのに必要な運動量に脆い足が耐えられない。耐えられたとしても、選手生命を削るだけの愚かな行為にしかならない。

 

 嫉妬などという醜い感情を発露するなんて、と自己嫌悪に陥るのは、いつものことだった。

 しかしながら、彼女は笑みを浮かべた。空気が冷たくなる程に恐ろしい笑みを。

 

「見えているモノ、見えていないモノ。克服したモノ、克服すべきモノ。そして、先頭を疾走るか、その次を疾走るか。何もかも違う。たったひとつ確かに同じなのは、遠からず同じ舞台で疾走るということだけ。比較は直接の問題解決にはなり得ない。そうだろう?」

 

 ゆっくりと歩みを進めて、ゲートから出る。太陽は一瞬翳り、僅かに雨の匂いが近づく。

 違いが存在するからこそ、レースが成立する。勝ち負けが発生する。それが()()のだ。

 

「梅雨が漸く。嵐は未だ遠く。しかして見せない札も多く。―――。」

 

 カッターは口角を上げたまま、大きくため息を吐いた。ただただ純粋に、好敵手達と同じ舞台で疾走ることへ胸を膨らませていた。

 "彼女"の隣で疾走るのに相応しいウマ娘でありたい。"彼女"の隣を疾走りたい。

 その為の、好敵手だ。

 

 結局のところ、サンダーカッターにとっては、疾走ることがその生のすべてなのだ。

 たとえ、その疾走りに終りがあろうと、その終りをほかのウマ娘よりも疾く迎えようと、自身のトラウマの元兇が立ちはだかろうと、どれだけその心が折れ砕けようと、諦念の囁きが内から沸々と湧き出ようと。

 疾走ることへの欲は、どうやっても枯れることはなかった。

 それは、きっと誰もが多かれ少なかれ存在するのだろう。大きな期待を向けられていても、向けられていなくとも。それを重荷に感じていようと、感じていなくとも。

 

 宝塚記念も目前。トゥインクルシリーズは春を終え夏を迎えた。既に矢継ぎ早に駆け出し始めた娘も、これからゲートに入ろうとする娘も、大きく伸びていくのは此処からだ。

 そしてその成長期は、自分自身にも、好敵手達にも、時期は異なれど等しく訪れる。だからこそ、此処で足踏みしている時間はない。

 

「――今から少し疾走りたいが、制服のままは良くないな。時間もストレッチのことを考えると危ういか。いやしかし、この欲を明日に持ち越しは流石に我慢できそうもない。……ならば是非も無し。やるからには入念にだ。」

 




サンダーカッター

身長:172cm
体重:必要十分、維持完璧
アレ:90-57-91

耳飾り:薔薇と雷がモチーフの金属製ピアスが耳カバーの上から右耳に。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。