王城の謁見室には、マイネンと筆頭に数名の貴族たちが跪いていた。
「これより、貴君たちには、国宝の奪還を命じる。必ずや、取り戻せ。その命を賭してでも」
『『『は!』』』
声を合わせて、王の命に従う覚悟を見せる彼ら。そして、更に王が言葉を続けた。
「私の付き人も付ける。耳飾りはマイネンが預かれ」
「は!」
金の耳飾りを外した王が、それを直にマイネンに手渡した。そして、手慣れた手付きでそれを耳へと取り付ける。マイネンの耳には、青と金の耳飾りが揺れている。
「付き人。一時的に奴が主だ。仕損じぬように」
「はい。問題ありません。この剣にかけて」
頭に揺れる銀糸、手首足首にはめられた銀の腕輪、腰には、2本の剣を下げた亜人。そして、頭には一本の角が生えている、鬼という通称を持つ、剣の姫。
「王よ、感謝いたします。まさか、剣姫をお貸しいただけるとは」
「かまわん。我が手の内には同格が他に4人いる。潰しても構わん。好きに使え」
「は。では、剣姫。よろしく頼むぞ」
「はい。承知しましたよ。こちらこそ、よろしく頼みます」
剣姫はマイネンへと跪いて、頭を垂れた。それを見届けた王は、頷く。
「では、良い知らせを待っているぞ。マイネン」
「は!」
深く、深くマイネンは頭を王へと下げる。しかし、その心中では。
―2人分の耳飾り。王は本気だ。なんとか、国内でケリを付けなければ!―
内心では強い焦りを感じていた。
■
意識が戻る。目を開けてみれば、空には青い色が戻っていた。どうやら、私は生き延びているらしい。背中に感じるもふもふに、安心感を覚える。
「キャウ」
ベロリ。頬を舐められた。目の前に現れたのは、白毛の大狼の顔。赤い目が宝石のように輝いている。
「おはよう」
左手で撫でてやる。右手は、首に添えて毛皮を楽しむ。こうやっていると、こいつはただのデカい犬なんだがな。
「目、見事」
「キャウ」
鼻息荒く、頷いた。実際に死合うと解る。こいつはタダの犬ではない。クマと並ぶ猛者である。今まで、クマとやりあって、この森で過ごして、目を持っていかれたのは初めてだ。
「今度は、私が貰う」
「キャウ、キャウ」
大狼が前脚を見せる。そこには、なかなか大きな切り傷。まるで、刀か何かで切られたような。
「私のか」
「キャウ」
そうだ、と言わんばかりに頷く。となれば、この目は。
「お前に、貰われた」
「キャウ!」
その通りと言われた気がする。目には目を。歯には歯を。傷には、傷を。先手は私が切っていたか。だが、いずれはその喉笛はクマのと合わせて頂く。
「まぁ、今は」
この犬の毛皮を楽しもう。わしゃわしゃと両腕で頭をかいてやる。本来なら、すぐにでも死合いたい所なのだが、まだ体が痛む。それに、この大狼がどうも私の傍を離れない。
「お前、帰らないのか?」
もふ。頭を毛皮が包んだ。ああ、なんだ。帰らないぞ、と言われている感じ。これは間違いなく、保護されている。…そういえば、クマは?
覆いかぶさる毛布、奴の頭を退けて、周囲を見渡す。燻った焚き火、何もいない洞窟。木の実と蓮の実が数個に、燻製にされた魚が数匹…。
「燻製…?」
作った記憶はない。もしや、クマか?そうだとすれば奴め、本当、どれだけ器用だと言うのだ。ああ、燻製を見たら腹が減った。ならばと、木の実に手を伸ばそうとすると、もふっと毛皮が覆いかぶさる。
「キャウ」
ダメだよ?そんな声色だ。ふむ…ああ、そう言えば昨日の夜、やらためったら木の実を喰うなとやられたな。理由は…ああ、副作用か。寝起きのせいか、頭の回転が遅い。
「ならば、蓮の実」
「キャウ」
袋をずいっと咥えて、私の前に置いた。なるほど、やはり、こちらの方は食って良し、か。ならばと1つを取り出し、齧る。
「旨い」
痛みを感じる体に、瑞々しさが行き渡る。昨日の夜のような激しい痛みは無い。毒矢を食らった程度の痛みが走る。そして、痛みが収まれば、アバラあたりの痛みも一緒に消え去っていた。
「キャウ?」
どう?そう聞こえた。心配性め。
「良い」
「キャウ」
満足気にこちらに瞳を向けてくる。ならばと、もう一度両腕で、首元をもふもふとやってやる。うむ。良い。ああ、そう言えば、刀は…腰にある。
ヌルリと刀を抜き取る。ああ、やはり。刃毀れしている。
「…これでは」
切れん。切れば、昨日の猪の二の舞いだ。幸い、雲ひとつ無い空。抜き身で置いておけば、刃毀れぐらいならば簡単に治ることだろう。
「それならば」
今日ぐらいは鍛錬を休んでも良い。それに、もふもふは、良い。
「ヴ」
お、この声は、奴か。視線を向けようとすると、頭にもふりと、毛皮を感じた。少し固めで、大狼とは違うものだ。
「クマ」
「ヴ」
ぐりぐりと力が強い。まるで、クマじゃあない。と言いたげだ。お前はどう見てもクマだろうに。と、不意にクマの毛皮が離れて、焚き火の向かいへと座った。その手には、大きく太った魚が数匹携えられている。
そして、手慣れた手付きで木を爪でささくれ立たせると、爪をカチリと合わせて、火花を散らして火種を作る。
「…火起こし、上手いな」
「ヴヴ」
燻った火種に、枯れ草なんかをかけながら、火を大きくするクマ。いや、何かが可笑しい。お前クマか?と告げたいが。
「その魚」
「ヴ」
指を刺された。お前の朝餉。と言わんばかり。…やはり世話をされている。世話をされているというのに、文句を言うのは、違う。
「感謝」
「ヴ」
頭を下げる。いや、構わんと、腕を振るクマ。そして、ベロリと顔を舐めてくる大狼。ああ、なんだろうか。やはり、心地よいと言うか。安心感が、強い。だが、そうは言っても。
「死合いは」
「ヴ」
「キャン」
2つの毛皮で頭を押さえられる。世迷言を言ってんじゃねぇ。と言わんばかり。…仕方ない。ならば、やうやうしく世話をされよう。
■
「生き字引殿、お久しぶりに存じ上げます。こうして話すのは15年ぶりですね」
「ですな。しかし、殿などという敬称は不要ですぞ。剣姫のほうが年上ですからな。ははは」
マイネンの私室では、改めて戦略会議が行われていた。親しげに話し合う亜人に、マイネンは咳払いで注意を促せば、2人はぴしりと背筋が伸びる。
「失礼しました。マイネン様。王からある程度は聞き及んでおりますが、改めてご説明いただけますか?」
「うむ。まずは、こちらの地図を見てくれ」
そう言って広げられた地図。国内の大まかな道と街が描かれたものだ。
「最後に賊の報告があったのは、ワカミヤだ」
「ああ、理解いたしました。この先の古都に賊は逃げたということ。つまり死地の森ですね」
「そうだ。ただ、幸いにしてまだ1日しか経っていない。今から騎士団の早馬で追えば、半日で古都までたどり着ける」
「なるほど。そこから更に死地の森の探索に、というわけですか」
マイネンは頷いた。そして、あらかたの作戦の説明を行うマイネン。
曰く、騎士団は貴族から借り受け、その指揮はマイネンが直々に行い、古都まで王城から半日で到着させる。拠点をそこに作り、死地の森の探索は少数精鋭、亜人とマイネン、そして数名の護衛で行われるということだ。
「死地の森を少数精鋭で。人選は?」
「それは生き字引が行っている。話せ」
「はい。まず生き字引、そして剣姫、マイネン様、ルドネル様、マッケイ様、ドネル様。この6名で死地の森の探索を行う手はずですな。亜人の我々はまぁ、亜人であるがゆえに切り込み、護衛といったところでしょう」
マイネンは頷き、剣姫も頷いた。
「そしてマイネン様、ルドネル様、マッケイ様、ドネル様は、賊の確保を行っていただこうかと」
「と、いうところだ。剣姫、納得したか?」
「はい。納得いたしました。…しかし、死地の森は広大です。探す範囲などは」
「そこはお前達に任せる。剣姫、生き字引。詳しいのだろう?」
ギロリと、マイネンは亜人の2人を見つめた。
「はい。微力を尽くします」
「はい。ほほ、心当たりはありますからな」
頷いて、微笑みを返す生き字引と剣姫。と、その時だ。マイネンの私室の扉が叩かれた。
「入っていいぞ」
「は!騎士団、300名の準備整いました!ご命令があれば、いつでも出立可能です!」
「あい判った。では、即座に出撃だ。先頭とシンガリには亜人を付ける。安心して行軍せよ!」
「は!承知しました!では、即座に!」
いそいそと伝令は扉を締めて、部屋を後にする。
「さて、生き字引、剣姫。お前たちの働き、期待するぞ」
「はい。大船に乗ったおつもりで居てください」
「はい。では、参りましょうぞ」
マイネンを先頭に、生き字引と剣姫は、私室を後にする。そして、マイネンの背中に付き従いながら、剣姫はどこか懐かしそうな、柔らかな笑顔を浮かべながら一本の剣を撫でていた。