おにぎり   作:灯火011

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おにさん、こちら

 微睡みを楽しみながら、大狼の顔をぐりぐりと撫でてやる。気持ちよさそうに目を細め、されるがままだ。それにしてもよく手入れがされている毛並。触っていても気持ちがいい。

 

「ヴ」

 

 と、思えば、黒い毛玉が頭をこちらに寄せてきた。ふむ。

 

「撫でる?」

「ヴ」

 

 ならばと、今度はクマの頭をぐりぐりと撫でてやる。やはり、大狼よりは固い毛皮だが、こちらも手入れがよぉくされている。嫌いではない。

 

「ふ」

 

 デカい、強い、畏怖の対象、そんな印象しか無かったが、この短時間で別の面が見えた。面倒見が良く、やたらと人懐こい。さして、触り心地はよく、知識の高さが垣間見える。

 

「改めて、感謝」

 

 鴉から救ってくれて、体を癒やしてくれて、それどころか、この長い時間見守ってくれて。礼を込めて奴らの首元を撫でる。

 

「ヴ」

「キャン」

 

 どこか嬉しそうに目を細めるクマと大狼。うむ。やはり言葉は理解しているんだなぁ。今まで、なんとなく通じ合ってる、などと奢っていたが。やはりまだまだ私は未熟だ。今日から改めて心を入れ替えて、鍛錬に励もうと心に決める。

 

 そうやって、しばらく。クマと大狼を撫でているうちに、そういえばと気になったことが有る。

 

「黒の大狼は」

 

 白のと対になる黒。奴の姿をとうと見ていない。確か、最後に見たのは私が鴉に運ばれていた時か。あの時、クマの横で吠えていたはずだ。

 

「キャウ」

 

 大丈夫。といわんばかりに頬を擦り寄せてくる狼。いや、やはりこの様子からするにでかい犬と言ったほうが間違いないな。と、視界の端から黒い毛皮が伸び、私の頭に乗る。

 

「ヴ」

 

 もふもふしている。良い感触。ただ、いくらその頭や腕をわしゃわしゃとやったところでどうも可愛げは…無い。どう見てもお前はヤッパリ、強いクマだ。

 

 ふと、日に晒している刀が目に入る。そろそろ晒し始めて半日近い。普段であれば、刃毀れはとうに消えている。

 

「む?」

 

 だが、視線の先にあったのは、刃が毀れたままの刀。ふーむ、刀身がまだ癒えていないか。ということは、毀れた箇所の他も傷んでいると見たほうがいいな。

 

「やるな」

 

 大狼を改めて撫でくりまわす。あの死合いでここまで刀を壊すとは。やはり、クマよりも実力がありそうだ。

 

 

 古都で拠点の設営を終えたマイネンは、部下達に準備と周辺警戒を申し付けて、亜人が控えていた小屋に上がる。

 

「マイネン様。どうされましたかな?」

 

 生き字引が頭を下げ、剣姫も続けて頭を深く下げていた。マイネンはと言えば、先程までの当たりの強さから一変、頭を同じ様に下げていた。

 

「生き字引殿、剣姫殿。ここまでご無礼を働いてしまい、先ずは謝罪を」

「いえいえ。マイネン様の立場、王の立場、理解していますから謝罪は不要です。むしろ一時的ではあれ、こうして古都の社に戻していただけただけでも有り難いことですよ」

 

 剣姫はそう言いながら、柔らかく笑う。生き字引もカラカラと笑って見せていた。

 

「まぁ、城では他の過激派の目もありますからな。マイネン殿も、王も苦労が耐えませんなぁ」

「本当に。王に仕える4人も同じ意見ですよ」

 

 マイネンはほっとしたように、軽くため息吐いてから、笑顔を浮かべていた。そして、彼らの直ぐ側に腰を下ろし、一枚の地図を取り出した。

 

「それは何よりだ。…さて、では仕切り直しだが。あと一時間後には精鋭で死地の森へと殴り込む。そして、先程古都の中で奴らの痕跡を見つけることが出来た。間違いなく、奴らはこの古都を抜けて森へと入っていったはずだ。賊の足跡をどう見るか、意見を伺いたい」

「はい。まぁ、まず。賊の取れる手は少ないと言えましょう」

 

 生き字引は語りながら、地図を広げて、さっと指を落とした。

 

「奴らがいくら我々をだしぬけるとて、やはり、隣国までは見つからず、しかし生きて早く辿り着きたいと考えるはず。ならば」

 

 王城に落とされた指は、そのまま街道をなぞり、古都へ。そしてさらに、死地の森へと伸びていく。まるで、賊の行動が予想通りであるように。

 

「王城から死地の森へ逃げたとなりますと、時間的には川沿いを登っていき、生命の泉まで行くのが精々。距離で見れば隣国の古都、ヨルミまで川沿いを下ればまる二日、といったところですが」

 

 地図をトン、と指で叩きながら生き字引はにやりと笑う。

 

「泉の隣国側。ここから見れば泉を挟んで真反対の場所ですな。そこには主級の魔獣達の巣がありましてな。出立前に語ったクマや狼の魔獣、他にも数匹。我々とて、容易に突破はできんのです。人間の賊であれば、短くとも二、三日の足止めを喰らう事でしょうな」

 

 地図から指を離して、マイネンに視線を向けた生き字引。その顔には、ほんのり笑顔が浮かんでいる。マイネンは頷いた。

 

「となると、案外まだ余裕はあるか?」

 

 マイネンの疑問を受けて、今度は剣姫が、地図を指差しながら声を上げる。

 

「悲観する状況ではあれど、絶望的ではないと言った所ですね。少なくとも、この予想通りに賊が動いているならば、間違いなく追いつけます」

 

 生命の泉。剣姫は賊の現在位置と目論む場所に指をトントンとさせながら、自信ありげに口角を上げた。が、次の瞬間、その口はへの字に曲がる。

 

「しかし、賊が死んでいる可能性も考慮すべきでしょう。特に我々が大狼と呼んでいた白と黒の狼の魔獣は鼻が効きますからね。森の外から来たとなれば、もしかすると入った直後にやられている可能性もあります。貴重な肉ですからね」

「ほう。そうなのか。ちなみにその狼の強さは?例えば、剣姫殿と生き字引殿が戦った場合、どうなる?」

「油断すれば餌にされてしまいます。ですので、今回の賊の実力では、泉まで行けているのか疑問が残るのです」

 

 マイネンは目を見開いた。剣姫と生き字引。この2人はハイネケン王国でも屈指の戦力。その2人が餌にされると公言する魔獣。とんでもないものが居るものだな、とマイネンの背筋を冷たいものが落ちていく。

 

「なるほどな。では、その場合は、国宝の回収は難しい、か?」

 

 内心の焦りを隠しながら、マイネンは無表情で剣姫に問いかけた。

 

「奴らは装飾品は喰いません。器用に肉だけを喰みます。運が良ければ、川沿いに国宝が転がっている、ということもあり得るでしょう。なんにせよ、この森は人が住めませんから盗む者は誰も居ません。ですから先ずは川沿いに進むのが先決かと」

「幸い、王からは我々が死んでも問題ない、と言われておりましたからな。最悪、マイネン様達、4人だけでも逃げ帰れば問題はないでしょう」

 

 ハイネケン王国の最大戦力のうちの2人。それが死んでもいいという王の命令は、最悪の事態が起きてもマイネンに責任を負わせないため。その意味を正確に理解している3人は、静かに頷きあった。

 

「王は、我々2人が死んだとしても国宝を回収せねばなるまいと思っているということでしょうな。少なくとも、耳飾りは回収せねば」

「ああ、その通りだ。生き字引殿。あれが他国に渡ってしまえば、今の国家間のパワーバランスが崩れる可能性すらある。…まぁ、今回の賊は十中八九、ギュネスが手を引いているのだろうな」

「国境の向こうには、ギュネスしかありませんからな。全く、人間の欲とは、深く深く、我々の常識では計り知れませんなぁ」

「言ってくれるな。我々とて国内の勢力を抑えるだけで精一杯なのだ」

 

 にたにたと笑う生き字引に、マイネンは眉間にしわを寄せることで答えていた。一触即発の雰囲気がにわかに起こる中、パン!と、手を合わせる音が響く。

 

「はいはい。生き字引。そこまでにして差し上げましょう。マイネン様は味方ですから」

 

 剣姫は苦笑を浮かべて、2人の間に入る。すると、マイネンと生き字引はふっと、ため息を付き合っていた。

 

「判っておりますよ。しかし、ギュネスとなれば、面倒くさいですな。もし、我々の国宝がギュネスに渡れば、彼らの国宝と組み合わせた化け物が出来上がる」

「そうだ。その化け物が出来てしまえば、我が王国など風前の灯火の運命だ。剣姫、生き字引。今日はしかと、頼むぞ」

 

 そう言いながらマイネンは2人に頭を下げた。剣姫、生き字引共に口角を上げて頷いて見せる。

 

「ふ、良いでしょう。マイネン殿。頼みますぞ」

「頼まれました。マイネン殿。耳飾りの主の手腕、期待していますからね」

 

 そういった2人の頭の銀糸がふわりと浮かぶ。マイネンは、耳飾りを優しく撫でていた。

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