おにぎり   作:灯火011

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目隠し鬼は

「おお」

 

 大狼の背。吹っ飛んでいく風景。これは楽しい。久しぶりの感覚だ。横を見れば、クマも4つ足で森を駆け抜けている。

 

「お前等、疾い」

 

 私が森を移動する速度が蛞蝓のように感じてしまう。そして気づく。この速度で移動できるならば、私の斬撃など意にも返さずに私を殺せるはずだ。

 

「私は、相も変わらず」

 

 未熟だ。そんなことにもこの1000年、気づけていなかった。私など、簡単に殺せる性能を持つ野生が、私に日々、合わせてくれていた。つまりは、長き間、彼らに育てられていたということに他ならない。

 

「重ねて、感謝」

「キャウ」

 

 ちらりと目配せをして、ひと鳴きされた。クマも此方を一瞥し、再び前を向く。まるで、気にするな。と言わんばかり。

 

「ふ」

 

 自嘲気味に息を吐く。大狼の背は、どうも暖かく、頼りがいがありすぎる。もふもふだ。更にまるで上下しない。体幹が出来ている。

 

「理想は高い」

 

 天を見上げた。クマに、大狼に追いつき、その喉笛を切り飛ばすにはまだまだ、鍛錬が必要だ。幸い、きっと、クマも大狼も、また連日私の鍛錬に付き合ってくれるであろうと予想がつく。

 

「まぁ」

 

 難しいことは、考えまい。過去を振り返っても、未来を見ても、私は変わらん。今、全力で生き抜き、刀を振り下ろすしか無いのだ。

 

「ヴ」

「キャウ」

 

 余計なことを考えていると、2匹の足が止まった。ふむ。耳を澄ませば、剣戟の音が聞こえる。となれば、この先では何がしかが戦っているということか。

 

「感謝」

 

 大狼に礼を告げ、背から降りる。さて、私は静かに近づくとしよう。もし、面倒くさい、厄介事を持ち込む人間だったのであれば、この私の具足を見たならば過剰に反応することだろう。なんせ、謎の奴らが後生大事に持っていた品物を体中に付けているのだから。

 

「後から、行く」

 

 クマと大狼に告げれば、頷いた。そうだろうな、と。そして刹那、クマと大狼は音が続く死地へと駆け出していた。彼らが居た場所に、遅れて風が舞い散る。

 

「疾い」

 

 思わず感心してしまう。ふむ、改めて確信した。この瞬発力で私に襲いかかれば、私など本当に紙くずのようになっていたであろうに。

 

「くわばら、くわばら」

 

 この先で戦っている何者かに手を合わせる。本気のクマと大狼が向かったのならば、たとえそれが私のような亜人だとしても、数秒と持つまい。

 

「…妹なら」

 

 万が一。我が一族の最高峰ならば、数刻は持たせることは…出来るか?

 

「捕らぬ狸の皮算用」

 

 絵空事を想っても仕方ないことか。さて、それでは、考えるのはそろそろやめにして、足を動かそう。決着が付く前にたどり着ければいいが。

 

 

 マイネンは目の前の光景を、月下で行われる殺陣を、どこか他人事として見ることしか出来ていない。

 

「ゼェイ!」

「ガアア!」

「セヤァ!」

「ガウ!」

 

 一進一退、と言えば聞こえは良いが、明らかに亜人が押されている。鴉、そして狼の体に傷はひとつも付いていない。だが、こちらの亜人は小さな切り傷が刻まれ続けている。

 

「ツァっ!?」

「生き字引殿!ええい!」

 

 特に、生き字引が酷い。その刀はすでに罅が入り、今にも折られそうな勢いだ。幸い剣姫はまだそこまで傷は負っていない。ただ手に握る剣には刃毀れが見えていた。

 

「…これは、まずいか」

 

 マイネンは苦虫を噛み潰したような顔で、そう呟いた。すでに信頼を置いていた3人の部下は喰われ、戦力であったはずの亜人すらボロボロ。しかも、なぜかこの魔獣共はマイネンを狙っている雰囲気を漂わせている。

 

「ふん」

 

 だが、どうしたと言わんばかりにマイネンは鼻を鳴らす。そして、青の耳飾りに手をかけた。

 

「命ず。その力を開放せよ。眼の前の敵を、その体と引き換えに叩き潰せ」

 

 マイネンの言葉に反応するように、青の耳飾りがギラリと光りを灯す。それと同時に、生き字引の頭に浮かんでいる銀糸に、蕾が浮き上がる。

 

「はい。承知しましたぞ、マイネン様!」

 

 生き字引は覚悟を決めたように、剣を地面に差した。そして、次の瞬間。

 

「ガアアアアアアアアアアァアアア!」

 

 頭に浮かんでいたはずの銀糸が、生き字引の体の中にズルズルと入り込んでいく。苦しそうに叫ぶ生き字引。そして、それと同時に、蕾が花開く。

 

「ッハァ!ッハァ!参るぞ!狼イ!」

 

 血走った目、いや、白目から血涙を流し、血管が異様に浮かび上がり、そして、異様に膨れた体。傍から見ても、化け物となった生き字引は、勢いよく剣を引き抜き、狼へと斬りかかった。

 

「ガウ!?」

 

 今までと違う。狼は悟ったのか、その爪で剣を受け止めようと腕を振った。今までなら、吹き飛ばせた。だが、そうは問屋が卸さない。

 

「ギャ!?」

「奢ったなァ!狼イ!死に曝せェイ!」

 

 爪が吹き飛ぶ。そして、更に一歩踏み込んだ生き字引は、狼の首を掻っ切ろうと剣を振り下ろそうとした。その瞬間。

 

「キャウ!」

 

 ガキン、とその剣が吹き飛ばされ、生き字引は目にも止まらぬ速さで後方に飛び下がる。

 

「チイッ!白狼!邪魔をしよってカらに!」

「キャウ」

 

 黒い狼の前に、白の狼が割って入った。生き字引は刀を構え直し、狼たちは腰を落とす。睨み合いだ。

 

「生き字引殿、助太刀」

「不要!剣姫はマイネン様をお守りくだされ!この体、すべてを持ってあの魔獣を叩き潰シてご覧にいれましょうゾ!」

「く、任せます。骨は拾いますから、必ずや!」

「ははハア!それは僥倖!ならば気兼ねなく散れますナァ!」

 

 ズドン、と生き字引は地面に強烈な足跡を残して白狼に襲いかかる。勢いよく振り下ろされたその剣は見事、白狼の首を捕らえたように見えた。

 

「キャウ!」

 

 しかし、白狼は見切ったと言わんばかりにそれを口で加え、そのまま首を撚り、生き字引を地面に叩きつける。

 

「ガハァ!?」

 

 だが、生き字引も負けては居ない。剣を離さず、地面に叩きつけられた反動そのままに狼の首元にケリを食らわせていた。魔獣といえど、この化け物と化した体から繰り出されたケリを喰らえば、首の1つは消し飛ぶと確信していたからだ。

 

「キャウ?」

 

 効いていない。察した生き字引は、魔獣と言えど、同じ場所に喰らえば溜まったものではないはずだと考え、もう一発ケリを叩き込もうと足を動かす。

 

「キャウ!」

「ガハァッ!!!」

 

 だが、目論見は外れ、ケリが届く前に、白狼は先程よりも、強く、鋭く首を捻っていた。成すすべもなく、再び生き字引は地面に叩きつけられる。

 

「ガウウ!」

 

 加えて、隙ありと言わんばかりに黒狼がその横っぱらにタックルを喰らわせる。その衝撃は、生き字引の意識を一瞬刈り取る勢いだ。だが、意識を手放しても、意地とばかりにその手は剣を離さない。その結果。

 

 ガキン、と音を立てて生き字引の剣がついに折れた。

 

「不覚ゥ!」

 

 ふっ飛ばされながらも、地面に轍を作りながら体勢を整える。そして、生き字引は自らの剣に視線を落とす。

 

「…根本からトは。やはり、並の魔獣ではナイ!」

 

 柄だけになった剣を捨てる。無手となった生き字引は、自然体で白黒の狼へと向き合った。剣の折れた刀身を咥えていた白狼は、その剣を吐いて捨てる。そして、もう終わりだろうと言わんばかりに生き字引を見つめいてた。

 

「キャウ」

「ガウ」

 

 にじり、にじりと距離を詰め始めた狼たち。だが、生き字引の心は折れてはいない。それが証拠に。

 

「だが、それだけのこと!まだ、死んでいなイぞ!狼ィ!」

「ガウ!?」

 

 叫ぶやいなや、口を大きく開き狼の元へとすっ飛んでいく。そして、白狼に腕を喰われながらも、黒狼の首元へと見事噛み付いていた。

 

「あれではどちらが野蛮な魔獣か判らんな。だが、なんとか切り抜けられるか?」

 

 必死に戦い続ける生き字引を尻目に、マイネンはそう呟く。狼は押さえた。そして幸い、まだ剣姫は鴉と相対せている。

 

「まだ、金の耳飾りは使わずとも…いや、使えば逃げ切るか?」

 

 もう一つの耳飾りを撫でながら眉間にしわを寄せたマイネン。状況は混迷を極めるばかりだ。

 

 …そして、その様子を少し離れた物陰から窺う影が、ふたつ。

 

「やはり、厄介事」

 

 1000年を森に引きこもり、時世を知らぬ一人の亜人と。

 

「ヴ」

 

 少々毛深く、体が大きな、その保護者だ。

 

「大鴉と死合っているあの亜人、どこかで…」

「ヴ?」

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