おにぎり   作:灯火011

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森で出会った。

 剣戟をクマと眺めながら、亜人の顔をじいっと眺める。うむ。やはり、どこかでみた顔だ。ただ、解せないのは刀を2本持っている事。我が一族は一人一本が決まりだったはず。

 

「ヴ?」

 

 知り合い、知り合いか?クマは大鴉と亜人を交互に指しながら、私にそう問いかけているようだ。確信は持てないが、頷いておく。

 

「とはいえ…」

 

 おぼろげにしか思い出せん。なんせ1000年、人とは会っていない。ああ、そう想うとこの間の人間が久しぶりの面を合わせての会話だったというのに。あれは本当に残念だった。

 

「うーむ…」

「ヴ」

 

 もふっと、頭に手を置かれた。まるで、大丈夫か?と言いたげな瞳がこちらを眺めている。ありがとう、と意味を込めて、その手を撫で返しておく。

 

「大丈夫。はっきり、思い出せないだけ」

「ヴ」

「ただ…懐かしい」

 

 久しぶりに見たその面。おそらくは、我が親族の誰かであろう。太刀筋で言えば…そうだな。姉か、妹か。父親であれば、アレに苦戦はしまい。母親であれば、対等に渡り合う。苦戦するのは姉か妹か。…しかしやはり、2本の刀というのは。

 

「記憶にない」

 

 対になる。我々の一族の剣の扱いだ。己の剣と添い遂げるための儀式。その儀式の様式から、男の剣には守と銘が入り、女の剣には守がつかない。そして、その儀式を。

 

「しかりとこなし、剣と対になれれば」

 

 刃毀れはするが、あの、男の亜人の刀のように折れはしないはず。ということは、あの男の亜人。

 

「対の儀式、放じたか」

 

 1000年の間に何があったのかは判らんが、どうやら、伝統は変わってしまったのかもしれん。確かに、あれは非人道の儀式といってもいい。出血は伴うし、痛みは激しい。だが、それ故に、剣と亜人は命を共に出来る。持ち主の亜人が死なぬ限り、刀は折れない。

 

「いや」

 

 ただ気になるのはあの銀糸。男の亜人の体に入っているあの糸。私の頭や体にまとうものと一緒のものだ。よくよく、様子を窺ってみると銀糸は、赤い血のような花弁を咲かせながら、更に深くぐりぐりと、男の亜人の体の中に入って行く。それと同時に、あの亜人の力も増しているようだ。

 

「…銀糸」

 

 確か、刀が折れたのは銀糸が体に入ってからか。ふむ。

 

「もしや」

 

 あの銀糸、亜人の命を吸って、あの力を引き出している?そう仮定すれば、対になっていた刀が折れた理由も想像が着く。亜人が、すでに銀糸で殺されている。だから、対が死んだ刀は折れた。

 

「…馬鹿馬鹿しいが」

 

 否定は出来まいか。この厄介事の葛中だ。なにやら、一筋縄では行かないような空気を連れてきている。と、静観を守っていたクマが、立ち上がった。

 

「ヴ」

 

 その瞳の先には、やたらと傷つき、しかしまだ狼たちに食らいつく痛々しい亜人の姿があった。

 

「…止めるか」

「ヴ」

 

 うむ。さて、色々、聞きたいことも有る。この銀糸、一体どういうものなのだか。そう思いながら、草むらから飛び出した。

 

『新手か!』

 

 女の亜人が叫ぶ。うむ…やはり、言葉が判らん。ひとまずは叫ぶ奴を無視をして、大狼達の首元に食らいつき続ける亜人を引きはがす。スルリ、と刀を抜き、返す。そして。

 

「ゼッ!」

 

 峰打ち。首筋に叩き込んだはずのそれは、奴の意識を刈り取るには至らなかった。

 

「銀糸!」

 

 私の小手と同じ様に、私の攻撃を防いでいる。なるほど、やはり、こういう具足としての代物という面もあるわけだ。と、私に気づいた男の亜人が、ざっと、距離を取った。

 

『新手!?いや、貴様!亜人か!』

「わからん」

 

 言葉が。ううむと唸る。おそらくは私と奴らは同じ亜人のはず。だが、どうも1000年の間で言葉が変わっているらしい。

 

「キャウ」

「ガウ」

「ひとまず止まれ。話を聞く」

 

 どうするー?と言いたげな大狼達に釘を差し、亜人と相対する。視界の端では、大鴉と女の亜人の間にクマが滑り込んでいた。あちらもどうやら、ひとまずの仲裁には成功したらしい。

 

「言葉、判る?」

『…古代語か。剣姫、判ルか!?』

『…申し訳ございません。古代語は暫く使っていませんので。ただ、敵意はないかと』

『む…左様か。ああ、それはともかく、マイネン様、ご無事か?』

『ああ。しかし、亜人がこんな森にいたとは…』

 

 さて、どうしたものか。亜人2人に、人間1人。奴らは私達を見て固まってしまっている。大狼は一歩引いて様子見。大鴉…も、様子見といったところか。ただ、クマと女の亜人は相対している。そして、私とこの男の亜人も、少なくとも拳を下げるような雰囲気ではないか。

 

『いや、まて。あの亜人を見ろ!盗まれた銀糸、腕輪、そして耳飾り!』

『はい。む、もしや。お前が下手人カ!?』

『生き字引殿、お待ちを。もしかすると、賊がこの亜人を操っている可能性も』

 

 何やら剣呑な雰囲気を感じた。彼らの視線は予想通り、私の具足に向けられている。これはもしや。

 

「私は奪っては居ない」

 

 首を横に振って、正直に答えておく。単純に、襲ってきた奴らを返り討ちにしたに過ぎない。

 

『剣姫、本当に判らンか、言葉!』

『すいません。どうも、思い出せず』

『ふむ、しかし、銀糸がすでに纏わっている。そして、この魔獣たちを押さえられる亜人か。結果的に、良い』

 

 人間がにやりと笑った。どこか、あくどさを感じる。警戒を引き上げる。どうも、1000年の時を経て出会った人間も亜人も、厄介者だらけのようだ。

 

『生き字引。あの亜人を生け捕れ』

『はい。ご覚悟ォ!』

 

 何がしか、人間が告げると同時に、亜人がこちらに突っ込んできた。ふむ、これは、明らかに死合いの雰囲気が漂う。あの銀糸の力のおかげか、まるで化け物のような男の亜人。身体能力であれば、きっと、私を超える。

 

 ただ、刀はすでに無い。ならば別に、恐れるに足らず。

 

「セッ!」

 

 向かってくる体に、抜刀を合わせる。亜人の頭はあの花咲く銀糸が守ってしまう。ならば、死合いが出来ないような体にすれば良い。刀を抜いた勢いで、ヌルリと、刃を通す。

 

『ぎゃ!アアア!?』

「不敬なり。恩を仇で返すな」

 

 切ったのは両の足首。踏ん張れなければ、戦うことなど出来はしない。だがしかし、まだその目は生きている。首元に噛みつかれでもしたら仕方がないので、ついでにと、両の手を落としておく。

 

『ギャアア!?貴様ァ!』

「こうでもしないと貴様、来るだろう」

 

 ま、幸いにして傷は治る。蓮の実と、木の実の使い方はすでに覚えた。必要ならば分けてやろう。さて、では、私を襲ってきた、ということはさておき、もろもろの話を聞きたいのだが…。

 

「言葉、判るか?」

『生き字引が一瞬で、だと!?貴様、一体どこの亜人だ!』

「…判らんか」

『判っているのか、これはハイネケン王国の所有物だぞ。いくら王から使い潰しても良いと許しが下りているとは言え、ただの亜人ごとき貴様が手を出して言い訳がないだろうが!』

 

 ふーむ、これはなかなかの難物だ。言葉が通じんばかりに、なにやら誤解が生まれているらしい。大鴉や大狼をけしかけた、とでも大方思われたのであろうか。

 

「落ち着け」

『貴様!?近寄るな!』

 

 うーむ、すごい形相で睨まれてしまった。さて、とはいえ、状況を見るにこの場で責任を持つものは、この人間の男であろう。我ら亜人の一族が仕えているのだ。言葉さえ通じれば、それなりに話は通じる男のはず。ちらりと大狼を一瞥する。

 

「ひとまず、もう少し下がれ」

「キャウ?」

「怯えている。大鴉、にも頼めるか?」

「キャウ!」

 

 ずさぁと勢いよく、白狼が大鴉の元へと駆け寄っていった。そして、何か少し、お互いに見つめ合った後に、大鴉は空へと消えていく。

 

「うむ。これで、きっと」

 

 会話が出来るはず。刀を仕舞って、改めて、人間の男へと向き合った。

 

 

 こいつは何だ。マイネンは、頭をフル回転させている。こいつが来てから、生き字引は一瞬で手足を落とされて戦力外。魔獣達の動きは止まり、助かったが。

 

「ヴ」

『待て。どうやら怯えている』

「キャウ」

『大鴉はお前等の仲間か』

「キャウ、キャウ」

「ガウ」

『違う?』

 

 生き字引を一瞬で転がした奴が、魔獣を従え、こちらを眺めている。幸い戦う意志は無いように見えている。いや、しかも悪いことに、銀糸も腕輪も、足輪も、あの亜人が付けている。耳飾りすら、だ。せめて、あの耳飾さえ奪えれば、とも考えるが、しかし、手持ちの戦力が明らかに足らない。少数精鋭の弊害だ。

 

 ふいに、剣姫がマイネンの近くに駆け寄った。

 

「これは幸いです。逃げるのならば、今のうちかと」

「ああ、それは判る。しかし、あの装飾品を見ろ。あれは間違いなく、我がハイネケン王国の宝物だぞ。ここで諦めるわけには」

「冷静になりましょう。生き字引がすでに転がされ、しかも銀糸を使ってしまっています。もう彼は助からない。そして、私もあの魔獣たちには勝てません。例え、その耳飾を使ったとしても。おわかりでしょう?マイネン様なら。今は、撤退を考えるべきです」

「撤退か。確かにな。いやだがしかし、せめて、あの耳飾さえ奪えれば、どうにでも」

「マイネン様、落ち着いてください。どう見ても、あの亜人に危害を加えれば、あの魔獣達が襲ってきます。命合っての賜物です。ここは、退きましょう。私が殿を努めます」

 

 剣姫は刃こぼれしている剣を仕舞い、改めてスルリと、もう一本の剣を抜いた。美しい波紋、そして、月光の元でどこか緋色に怪しく光る。

 

『その刀。…いや、誰であろうとも、向けてくるのなら、死合いか』

 

 銀糸を纏い、腕輪、足輪を纏い、そして、耳飾りを揺らしながら、女の亜人は剣姫の前に一歩踏み出る。そして。

 

「セッ!」

「ゼェイ!」

 

 ガチン、と、空中でその刃が混じり合った。

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