刀を合わせて判った。こいつは、やはり我が一族だ。
『止められた!?』
「止めるか」
軽く抜いた、とはいえ、この1000年の研鑽を積んだ私の抜刀を止めるとは。合わせた刀にも見覚えがある。
淡い緋色に染まる刀身、そして美しい波紋。記憶の中の朱雀天花そのものだ。間違いなく妹か。とはいえ、まだ幼なさが残る姿しか覚えていない。眼の前の亜人は美しく、面影は何処にもない。
「セッ!」
と、彼女の剣が私の刀を弾く。拍子を抜かれて体がぐらりと揺れた。無拍子の技、我が一族の技。すると、隙ありとばかりに大袈裟が来た。刀を軽く合わせて往なす。と、返す刀がコチラの喉笛を掠めていく。
「やはり」
その太刀筋でよぉく解る。私がついぞ覚えられなかった型が、次から次へと。こんな事が出来るのはやはり我が妹か。
「キィエッ!」
鋭い気合。そして振り降ろしからの突き。一瞬、刃を合わせ、力比べと見せかけてから握りを甘やかす。
『なっ!?外された!?』
スルリと妹の刃が肩口を掠めていく。同時に、彼女の体がグラつく。両の手は剣、視線は合っている。ならば、腹ががら空きだ。
「セイッ!」
膝を妹の腹に叩き込む。くの字に折れた。地面を転がっていく妹の体。違和感。ああ、つまりは、力を。
「逃したか」
なかなかやる。と、思ったのだが。
『くっ。なかなか味な真似を!』
『剣姫、勝てそうか』
『今は厳しいですね、技量はあちらが上と見ます』
『ならば、やはり』
『撤退を!』
どうやら力を逃しきれていない。口から、朱が滲んでいる。
「可笑しい」
1000年前では私が負けている相手だ。剣のやり取りで先手を取れるなど、奇跡。ならば、私が進化したとみるか。あるいは。
「研鑽を積んでいない」
奢ったか。地面に転がる亜人のように、銀糸による能力向上。これがあるからと、油断でもしていたか。
「未熟也」
私も大概は未熟。しかし、まさか才素晴らしい妹が、私よりも未熟に成り下るとは。
「いや」
確信はまだ持てん。もしや、クマらとの死合いで私が進化した線も捨てがたい。それに、だ。
「あの銀糸、胡散臭い」
そもそも亜人の体に入っていき、身体能力を上げる道具など聞いたことがない。
「あんな物は」
どうせ碌でもない物だろう。この地面に転がる亜人など、もう、原型すら保っていないじゃあないか。銀糸に咲く、赤い花が鮮やかに此方を向く。
「…ふむ」
冷静に考えてみろ。どうだ。この銀糸は一体何だ?
「…」
確か、あの人間の男が何がしかを告げ、耳飾を触ってから、この亜人に銀糸が入り込み、力を得た。
「耳、飾り」
もしや、この耳飾と、この銀糸、何かしらの対になっている可能性があるか。ふうむ…。
「判らん」
難しいことは判らん。私はそもそも1000年も前に俗世から離れたのだ。例え、妹がどんなものに仕えていたとしても気にはすまい。ただ。
「気に入らん」
その卑怯に力を得る銀の糸。それを纏っていることが気に入らん。そして、それを許している主であろう人間も気に入らん。厄介事は嫌いだと言ったが、しかし、気に入らんことは気に入らん。
「故に」
クマに目配せ。通じる、か?
「ヴ」
頷いた。流石クマ。さて、ではお互い分担してこの場を納めるとしよう。ひとまず、地面に転がる亜人を蹴り上げる。
「ゲハァッ!?」
蹴り上げた先にいるのは大狼。逃さぬようにと、目配せをしてみれば。
「キャウ」
良いよ、と言わんばかりに頷かれた。そして、その前足で亜人の胴体を押さえつける。まぁ、傷は酷いが、あの蓮の実と木の実を与えれば死にはすまい。そして、と本命に体を向けた。
『な!魔獣が回り込んだ!?』
『逃げ道が防がれた…これは、剣姫』
『はい。どうぞ、我が体をお使いください!』
おや、我が妹と人間が何やら企んでいる様子。どうやら、人間が耳飾を触ろうとしている。妹にも銀糸を入れ込むようだ。
「それが、気に入らん」
一歩、二歩。踏み込み、ずらして。
『疾っ!?マイネン様!』
『何っ!?』
三歩。人間の顔が眼前に迫る。ああ、その耳飾り、私が貰い受けよう。事情は知らん。だが、我が妹の体に、余計なものを叩き込むな。
「セェッ!」
右足で踏み込み、同時にヌルリと刀を抜く。そして、そのまま人間の左耳を頂く。
『は…!?』
そして続けざま、振りかぶる。左足を引き付けると同時に、真下に振り下ろして、右耳を切り飛ばす。
『あ…!?』
肩口に届く前に、刀を止める。そして、呆気に取られる人間の腹に、蹴りを入れた。
「ガハァ!?」
ふむ。人間も、亜人も、蹴られれば同じ様な声を絞り出すものだ。そして、蹴り飛ばした先には、クマがいる。
「ヴ」
「そのまま」
「ヴ」
『な、あ!?魔獣…魔獣うぅうう!?』
喚く人間をクマに任せて、両耳を拾う。ふむ、青と金色の耳飾か。
「青が、あの亜人の銀糸と対。金が、妹の銀糸と対」
だろうか。ぶちり、と耳飾をもぎ取る。見事な意匠。眺めているだけでも、なかなか満足できる逸品かもしれない。
「さて」
振り返り、妹を見た。すると、そこに居た妹は、銀糸を漂わせながら、どこか、呆然と私を見つめている。と、不意にその目に意志が宿る。
「…姉様?」
「久しいな、サクナ」
先程は、私の言葉は分からなかったようだが。何がしか、言葉が通じるようになったらしい。さて、1000年ぶりに言葉が通じる相手だ。ここは慎重に行かねばなるまい。
なにせ、理由が分からぬまま、この妹の主を切ったのだ。まぁ、まずは。
「すまぬ。お前の主を切った」
「…主?」
「あの男」
クマに抱えられて、青ざめている男を指差す。
「主、ではありませんよ。姉様。むしろ、怨敵です」
「…怨敵?」
「怨敵です。姉様、あの人間が仕える国に、我々亜人がどんなひどい目に合わされているか、忘れておいでですか!?」
そう言いながら私に食って掛かる我が妹。私の肩を掴みながら、興奮しているようだ。ふむ?判らん。なんだ、どうした?
「すまん。サクナ。私は1000年の間森で刀を振っていた。現世を知らぬ」
「あ…」
私の言葉に少しは冷静になったのか、肩から手を離し、距離を置いた。ふむ…。耳飾を切り落とす前と後では、妹が何か違う。握る手の内の耳飾を改めて見る。もしや、この耳飾。支配やら、隷属やら、そのような類の装具なのだろうか?だとすればこれは…。
「予想以上の、厄介事か」
「ヴ」
クマが頷いた。お前、何か知っていたな?だからこそ、ここに駆け付けた、というわけか?言葉が通じんのがなんとももどかしい。
「まぁ、いい」
クマはクマだ。死合いの相手だ。それに、もふもふしているだけで、許せる。それに。
「サクナ。詳しく話せ」
「…はい、姉様」
話が出来る、我が妹が居るからな。厄介事に違いはないが、この場に置いては、何も問題は無い。