木の実、そして蓮の実を蓄えている我が拠点。ここ1000年、私とクマぐらいしか来なかったこの場所に、妹、そして亜人、マイネンと呼ばれる人間が集っている。経緯は厄介だが、まぁ、それでも人の形をした者が集まっているというのは、少し、感慨深いものがある。そして。
「ご苦労」
「ヴ」
「キャウ」
マイネン、そして亜人を運んだ大狼とクマを撫でてやる。特にクマなどは、マイネンの肩を掴んだまま二足歩行で此処まで歩いた。器用なものだ。大狼は咥えてきたので、まぁ、順当であろう。
「さて、ともかく」
亜人には蓮の実を食わせるとしよう。クマに蓮の実を掲げ、亜人を指さしてみれば。
「ヴ」
頷かれた。与えてもいいぞ、ということだろう。雑に大狼に転がされた亜人の口元に、蓮の実を近づけてやる。…と、そうだな。確かこの亜人は言葉が通じないのだったか?
「言葉、判る?」
『耳飾り、銀糸、腕輪…ああ、なんと酷いことをしたのだ、人間は…!』
「うーむ」
やはり、言葉は通じて居ない様子。ならば。
「サクナ、通訳。頼めるか?」
「あ、はい、姉様!」
「ならば、この実を食えと。傷、治る」
「お安い御用です」
サクナが亜人の近くに寄った。すると、亜人の顔が少し、安心したように緩む。
『おお、剣姫殿。ご無事で』
『はい。姉のお陰で呪縛から解き放たれました。貴方も無事、意識を取り戻したようでなによりですよ』
『ああ、やはり、どなたかが呪縛を解いてくれたのですな。…しかし、そちらの亜人、なかなか酷い。呪具が全て纏われているではありませんか』
『そう思います。ですが、この方が何を隠そう、我々を正気に戻してくれたお方です。そして、その。私の姉です』
『剣姫の姉様ですと!?おお…』
うーむ。何やら積もる話。内容は全く判らんが。それはともかくとして、そろそろコレを喰ってくれないか?
「サクナ。実…」
「あ、申し訳有りません姉様。すぐに!」
『カキサ殿、積もる話はまだまだございますが、ひとまずはこの実を』
『実…姉様が持つ、この実、でございますか?』
『ええ。話には聞いたことが有るでしょう?これが、王蓮の数珠です』
『…なんと!?あの、伝承上にのみ見ることの出来た、あの!?』
何やら、蓮の実を見て驚いている様子。ふむ?なんだ?
「サクナ、この亜人、なぜ驚いている?」
「あ、ええと。王蓮の数珠のせいですよ。姉様」
「…王蓮の数珠?」
なんだそれは。聞いたことのない名前だが。この、蓮の実のことか。
「はい、その、姉様が手にしているものです。死地の森から流れてくる川、そこに、数百年に一度流れてくる万能薬です。って、姉様に説明する必要はありませんでしたか」
「…万能…」
首を傾げる。全く記憶にない。この蓮の実がそんな妙薬だったのか?
「ええ。ほら、姉様がいなくなる少し前、里がお祭り騒ぎだったじゃないですか。あの時、川から流れてきたんですが…姉様?」
「知らぬ。あの時…剣を振っていた」
「ああ…。そう言えば、姉様は昔から剣が好きでしたものね。と、いうことは、もしや、王蓮の数珠とは知らずにお持ちだったので?」
頷く。うむ。なるほど、ただ、それならば私の怪我が治ったのも納得は行く。
「知らん。ただ、喰い物として食べていた」
「あはは。姉様らしいです。本当に、お変わりない」
なんだか、少し呆れられたような気もするが。ともかくだ。
「喰わせろ」
「あ、そうですね」
サクナに蓮の実を手渡した。そして、それを亜人がガリガリと口に含む。そして、嚥下した。
『これは、なかなか妙な味っ…!?が、痺れ…うがあああ!?』
『カキサ殿!?』
ふむ、始まったか。どうやら、やはり。
「蓮の実ですらこの作用か」
「姉様!?カキサ殿のこの苦しみ方は異様です!これは一体!?」
「傷が大きいほど、治る時に大きく苦しむ」
私だけのことでは無かったようだ。となれば、木の実はやはり、喰わなくて良かった。
「そんな。里で使った時はそんなことは無かったはずなのに」
「私も知らなかった。最近、命に関わる怪我をしてな。その時に」
「左様ですか。しかし、その」
『がああああああああ!?』
「異様な苦しみ方なのですが、どうにかならないものですか!?」
ふむ。どうにもならないのだが。ああ、まぁ。
「大狼」
「キャウ」
声を掛けてやれば、亜人を囲うように、丸く座る。そして、その頭を腹に乗せてやってくれた。もふもふだ。
「これで少しは、気が休まる」
「はぁ…左様ですか」
苦しむ亜人。まだまだ叫んでいるが、大狼にくわれてボロボロだったはずのその手先を見れば、大まかな傷は癒えてきているようだった。やはり、蓮の実は頼りがいがある。それに。
「銀糸」
亜人が苦しむたびに、その銀糸が体から抜けていく。そして、抜けていくと同時に、亜人の体が化け物から人間に戻っていく。
「…すごいですね。流石、王蓮の数珠」
「うむ」
サクナの言葉に続けて、頷く。まさか、蓮の実がここまで万能の回復薬だとは思わなかった。普段は水分補給のために喰っていたというのに。
「変わらず、未熟か」
自らを鼻で笑う。1000年経っても、まだまだ道半ば。学ぶことは、多い。
「さて。では、マイネンだったか」
クマが抱えている人間に歩み寄る。今度は、木の実を手に抱えて。
「サクナ、通訳」
「はい。姉様!」
なんとか意識を保っているマイネンという男。まだまだ私を睨みつける気力は有るらしい。
『この、亜人風情が!私に手を出してタダで済むと思うなよ!』
「…碌でもないことを言われた気がするが、なんと?」
「姉様の耳に入れるほどでは」
首を振るサクナ。いや、それでは困る。
「サクナ。正確に、通訳。お前の忖度は不要」
「…承知しました」
さて、では対話と行こうか。ここで、なるべく情報を聞き出したい。なんせ、木の実を喰わせてしまえば、まず、会話など不可能だからだ。
それが証拠に、クマに、木の実を掲げてマイネンを指差す。
「ヴ、ヴ、ヴ」
首を素早く振った。それはやめたほうがいいぞ、と言わんばかり。だがまぁ。
「仕置だ」
「ヴ」
それならば、と頷くクマ。ふふ、私を助けたクマですらが、止めるほどの木の実。さぁ、マイネン。この銀糸のこと、妹のこと、里のこと。知る限り、色々、話してもらおうか。