おにぎり   作:灯火011

2 / 71
もりのくまさん

 腐れ縁。奴との関係はまさにこれだろうか。いや、死合う仲なのだから、好敵手と言ったほうがいいのか。毎日毎日、同じ場所で出会い、剣戟という会話を続ける。

 

「ヴ」

「セッ!」

 

 切り上げた刃と、振り下ろされた爪が交わる。亜人とはいえ、このクマの胆力にかなう道理はない。単純に相手の方が体が大きく、力も強い。まさに野生の美と言える体つきだ。

 

「はっ!」

「ヴ」

 

 しかし、弾く。力も速さも、体格も相手が格上。だがこちらには鍛錬で培った技術がある。受けた瞬間に力を流し、相手の力すら利用して爪を弾く。一歩でも加減を間違えば刀は刃こぼれし、弾け飛び、私の体は八つに裂かれ、ヤツの胃袋に収まる事だろう。

 

「ヴ」

「セイッ!」

 

 ヤツの素早い突きを剣先で受け、身を入れながら腰を左に捻りこむ。ヤツの爪の軌道はズレ、私の心臓には届かなくなった。刹那、頬に熱が生まれる。左にイナしたつもりだったか、我ながらまだまだ甘い。

 

「はっ!」

 

 大袈裟に刀を振り下ろせば、ヤツは両爪でそれを受ける。ゴリッと刃が食い込む音が伝わる。だか、断ち切ることは敵わない。ヤツの爪は鍛え上げられた鋼鉄のソレだ。

 

 視線が交差する。ちらりと、お互いの視界の端に夕闇が迫る。

 

 奴と私は後ろに飛び退いた。そろそろ仕舞いの時間。

 

 最後に、お互いの命を刈り取るための一撃を。

 

 刀を鞘に仕舞う。カチン、と小気味いい音だ。

 

 奴は大地を踏みしめた。ドン、と力強い音だ。

 

 互いに自然体。必殺の間合い。目が合う。

 

 さあ、お先にどうぞ。

 

 ならば、お先に失礼。

 

 甘えて、先に動く。狙うは喉笛。一歩、二歩、そして、ずらして三歩。踏み込み、握り、腰を捻り、刀はするりと奴の喉笛目掛けて飛んていく。

 刹那、こちらに飛んてくる右手突き。一つ一つの爪が、私の手ほどの大きさである凶器。それを窄めて狙いは心臓。自然の中で培われたそのバネでもって、間違いなく貫かれる。

 

 ガチン、と互いの刃が噛み合った。

 

 喉笛には届かず、心臓にもとどかない。互いの刃が命を繋ぐ。

 

 今日は、これまで。

 

 

 奴から分けてもらった川魚を串に差して火にくべながら、苦い果実を噛む。ビリリと舌が痺れ、苦味が溢れる。しかし、そこを過ぎれば甘みと酸味を感じ、食感もシャリッとしていて心地いい。

 

「っ」

 

 同時に、身体に走る猛烈な痛み。慣れたものだかなかなかどうして顔をしかめてしまう。痛みが収まると同時に、奴に付けられた頬の傷、あった場所に指を添える。

 

「ようし」

 

 傷は消え、出血もない。この木の実は傷を治す効能もあるらしい。腹も満たされ、傷も癒える。なんと素晴らしいものなのか。『死地の森』にはまだまだこのような未知のものが多数あるのだと考えると、少し楽しい。が。

 

「死地、というには拍子抜け」

 

 げんに私が死んでいない。野垂れないし、食われないし、奪われてもいない。案外、名前なんてものは曖昧なものかもしれない。頃合いを見て、魚の表裏を返しておく。あと少しで食べ頃だ。

 

 この魚もまぁ不思議なもので、正直硬すぎる。干し肉よりも硬い。亜人の顎だからこそ食えている。ああ、そう考えると、人間にとってはここは『死地の森』になりうるか。クマは出る、木の実は毒、魚は固くて食えやしない。亜人で良かった。

 

「うん。はふ、はふ」

 

 良い焦げ目に釣られて、ぐっと歯を魚に食い込ませる。やはり固い。が、無理やり引きちぎって咀嚼すれば、広がるのは猛烈な旨味。透明な赤い宝石のような身を、透明で固い宝石と見間違える骨ごと食らう。内蔵は色とりどりの宝石のように美しい。それも食らう。

 

 もちゃ、もちゃ、ガリ、ガリ、ガリ。

 

 どれもこれもが旨い。木の実とコレがあるだけで、食は満足だ。そして飯を食えば喉が乾く。

 

「うん。うん」

 

 ガリ、とこぶし大はある、透明な実を食らう。すると、口の中が一瞬痺れた後に、じゅわりと甘い水気が広がった。これは川の上流、水源の泉に生えている蓮のようなヤツの実だ。水分が多く、生水を飲まなくてもコイツを食えば喉を潤せる。冬でも夏でも収穫出来るのは、苦い木の実と一緒で助かっている。

 

「ヴ」

 

 隣に座っていた奴も、どうやら喉が乾いているらしい。蓮の実を2つ3つ口に放り込んで、ジャグジャグと音を立てていた。

 

 奴とは死合い、そして肩を並べて飯を食う程度には顔見知りだ。やつは魚を持ち、私は木の実を持ち寄る。死合うには。

 

 互いが万全でなければならない。

 

 奴もきっと同じ考えだ。というのも、そもそも最初は死合うまえに奴が魚をこちらに放り投げたからだ。気遣い。ならばと木の実を投げ返した。

 それが気づけば、死合の前だと面倒だと、死合のあとに交換するようになり、そして共に飯を食うという今に至るわけだが、不思議とこの近距離にいるにもかかわらず、互いに戦おうというには空気がゆるい。

 

「う、うー」

「ヴ」

 

 奴に至っては子供か何かを連れている。ちょうど、私の魚にちょっかいを出そうとして叱られたらしい。大きさは私の腰ぐらいのクマ。このぐらいであればマダ、カワイイとも言えるのだろう。なんせ奴は私の数倍、見上げる高さ。

 

 奴からすれば、私は串焼きの魚みたいなもんだろうか。

 

 となると、この小さいクマも将来は大きくなってこいつみたいな強いクマになるわけか。勘弁願いたいものだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。