「そうか、マイネンと連絡がつかぬか」
「は。戻ってきた兵士によりますと、7日ほど待っていたが戻らなかった、とのことです。先遣隊の隊長曰く、マイネン様からは、7日経過した時点で撤退し、王に判断を仰げと命令を受けていたと。こちらがその書簡です」
王は、真っ直ぐな角を持つ亜人から書簡を受け取った。なるほど確かに、マイネンのサインと蝋印だと頷く。
「ふむ…。まずは兵たちには休養を与えよ。そして狐。お前は古都を見て参れ」
「は。承知しました」
「判っているとは思うが、戦は禁ずる」
「は。無論です。しかし、森へは入らなくてよろしいのですか」
首を傾げる亜人。だが、王は首をはっきりと横に振った。
「マイネンには2人の亜人をつけた。剣姫と生き字引だ。奴らが居て戻ってこないならば、お前一人ではどうにもならん」
「は。ごもっともです。では」
「うむ。頼むぞ」
腰をさっと曲げると、亜人は王の私室を後にする。一人残った部屋で、王は大きくため息を付いていた。
「マイネン。お前が失敗するとはな。となれば、次はオーリンか、それとも、レイヲルあたりをマイネンの替わりに据えるとするか」
王は天井を見上げた。マイネンはあれで優秀な男だった。まぁ、亜人の扱いはアレだが。
「どう思う?」
一言、誰も居ないはずの空間に言葉が送られた。すると、その言葉から生まれたように、一人の男が王の隣に立っていた。
「まぁ、レイヲルが良いでしょう。剣の腕も立ち、非常に頭も切れる。そして、王の貴方に信頼を置いている」
「オーリンは」
「少々野心が過ぎますね。彼ならば、そうだな。まずはそのレイヲルの補佐で様子見がちょうどいいでしょう。ただまぁ、裏切りそうであれば、仕込めば良い」
「それは頼もしい」
王は前を向いたまま笑う。そして、テーブルにあった酒を、男に手渡した。
「礼だ」
「これはこれは。100年ものの醸造酒ではありませんか。良いので?」
「もとよりお前のために用意したものだ。気にするな」
「それはそれは。では、美味しく頂くと致しましょう」
男は静かに去る。その刹那に、カチャリと、何かがぶつかるような小さな音が、王の耳に届いていた。
■
『はーはははマイネンンンンン!この程度でまだ眠れると思うなよ貴様アアアアアアアア!』
『ンンンンンンンンン!!!!!ンンンンンンンンニイイイイイイイイイ!?????』
若さとは実に残酷である。肉片にされながらも、実の力で何度でも何度でも人間の形に戻るマイネン。それに対して、嬉々として刀を振り下ろすカキサ。500歳の若造にとって、この場は絶好の恨み放し場なのだろう。
『我が姉、我が母、貴様が行った仕打ちに比べればまだまだこんなものおおおお!!!!』
『ギャアアアアアアア!アアアアアアアアア!イイイイインンンンヌウウウウウウウウウウウウウウ!?』
…いやまあ、それにしてもかなりの恨み節。しかも陰部をやたらと切り刻んでいる当たり…察せてしまう。言葉には、すまい。ただ、それにしても、よくマイネンの精神が持つものだ。あれからすでに7日以上は経っている。
「摩訶不思議」
縛り付けたまま7日。食事はまぁ死なぬように与えているとは言え、小便、大便は垂れ流し、切り刻まれ、激痛が常に走っている有様。はたから見れば、いや、私ですらあれは耐えられんかもしれん。
「普通」
ここまでくれば、話すか、精神が壊れる。だがこのマイネンという男。尋常ではない。強固に固められた意志、というか…。
「…違和感」
ふむ。そうだな。言葉にするとしっくり来た。何か違和感を感じるのだ。正体までは判らんが。それか。
「木の実には、精神を保つ効果がある?」
この線も捨てがたいか。いや、とはいえあの激痛…。ああ、でも精神を保つならばありえる、か?
「…判らん」
「何がわからないんですか?姉様」
振り返ってみれば、そこに居たのは金の耳飾が揺れる、愛しい我が妹。耳飾を付けて一週間。やはりというか、サクナの身体能力は向上の目を見ている。
「昨日の死合い。見事」
「いえいえ、姉様には負けます。それに、あの魔獣。ああ、いや。クマ、と呼んだほうがいいですね」
ふふ、と思い出したように笑うサクナ。どうやら、クマとの死合いが楽しいらしい。
「クマ。あの御方との死合いは非常に勉強になります。姉様が強い理由も判りました。あのクマと1000年やりあっていたのならば、当然の強さです」
「そうか」
「それに、戯れる姉様とクマや大狼の微笑ましいこと。仲が良いですね。姉様」
「む」
微笑ましい。そう言われるとは思わなんだ。まぁ…鴉の一件以来、なにやらクマに世話をされているような感覚は有る。クマとサクナが死合う時は、犬の腹を枕にしているし。逆に狼とサクナが死合う時は、クマに抱かれていることが多い気がする。
「言われてみれば」
「ふふ。さて、姉様。焼けました。どうぞ」
パチパチと音が続く焚き火。焼かれていた魚を受け取り、そして一口。うむ、旨い。サクナもサクナでなかなか調理が上手。それが証拠に。
「ガア」
それを目当てに、あの鴉すら来る始末。まぁ、いきなり腹を刺される心配がなくなったと思えば、魚の数匹は安いと思うか。というか、サクナによく懐いている気がする。
「鴉様。姉様にご挨拶をまずしないとだめです」
「ガ」
サクナに言われたまま、こちらに頭を下げる鴉。そして、その褒美とばかりに、笑顔でサクナは鴉に魚を差し出した。
「ガア」
「よしよし」
サクナが鴉の嘴を撫でる。ふーむ。しかし、こうなると鴉も可愛いものだ。ま、私は触りたくないが。
「それはともかく、サクナ」
「どうされました、姉様」
「そろそろ、動こうかと思う。マイネンをいつまでもあのままには」
チラリと視線を送った先には、無粋な叫びをあげながら、肉が盛り上がっていくマイネンが居た。また実を叩き込まれたか。カキサもよく続く。
「左様ですか。私としては、まだまだ痛めつけてもいいと思うのですが」
「私もそう思うが。しかし、この銀糸の件は何も」
掴めていない。なんとなぁく雰囲気で、耳飾と銀糸、そして腕輪が対になっていることは判る。そして、どういうわけか知らぬが、耳飾と具足を同時に付けてると、力があがることが判った。
「外し方を、聴きに行く」
とはいえ、気持ちが悪い。訳のわからんモノで力を付けても仕様が無い。まぁ、察するに国の王ぐらいしか知らぬのだろうから、直接。
「王城に」
「姉様!?」
「ガ?」
思わず、と立ち上がったサクナ。何いってんだこいつとばかりに、喰っていた魚を落として此方をみた鴉。なんだ、お前もクマみたいな反応をするのだな。いや、まぁ。他意はない。
「一番早い」
「それはそうですが…。しかし、王城にはまだ手練の亜人が何名か」
「操られているか」
「はい。ですので、直接行くのは、今の姉様とはいえ、おすすめしません。嫌ですよ。操られた姉様と戦うなど」
そうか。サクナがそういうのならばそうだろう。ただ、どちらにしろ、口を割らぬあの男を、ここでマイネンをいたぶって居ても、何もならん。せいぜい、カキサやサクナの気が、幾分か済む程度だ。
「やはり行く」
「いや、姉様?話を聴いておりました?」
「聴いた。しかし、行く」
気持ちの悪さをいつまでも抱えていたくはなし。それに。
「鬼一口とはいえ、手練の亜人と死合えるのならば構わん」
「姉様…」
ため息をつかれた。いや、ため息を着くところではないだろう。私はそもそも、刀のために俗世を離れた身。それが俗世に戻るのならば。
「死合いこそ、至極」
カチャ、と刀に手をかける。この刀一本。対になっていない刀一本で、どこまで切れるのか。試してみたい。
「…判りました。姉様。助けていただきましたし、止めはしません。しかし」
サクナが私に向き合う。その表情は真剣そのものだ。
「直接行くのはおすすめしません。マイネンが行方知れずになったことにより、古都には何がしかが派遣されるはずです」
「ふむ」
「大軍か、それとも亜人か。下手をすれば、我々が消えたということも加味して、毒を持ち出されている可能性もあります」
「毒」
「ええ。酒に混ぜれば、我々を人間の力程度に押さえられる毒です。もし、それを仕込まれれば、姉様とて」
なるほどな。厄介なものを持っているものだ。王国とやらも。確かに、それを仕込まれて、亜人などに戦を挑まれれば。
「やられるか」
「はい。ですので」
と、サクナは何かを地面に書き始めた。川、森、そして都市…どうやら、地図のようだ。
「直接王城に行くのではなく、大回りをして行くことを提案します」
「大回り」
「はい。一度致死の森を抜け、古のヨルミに。そしてそこから、隣国、ランドリーに入ります。そこから東へ行き、今度はタカアマに入り、国を横断します。そうすれば、ハイネケン王国の国境です。そして国境から近い地に王城がありますので、あとは姉様の望むままにしていただければと思います」
ふむ。なるほどなるほど。こちらに来るであろう、大きな戦力を避け、それでいて、別の国に一度入るという奇策か。ふむ。
「それでいこう」
「はい!姉様!」
サクナが笑顔を見せてくれた。ならば、これで良し。ではまぁ、方針が決まったところで、今日一日は森で過ごすとしよう。そして、明日からは、旅立ちの準備だ。
木の実、蓮の実を集めねばなるまい。そして、クマや大狼にも挨拶をせなばなるまいしな。