『ッハァ!?』
マイネンが飛び起きた。そして、キョロキョロと周囲を窺い、顔を驚愕させている。どうやら、意識もしっかりと有るようだ。と、サクナの顔を見たマイネンが、すがるように近づいていた。
『ここは、どこだ!?ああっ!?剣姫ではないか!?王の守護はどうされたのだ!?』
『何を言っているんですかマイネン。貴方に付き従えと、王より命ぜれたのですよ?』
『そんなはずは!?あ、いや、ここは何処なのだ』
『何処って、何を今更。ここは致死の森です』
『いや、いや、可笑しい。可笑しいぞ!?なぜ私は致死の森なんぞに!?王より、王城に呼び出されて領地から出向する馬車に乗った…はず』
『…はぁ!?』
するとだ。私を見たマイネンが、私の顔を見ると一気に青ざめる。そして、指を指しながら、眉間に皺を寄せて何がしかを告げた。
『な、そちらのお方は…なんと、痛ましいお姿か。銀糸、輪が四肢と頭に…』
『マイネン?』
サクナが何か戸惑っている。だが、マイネンの首根っこを掴んで、無理やり立たせ、そして、怒号を浴びせていた。
『マイネン貴様。今更何、何を知らん顔などしている!!銀糸、輪はお前等が我々を縛るために付けたものだろうが!好きでもないお前に抱かれた夜、忘れておらぬぞ!』
『いや、まて、まて、何か誤解だ。お前を抱いてなど居ない!』
『巫山戯るな貴様!銀糸で私を操って、あれほど精を注いだだろうが!覚えてないとは言わせん!』
『いや、いや、いや!覚えておらん!全く、覚えておらん!そもそも私は妻以外のモノを抱いたことがない!』
何やら、サクナとマイネンの押し問答が始まったようだ。言葉が変わらず判らん。ただ、尋常では無いことが起きている事は、判る。
「クマ」
私が声をかけると、再度、銀糸を此方によこしてくれた。
「ヴ」
手を差し出すと、それをそっと、私の手の平に置いてくれる。器用なものだ。しかし…この銀糸。私の周りにまとわりつくそれと同じもの、だとは思うのだが。あまりにも短い。私の周りに漂うものが数メートルあるのであれば、コレは数サンチ。切れっ端といってもいいだろう。
「これが、あの男の頭に」
「ヴ」
頷くクマ。…このクマ、何を知っているのやら。言葉が判り、私より強い。それでいて、事情も知っている。全く、それならば人間の言葉の1つぐらい話せというのだ。この銀糸だって、意味が判らん。
「整理」
「ヴ」
クマがこちらを見た。ならば、思考を整理していこう。
「まず、銀糸は、同じもの」
「ヴ」
頷く。
「しかし、短い。これには理由がある」
「ヴ」
頷く。
「お前は、この銀糸がマイネンの頭に入っていたことを、最初から知っていた」
「ヴヴ」
首を横に振る。どうやら、そういうわけではない。
「…途中で気づいた?」
「ヴ」
頷く。途中で、この男の頭に、銀糸が入っていることが判った。となれば…心当たりは、ある。
「木の実の回復の痛み。口を割らぬマイネン」
「ヴ」
そこだ、と頷く。確かに、私であっても、カキサのような亜人であっても悶え苦しむ痛み。それをただの人間が食らって、丈夫な訳がない。大丈夫じゃないが、大丈夫だった。しかも、何度も何度も昼夜問わずに行われていた拷問にも関わらず、マイネンは自我を保ちつづけ、口を一切割らない。
…クマに、もう1つ聴いておくとしよう。
「銀糸について、確認。あれは、精神を操る、道具である」
「ヴ」
頷く。そうか、やはり精神を操る物である。
「しかも、在り方を根本から変える呪物」
「ヴ」
頷く。ああ。となれば、この場合。マイネンは、銀糸を仕込まれた、奴隷の人間と言える可能性がある?いや、だがその場合、サクナの説明と少し矛盾が出る。それは、どうだ?
「銀糸は亜人、だけに効くわけではない?」
「ヴ」
深く、頷く。なるほど、亜人以外にも銀糸は通じるとクマは言う。…これは読めてきた。ダメ押しで、もういくつか。
「亜人を抑えるためには、私のような長さが必要」
「ヴ」
頷く。なるほど。この長さの銀糸があれば、耳飾で奴隷に成り下がるということだ。となれば。
「人間ならば、少量で、良い」
「ヴ」
頷く。ああ、ここまで来れば、大体の整理はできた。となれば、となれば…。
「可能性は、2つか」
「ヴ」
クマが此方を見る。おそらくは、同じ考えであろうか。答え合わせにと、口を開く。
「マイネンが自ら望んであの精神を手に入れた」
クマが頷く。つまりは、この耳飾の応用だ。王か、それとも他のマイネンと同じ重鎮。それに耳飾を渡し、銀糸を仕込まれ、このような強固な精神を作り上げた。滅私奉公。素晴らしい忠誠心。それかあるいは。
「マイネンが、誰かに銀糸を、仕込まれた」
クマが頷く。そうなると話は変わる。つまり、ここで拷問を受けたマイネンは、本来の精神ではなかった。妹を甚振ったというのも、例えば、操る主の命であればそれが正義と映る、と考えていいのだろう。私と相対し、刀を抜いたサクナのように。
「どちらかは」
「ヴヴヴ」
クマが首を横に振る。そこまでは、判らんと。まぁ、ココから先はどうにでもなろう。強靱な精神の元は、クマが断ち切った。
口を割らせるには、もう、あと1つ。背中を押してやれば、その隠している秘密の扉は。
「すぐに、開く」
カチャリと左手を刀にかける。―と、その前に1つ。
「クマ。私の銀糸、外せるか?」
「ヴヴ」
それは無理。とばかりに首を振った。ふむ。
「どうしても?」
「ヴ」
頷く。どうしても駄目らしい。マイネンの銀糸は外せる。しかし、私の銀糸は外せない。何某か、原因があるには違いないのだろうが。まぁ、ならば。手っ取り早く。マイネンから聞き出すのが。
「疾いか」
ぬる、と刀を抜いて、マイネンに歩み寄る。
『知らぬ、知らぬぞそんなこと!?お前ほどの美人を抱けたのならどれだけいいかとは思うが!?』
『貴様、巫山戯るな!殺しもさせただろう!?』
『殺し!?私が命じたというのか!?』
『そうだ!知らぬとは!』
『し、知らぬぞ。知らぬぞ!?…いや、いや、まて。まて。何か、何か思い出せそうだ』
『何を思い出すというのだ、今更!』
さて、サクナ。お前は一旦落ち着け。そして、おそらくとんでもない事態が起こっている事はわかるのだが。
「言葉が」
判らん。故に、落ち着いて通訳をしてくれ。頼むぞ。