おにぎり   作:灯火011

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そのころ、そのとき

 狐と呼ばれた亜人が古都に辿り着いたのは、マイネンが不明となってから9日目の事。身1つで長距離の街道を走り抜けた狐だが、その息は全く上がっていない。

 

「…懐かしいですね。我らが栄光の里」

 

 狐はどこか懐かしそうに、古都を一瞥する。石で出来た基礎に、木が乗っかっている家。そして、井形に組んでいる真っ赤な、聖堂への入り口。聖堂を見てみれば、鏡が置かれている。

 

「200年前と代わりなしですか。いつでも、住めそうな」

 

 手短な建物に指をそわせ、どこか妖艶な笑顔を浮かべる狐。と、次の瞬間には、その顔が引き締まっていた。

 

「まぁ、感傷はここまで。さて…何かマイネン様の手がかりは、と」

 

 狐は歩みを進める。まずは手短に野営地。300人が居たはずのそこは、すでに埃一つ残されていない。納得したように頷くと、今度はその周辺に思考を寄せる。

 

「…手がかりという手がかりは、ありませんね」

 

 諦めたようにため息を吐く狐。左に下げた刀を、左手で無意識に触る。

 

「となれば、本来ならば」

 

 狐は視界をあげた。その先にあるものは、致死の森。やはり本命はあそこだろう。間違いなく、何かが致死の森で起きている。

 

「ま、ここは命令に準じましょう。変に突っ込んで、やぶ蛇を踏むのは勘弁ですから」

 

 諦めたように肩を竦めた狐。と。

 

「ガ」

「…大鴉?」

 

 どこからともなく、狐の目の前に大鴉が舞い降りた。反射的に、狐は刀に手をかける。

 

「ふむ、まさか亜人の守り神の一柱に、このような場でお会いできるとは」

 

 だが、鴉は何もせずに、狐をじいっと見つめているようだった。しばらく、拮抗が続いたのち、痺れを切らしたのは。

 

「しかし」

 

 狐の方だ。刀を抜きながら、鴉に言葉を投げた。

 

「今の私は亜人にあらず。私は王国の剣。何か邪魔をするのならば、寄って、切りますよ」

「ガ」

 

 狐の言葉に、どこか残念そうな声を1つ吠えて、鴉は大空へと飛び去っていった。

 

 

 ひとまず落ちつたサクナ、カキサ、そしてマイネンを交えて、改めて情報のやり取りを行った。そして、その結果はっきりしたことが1つ。

 

「つまり、この銀糸は本来、外せぬもの、と」

 

 サクナが頷き、言葉を通訳した直後にマイネンとカキサが頷いた。

 

『マイネン、本当に外せないのか?』

『何度も言うが、外せないものだ。事実、亜人に使っている銀糸、輪は外したという記録はないはずなのだ。とはいえ、操られていたから、意図的に情報を入れなかっただけかもしれないが』

『曖昧だな』

『仕方ないだろう。この20年近く、私はどうやら影響下に居たのだからな』

「姉様。やはり、何度聴いても外せないと」

「そうか」

 

 ならば、仕方ないか。クマに聴いてもまぁ首を傾げられるばかりであるし、マイネンに聴いても埒が明かん。となれば結局。

 

「やはり、王に会わねばなるまいか」

 

 頷きながら、改めて言葉に出した。どうやら、この銀糸はハイネケン王国とやらが、200年前に我々亜人を捕えるために作ったもの、らしい。マイネンからの情報故に、確度は推して知るべしか。だが、サクナもそのようなことを言っていた。人間との交渉の場で我が父に仕込まれた、と。その時の人間が今の王族と同じかは判らんが。

 

「サクナ」

「はい。なんでしょう」

「マイネンの服を適当に見繕う。盗賊たちの服の切れ端はとってある」

 

 ともかく、マイネンも共に、王の元へ連れて行く他あるまい。ひとまず、森を出れるように服ぐらいは着させねば。

 

「…ですね。いつまでも汚い一物を見ているのも、目に毒です」

「そうは言ってやるなサクナ。操られていた可能性がある以上、お前と同じ被害者。それに、一応アレとは、知らぬ仲ではないのだろう?」

「…まぁ、ええ」

「それに、忘れたか。我ら亜人とて一夫多妻。サクナと私は同じ母だが、異母兄弟も何人かいただろう」

 

 慰めではないが。まぁ、処女を散らしたとて、我が一族では問題にならんさ。と。意味は通じたようで、少し笑顔を浮かべたサクナは、私の頭をかるく小突く。

 

「なんとなく、慰めて頂いているのは判ります。ですが、それはそれ、これはこれ。散らした相手がコレ。その上、妻と子もいるとなれば、複雑な気にもなります」

「まぁ…その鬱憤は昨日までの拷問である程度、払い終えただろう。まぁ、ただ、これが演技だとしたら、トコトンまで殺るつもりだが」

「それは同感です」

 

 さてさて、少々生々しい会話はここまでとしよう。ひとまず、マイネンに確認しておきたいことも有る。

 

「サクナ。マイネンに伝えてくれ。この耳飾と銀糸の関係を、正確に一度聴いておきたい」

「はい」

『さて、マイネン。姉様から質問です』

『は、何なりと』

 

 どうやら、質問が始まったようだ。こうなってしまうと少々暇だ。近場に座っているクマのもふもふでも楽しもうか。少し移動して、器用に座っているクマの股へと、自らの身体を沈める。

 

「ヴ?」

「かまえ」

「ヴ」

 

 もふり、と腕が回される。良い力加減だ。お礼とばかりに、クマの首元をもしゃもしゃと手で掻いてやる。すると、クマからもお礼にと頭にもふりと手を置かれた。

 

「良い」

「ヴ」

 

 グリグリと頭を撫でくりまわされ、負けないように首元をもしゃもしゃと。しばらくそうやってクマと戯れていると。

 

「姉様。あの、そのままでいいので、答えをお伝えします」

「む」

 

 眼の前には、少々呆れ顔のサクナ。遠くでは、マイネンがぽかんと此方を見つめている。

 

「銀糸と耳飾。マイネンの知る限り、銀糸と耳飾、そして輪が組となって効果を発揮するモノだそうです。要は、銀糸と輪を付けた亜人を、その銀糸と輪と組になっている耳飾で扱えるようになる、ということですね」

「なるほど。やはり、概ねの予想通り」

 

 頷いて、サクナの言葉を待つ。

 

「はい。それこそ、思想から記憶まで作り放題だとか。ただ」

「ただ、なんだ?」

「解除されたという実績は先程言ったように皆無。なので、私やマイネンのような状態が果たして正常なのかも、また不明といったところです」

 

 再度頷く。確かに通りだろう。実績がないなら、今の状態が一体何なのかは不明。もしかすれば操られているときの何かが残っている可能性もあるわけだ。

 

「なるほど」

「…ですので、言いづらいのですが、私もまだ何者かの影響を受けている可能性もあるということになります。例えば、姉様のように操られていない亜人を王国に連れてくるように仕向けられている、とか」

 

 サクナも同じ考えに行き着いている。そうだな。例えば、隣国の情報なども、罠が仕掛けられているのかもしれない。王城という場所が、間違って記憶させられているかもしれない。と、まぁ、思い付くといくらでも杞憂は増える。

 

「だが」

 

 言葉を発して、気持ちを切る。そう。だが、この亜人はサクナであることに間違いはない。記憶と言い、太刀筋といい、その刀と言い、間違いなく妹のサクナ。であれば。

 

「お前を信じるのみ。そして、マイネンも信じて試す」

「姉様」

 

 信じてこそ始まる道も有る。故に、マイネンの言う事も信じてみることにしよう。まぁ、まずはその手始めとして。

 

「マイネン。ひとまずは、同行、頼む」

『…剣姫の姉殿。この、右手は?』

 

 言葉は判らぬだろうが、この仕草の意味ぐらいは判るだろう?右手を差し出しているのだ。敵対する気が無ければ、握り返すと良い。

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