握り返された手の感触を思い出しながら、ひとまずは、夕餉を食す。いつもの蓮の実と、魚だ。木の実はマイネンを考えて出してはいない。
「ふむ」
がり、がりと良い焼き加減の魚を、骨ごと喰らう。サクナもいい音をさせながら、カキサも良い音をさせながら。クマ、白狼らも。ただ一人、マイネンが少々苦しんでいる。
『硬いな、コレは』
『喰えないほどですか?マイネン』
『ああ。どうにもこうにも』
『そうですか。少し貸して頂けますか?その間はこちらの王蓮の数珠を』
サクナとマイネンが何やら親しげに話している。まぁ、それはそうかと思う。操られていたとはいえ、確か15年より長い時間、その王とやらの元で共に過ごしていた。ならば、阿吽の呼吸も生まれよう。
『…ひとまず、硬い皮は剥ぎました。身は食えるはずですよ』
『これは。剣…いや、サクナ殿と申したほうが良いか』
『どちらでもお好きに』
まぁ、なんにしてもある程度亀裂が埋まったことは良い事としておこう。迫害した、された側。いや、両方とも、結局は被害者か。しかし、自国民まで操って、このハイネケン王国とやらは何をしたいのだか。判らん。
『ほう、身は柔らかでこれは旨い。サクナ殿。この魚は何というんだ?』
『宝石魚。一度は聴いたことがあるでしょう?王に献上された物を何度か見ているでしょう』
『…なんだと!?これが、あの伝説の宝石魚だと!?一匹で都市区画1つが丸々手に入るという』
『ええ。我々亜人ですら口にすることは難しいものです。それが、こんな風に…毎日食べられるとはなかなか信じられません』
『凄まじいな、この致死の森という場所は。しかし…となれば、この魚や実を流通させることができれば…我が家、我が領土が飛躍的に…』
『マイネン?あまり欲を出すのは良くないですよ』
しかし、それにしても割と会話が弾んでいる。銀糸を取る直前まで拷問をしていたとは思えないほどに。…実は、結構相性が良いのでは?
「クマ」
「ヴ?」
「サクナ、マイネン。割と」
「ヴ」
クマも頷いて、大狼もさりげに一緒に頷いていた。だよな。まぁ、とはいえ、それは腐れ縁なのか。それとも、銀糸の影響が何か残っているのか。よく判らん。確実に言えることといえば、目の前の魚があいも変わらず旨いということぐらいなものだ。
「…さて、それはそうとしてだ。サクナ」
「あ、はい。なんでしょう。姉様」
「マイネンに聞いてくれ。タカアマを抜けて王城に行くのがいいのか、それとも、直接向かったほうが良いのか」
「マイネンに、ですか」
顔を顰められた。まぁ、抵抗はあるかもしれん。が。
「念には念を。サクナとマイネン。2人の意見があれば、より」
「確実、というわけですね?」
頷く。意見は多ければ多い方がいい。そのうえで、重なった部分を取り出せば、より良い道が拓けるのが通り。それは、刀を振ることとも通じる。
同じ様に刀を振った年月。しかし、同じ様に見えても、力の下限や振り方、どう踏み込むかをよくよく考え、良い振り方を極めていく。
「では、姉様。早速」
「よしなに、サクナ」
頷いて、再び魚に食らいつく。まぁ、同じ釜の飯、というわけではないが、こうやって食を共に知たのだ。怪しさはあれど、信じてみるのが吉と、私の勘が告げている。
■
王城に戻った狐は、早速、王の元へと向かっていた。揺れる銀糸が視界に入り、鬱陶しそうにそれを手で払う。
「どうにも」
邪魔だと、不満そうな狐が歩くその先では、人が割れ、誰も彼女の進みを邪魔をしようとはしない。
「狐、戻りました」
王の私室、その扉の前で狐はそう告げる。と。
「良い、入れ」
「入ります」
威厳のある、低い声が狐を招き入れた。扉を開くと、ゆったりとした大きな椅子に座る、壮年の男が一人。
「疾いな。流石狐だ」
「恐れ入ります」
「で、結果は?」
手短に、そう言わんばかりに、王は鋭い眼光を向けた。
「は。手がかりは、なし。やはり、致死の森へ進む他ありません」
「左様か」
狐は、その眼光をもろともせず、まっすぐに顔を向けていた。
「お前ならば致死の森、調べ尽くせるか?」
「不可能です。亜人では、あの森で生きてはいけません」
「そうか。ならば…。近くに寄れ」
王の言う通り、狐は王の近くへと歩みを進めた。そして、王の椅子の横、その机に置かれている地図が目に入る。
「さて、では、賊が逃げたとして、お前はどこに逃げると見る?」
「は。おおよそはマイネン殿と同様と見ます。川を遡上、泉を抜け、ヨルミを抜け隣国ランドリーへ。その後は…王のほうがお詳しいかと」
狐は、王の顔をまっすぐに見ながら、そうはっきりと告げた。涼しい顔でそれを受け止め、王は静かに告げる。
「ならば、ヨルミであろう。アレの王は銀糸を欲している。狐、探りを入れろ」
「王がそう申されるのであれば」
「ならばよし。必要なら、誰か連れて行け」
狐ははっきりと首を横に振った。
「お心遣い感謝致します。しかし、一人で十二分です。いざとなれば、情報だけでも確実に持ち帰りましょう」
「左様か。ならば、任せたぞ」
「はい。王の御心のままに」
狐はそう言って、静かに王の私室を後にした。静寂が訪れたその部屋で、王は一人、言の葉をつぶやく。
「…ままならんものだ。銀糸を盗られるなど」
200年。守ってきたものが、自らの代でこぼれ落ちる。これほど、不名誉なことはない。しかも、近衛騎士団の副長をやれるほどの戦力となれば、まず間違いなく、あのヨルミが絡んでいる。
「ランドリー、ヨルミ。亜人を有する我がハイネケンが、邪魔になったか」
そう言って、ため息を吐く。その耳には、4つの耳飾がゆらりと揺れていた。