マイネンがいわゆる仲間、のようなモノになってから数日。出立の準備を行っている。例えばマイネンの服を、賊たちの服から作り上げたり、私の外包を作り上げたり。
『本当に賊がこの森に入っていたのだな』
『ええ。この剣はハイネケンの国宝の1つ。過去の持ち主の技量を引き継げる業物ですね』
賊がハイネケン王国から奪い去った品物を改めて調べ上げたりもしている。これは、ハイネケンにいた3人に任せている。まぁ、こういうものは知ってるものに、任せるのが一番。
「姉様。賊の持ち物はこれだけですか?」
「然り。剣、双剣、弓、そして布。全て」
捨てはしない。まぁ、賊の肉はクマや大狼やらの腹の中だ。今頃、どこかの土に肥やしとして落ちていることだろう。
「ふむ…」
と、サクナが微妙な顔をする。
「どうした?サクナ」
「いえ…少々気になることが。少し、マイネンと話します」
賊の品物を定めていたサクナが、マイネンと更に話し込む。…こうなってしまうと、また暇である。うーむ。
「クマ」
「ヴ?」
「死合い」
「ヴ」
良いぞ。と頷かれた。よしよし。では、早速。クマは立ち上がり、私は数歩後ろに下がる。良い間合いだ。
「参る」
言うやいなや、右腕一本でヌルリと刀を滑らせる。狙いは喉笛。右足を踏切り、左足を寄せ、体と共に一気に刀を食い込ませ。
「ヴ」
直前に、クマは爪で刀を弾く。力に逆らわず、刀は上に弾き飛ばされる。左手を添えてそのまま袈裟に。
「ゼェイ!」
「ヴ」
甘い甘いと言わんばかりに、クマはそれを簡単にいなしてくる。返す爪で、私の喉笛に軽く傷が付いた。
「やる」
が、皮一枚。漬け込むように刀を、左から一閃。しかし軽く身を引かれただけで、クマには当たらない。ならばとそのまま、胸を目掛けて刀を突き出す。
「ヴ」
シャリンと、爪と刀が擦れあい、刀の軌道がずらされた。全く力を使わず、しかし、相手の力でその矛先をずらすその様。見事としか言う他無い。
「見事、見事」
互いに改めて間合いをとる。カチャリ、と刃を鞘に納め、クマも右腕を軽く引いた。さあ、もう一度抜刀勝負。
ガキリ、と刃と爪が競り合う。互いに真剣。違いに必殺。
やはり、死合いは面白い。
■
「さてマイネン。改めてこの衣服を見てどう思います?」
「外報は間違いなくハイネケン製だ。折り方はおそらく…ワカミヤ織。この末端の処理は良い職人が作っているな」
「同感です。装具も間違いなくアマトの職人のものですね」
「この靴は王都の職人のものですな。鉄板と皮の合わせ方が非常に特徴的でありますからな」
金物や布の生地から、サクナとマイネン、そしてカキサはお互いの知識を持ち寄って、話を進めている。だが、その手が1つの肌着に添えられた時、マイネンの顔が変わった。
「…それは」
サクナとカキサも同じ様に眉をひそめた。
「肌着ではありますね。確か、副長…と思われる人物が来ていたものだと、姉は」
「そうか。カキサ殿。どう思われる?」
「そうですなぁ…いや、マイネン、貴様に名を呼ばれるのはイマイチ慣れんが…まぁそれは置いて置くとして。これはハイネケンではありませんな」
カキサがそうつぶやくと、2人も同じ様に頷きを見せた。そして、少しばかり血に濡れた肌着を掲げながら、更にカキサが言葉を続ける。
「この布の粗さ、そして縫合の手合い。間違いなく、致死の森の向こう。ランドリー領の古のヨルミのものでありましょう」
「ヨルミ、か。ハイネケンとは同盟関係ではあるが…まぁ、敵対しつつも有る。賊を送り込むことは、十分に考えられるか」
しげしげとその肌着を見つめ、頷きながらマイネンはため息を吐いた。
「と、なると…ハイネケンとランドリーの間にあるタカアマも一枚は噛んでそうだな」
「それは、マイネン、お前の勘か?」
サクナがそう言うと、マイネンは首を横に振る。
「いや、ここ10年の貿易を考えるとそうとも言えん。ランドリーとタカアマはその10年で親密になっている。それに」
マイネンは何かを言いかけて一息をつく。
「ランドリーの手がハイネケンに入るには致死の森を抜けるか、タカアマを通るしか道はない。逆の宗教国家ヨハムを抜けるという手もあるが…」
マイネンは軽く地面に地図を描きながら、その頭の中で考えていることを整理しながら話しているようだ。
「ヨハムは完全なる親亜人国家。ハイネケンとは敵対国家の1つだ。その同盟であるランドリーとも敵対関係にある。まず、ランドリーの者を通すことはしないだろう」
「親亜人国家ならば、逆に、銀糸を奪わせる可能性もあるのでは?」
「あの国家は盗む、よりもその場で破壊することを選ぶ。過去、そういう事例が何度もあったと、文献に残っていたはずだ」
マイネンは頭を人差し指で叩きながら、状況を更に整理していく。そして、額に手を当てると、ふっとため息を吐いた。
「…まぁ、と言いつつ、現状では断定は難しい。この肌着についても、もしかするとハイネケンの手かもしれんし、実はヨハムの手かもしれん。いくらでも疑えば疑える。実際、副長についていたはずの2人は、反王家派の者とまでしか判っていないからな」
諦めたように天を仰ぐマイネン。サクナは、その横顔を眺めていた。年の頃にすればおおよそ40か50か。少し白髪交じりの貴族。顔立ちは良く、体つきも良い。個人的に思う所はあれど、貴族の中では名門の一人だ。
「マイネンでもわからないとなると、私やカキサでは判りませんね」
「左様ですなぁ。王城では生き字引、などと呼ばれておりましたが、結局、王国の心臓部分については知らなんだ」
「私も同様ですよ。王の懐刀として200年、歴代の王に従ってきましたが。結局は、用心棒と夜の相手です」
「…しかし、それを聞くと王国もよく判りませんな?奴隷に落とすほど何か想いがある亜人を、手籠めにする。どういう心理なのだか。マイネン?」
確かに、と頷くサクナと、カキサの目がマイネンを射抜く。少し縮こまりながら、マイネンは言葉を選んだ。
「…や、確かに。言われてみれば。ただ、おそらくはやはり…美しさだろう」
「美しさとな?」
「そうだ。やはり、権力の上に立てば、金、女は欲しくなるのが道理。美しく、強いとなれば余計だろう」
「そうですか。しかしマイネン。貴方は嫁しか抱いたことがない、と断言しておりましたが?」
その言葉に、マイネンは強く頷いていた。
「そうだ。私は美しさや権力よりも、我が女房と子が宝。そのためにならどこまでも駆け上がれる。…だが、銀糸とは恐ろしい。結局は不義理を働いた。なんと面目も立たんよ」
首を振りながら残念そうに告げた。サクナはといえば、それを微妙な顔をしながら見つめいてる。
「…嬉しいととるべきか、なんというべきなんでしょうね。この場合。女としては、嬉しいと言うべきなのか…」
「無理は言わなくて良い、サクナ殿。私のような男に抱かれたのだ、さぞ嫌悪が有るだろう。改めて謝罪を」
「不要です。これは、銀糸のせいなのですから。それ以上でも、それ以下でも…。そういえばカキサに1つ聞きたいんですが」
「んんん?なんでありますかな?」
意を決したように、サクナが問いかけた。
「カキサは、そういう夜…例えばその、奥方などに呼ばれたことなどは…」
「…聞かないでいただけると助かりますなぁ。いや、何、貴族の奥方など、天と地、両方おりますゆえになぁ。それに、まぁ、奥方だけでも、ない、摩訶不思議な世界でありましたので」
頭を掻きながら、天を見上げたカキサ。500歳。喋り方に気取られてしまうが、まだまだ亜人の中では若い。黒髪、そしてある程度の童顔。となれば、相手は多岐に渡ったのであろうか?
気まずい空気が流れ、思わず、サクナとマイネンも、そしてその話を側で聞いていた大狼も、視線を逸していた。