1000年の間、剣を振るう。実直に。変わらぬ時間、変わらぬ回数を素振り、打ち込み、型を覚えるというのは、1つの狂気の沙汰であると思う。
最初の一年は重さに振り回された。ならばと筋肉を鍛える。五年も経てば自由に振れた。だが、体が固くて筋を痛めた。ならばと柔軟を取り入れて、動かなかった関節を無理やり動かし、そして稼働域を広げた。
100年。最初の100年。ようやく、型にはまった。
本当は型を破り、自分の剣を持てればいいのだが、あいにくと私は剣の才能がない。1000年経った今でも、基本の基を繰り返す日々だ。
「せっ」
抜刀、上段、袈裟、逆袈裟、薙ぐ、切り上げる。そして、突き。しかも、薙は左から右、袈裟は右上から、逆袈裟は左下からという制限付きだ。どうも逆から切ると調子が狂う。
「いまいち」
試しに右から薙ぐ。どうだ。風を切る音すらしない。やはりどうも苦手らしい。まぁ、とはいえ小腹が減った。例の木の実でも喰らうとしよう。
「うー」
シャリシャリと咀嚼していると、耳馴染みの声が茂みから聞こえた。まだ今日の死合いの時まで時間があるというのに、どうしたのだろう。
「なに?」
茂みをかき分けて声の主を探す。予想通り、小さなクマ。奴と一緒に居るカワイイやつだ。私の顔を見ると、さっと距離を取る。そしてある程度行った先でまた。
「うー」
鳴く。近づいてみると、また距離を取る。そしてまた鳴く。近づいていくとまた離れる。そうやっていると、自然と後ろを付いていくように森の中を進んでいく。ふむ、ついてこいと言うことか。さてさて、このクマさんは私を何処に連れて行ってくれるのだろうか?
■
なるほど。子クマに着いていった先の光景を見て、なぜ私を連れてきたのか合点がいった。散らばる矢、落ちている剣、そして。
「せっかく逃げて来たのにここまでかよ!」
「糞が!糞が!俺は逃げるぞ、意地でも逃げるぞ!」
「バカか!剣も弓も叩き落されてんだぞ!どうすんだ!くそっ!」
1000年のときの流れは残酷だ。彼らの言語、言葉が解らない。多分、知らぬ間に出来た新しい国の言葉なのだろう。だが、それでもクマと対峙する彼らの顔を見れば状況は察する事が出来た。不意に魔獣と遭遇。逃げるもなにもどうにもできない、といったところか。
以前から人間が迷い込むことはあったが、この状況は初めてだ。なんせ、大概は喰われているか、私が先に見つけて森の外に逃がすからだ。
「ヴ」
ただ、クマもなんだか混乱している様だ。爪と彼らを交互に見ている。なにか、納得いかない事でも起きたようだ。と、言うか人間は食わないのか?お前。
「うー」
隣からは心配そうな鳴き声。もう距離は取らない。やはり、ここに連れてきたかったのか。
あ、クマと目が合った。
―まかせていい?
―いいよ。
好敵手がお困りと。ならばと彼らとクマの間に躍り出る。クマを背に、軽く刀に手を添えて、彼らの姿を視界に入れた。人間の男。3人。
「な、人間か!?」
「よく見ろ!頭に角だ!亜人だよ!」
「亜人なら言葉通じんだろ!おい、ねぇチャン!助けてくれ!」
さてどうしよう。音としては理解できるが、意味は解らない。ただ、まだまだ怯えているようだ。まぁ原因は明らかだろう。クマに目配せをして、一歩下がらせる。
「死地の森の主が下がった!?」
「ねぇチャン!あんた話わかんじゃねーか!」
三人の男。一人は腰に剣の鞘、一人は弓、一人は背中に荷物と背後に短剣二本の鞘。剣士、弓士、あとは、斥候かはたまたといった具合だろう。そして服装がカッチリとしている。どこぞのお偉方だろうか?
「ねぇチャン!おお、よく見りゃ別嬪さんじゃあねーか。助けてくれたら礼は弾むぜ!」
縋るような瞳。私がクマを下がらせたから、なんとかなると思ったか。まぁ、助けてやらんこともなし。と、いうことで。
「なっ!?」
「いつ抜いたんだ!?」
ガギン。と、私の居合と奴の爪が競り合った。一応彼らと私は人間と亜人という違いは有るが、姿は近い。クマから守ってやるのがこの場の正道だろう。ま、クマもどこか引くか押すか迷っている様子。全く力のこもっていないヤツの突きから察することが出来た。抜き身の刀をクマに向けて、この場を去ることを暗に示す。少しの間のあと、クマと子クマは森へと消えていった。
「よし」
さて、ということで彼らにとっての一難は過ぎた。さてさて、ま、このあとどうするかは不明だ。ともかくとして死地の森からは出てもらおう。ただの人間が過ごすには、少々危険が大きい。
「助かったぜ、へへへ」
「シヌかと。まさかこんなとこで女神みてぇな女と会えるとはなぁ。幸運幸運」
「なあ別嬪さん、あんた一緒に来てくれよ。あんたがいれば、この死地の森でも安泰だ」
うーん、言葉が判らん。武器を拾う彼らに、一言掛けてみるか。
「この言葉解る?」
首をかしげた男達。やはり、私の言葉は消えた言語か、はたまた彼らは別の国の人間か。言葉が通じないことにはどうも。
「あ?なんだ?こいつ、知らない言葉話してやがる」
「ほー?じゃあ俺たちの言葉、わかんねぇんじゃねえか?おいねぇチャン。娼婦みてぇな恰好してよ、一発どうだぁ?…ほら、首傾げてやがる」
「亜人が。しかも別嬪。こいつ、奴隷にして売れば遊ぶ金には困んねぇな。まぁ、もののついでだ」
む、クマが居なくなった瞬間から漂う嫌な感じ。言葉は解らないが、ゲスな目をし始めた。カッチリとした格好とは裏腹に、視線は私の体を舐めるように絡めてくる。なるほど、これが本性か。思わず、刀に手が伸びる。
「おっとおっと?やるのかねぇチャン。こっちは三人だぞ?」
「警戒はしろ。この亜人、森の主を追い返したんだぞ」
「関係ねぇよ。三人で押さえればこっちのもんだろ!」
剣、弓、短剣が抜かれた。そして刹那、私の太腿に鏃が刺さる。
「よし、龍ですら麻痺する痺れ毒が入ったぜ。あとは好き放題だ」
ふむ。見事な早打ち。そして、全身に広がるなかなかの痺れと痛み。だが、問題はない。ともすればここからは命のやり取りか。人斬りは初めてだか、まぁ、どうにかなるだろう。
大きく剣を持ち上げて、こちらに振り下ろす。
ほら、だって。あまりにも。
「大人しく捕まってくれりゃあ、俺らで気持ちよくしてやっからなぁ!亜人ちゃ………」
剣が遅い。抜刀の勢いのまま、ヌルリと股下から頭の先まで刃を通す。
「おいおい、なーに剣を止めてんだ?別嬪だからって傷つけたくねぇってか?」
「亜人なんだから傷なんてすぐ治るだろうが、バカかよ!」
あとの二人は間合いが遠い。ならば近寄る、一歩、二歩。
「あ?おい亜人が逃げるぞ!お前なにやって」
ずらして三歩。そのまま袈裟斬り、ずるりと落ちた。
「なっ、速っ近い!毒でうごけないは」
返し薙。哀れ、哀れと4つ別れ。腕落ち、腹落ち死出仕舞い。結末に、気づけば左右に泣き別れ。
「ほら、余裕」
赤い水たまりが遅れて湧き上がる。刀を振り下ろし、血を吹き飛ばす。うん、1000年ぶりのまともな人との出会いの始末がこうもなるとは想像もしなかった。まぁ、あの目からするに、おおむね、私を慰み者か、はたまた娼婦や奴隷にでもしようとしたか。確かに、私は胸も大きければ、尻もデカい。男から見れば、実に魅力的と言えるのだろう。
「私を、亜人をか」
鼻で笑う。剣を扱うことが苦手な出来損ないの自分でもこうなのだから、亜人に慰み者や奴隷は務まらない。亜人が務まるのは、せいぜい、戰場の華ぐらいなものだろう。
「なかなか」
ずるりと、太腿の鏃を引き抜く。ああ、なるほど。なにかが塗ってある。痺れと痛みは納得だ。だからこそ彼らは襲ってきたか。
「甘い甘い」
その欲望の始末が、水溜りに早変わり。余計に哀れだ。そもそも、私に、亜人に毒は効かないのだから。人間はそんなことすらも忘れてしまったのか。1000年の月日は、かくして、恐ろしい。