「こんなところで申し訳ない。ハイネケン王国の頭脳たるマイネン様がいらっしゃるとは思いもしませんで」
マイネンたちが案内されたのは、古のヨルミでも一等古い建物だ。歴史を感じられる石造りの建物で、ハイネケンの王城にも似ているようだなとマイネンは思う。その応接間に通されたマイネンは、早速と、用意された椅子に腰を下ろしていた。
「いやいや、そんなことはないとも。カボンバ殿。我々を受け入れてくれて感謝する。ほら、お前たちも」
マイネンに促されるように、椅子の後ろに控えていたクマの魔獣、狼の魔獣、そして亜人3人が頭を下げた。その姿に、カボンバ達は、ほう。と感嘆の声が漏れた。
「これはこれは。全員を従えているとは。その魔獣もマイネン殿の支配下でありましたか」
「え、ええ。まぁ」
「ヴ」
クマがそうだぞと頷くと、カボンバは目をひん剥いた。
「…そのクマ、頷かれましたかな?」
「あ、ああ。頭のいいクマでな。我が亜人が鎮めたんだが、この通りだ」
「へぇー…でっかいくまちゃーん。さわってもいーい?」
鎧を脱いだフイリが、クマへと近づいていく。クマは頷いて、その場に座り込んだ。
「おー…本当にあったまいいねー。マイネンさん、いいかな?」
「ああ、ああ、いいぞ」
「じゃあ、失礼しまーす!…おお、ふっかふかだぁ!」
にこにこと熊に抱きつくフイリ。ふと、その額に一本の角が生えていることに気がついたマイネンは、カボンバに耳打ちをする。
「あれは、亜人か?」
「ああ、いえいえ。あれは親の片方が亜人で。まぁ、その御蔭で我らの貴重な切込み戦力になっております」
「なるほどな」
じろりとマイネンは、フイリに視線を移した。剣姫や、その姉と比べると少々肉付きは悪いが、しかし、その体から繰り出される一撃は確かに強いものだろうと思わせる肉体ではある。
「…マイネン殿?ハイネケン王国の同盟国ではありますが、フイリに銀糸は使わせませんよ?」
「ああ、それは心配要らぬ。我が亜人は純正だ」
マイネンは憮然とした態度でそう告げる。カボンバは苦笑いを続けるのみだ。と、今まで口をつぐんでいた剣姫が、ひとつ、ため息を吐いた。
「マイネン様。雑談はそろそろ」
「ん。ああ、そうだな」
咳払いをしながら、マイネンはカボンバに向き合う。そうして、マイネンはカボンバ達にこう告げた。
「ハイネケン王国より、銀糸が盗まれた。その賊がこちらに逃げたようでな。このヨルミで何か情報は無いか?」
カボンバは思わず冷や汗をかいた。先程までの少しゆるい雰囲気が一転、一気に緊張感を帯びたからだ。マイネン。ハイネケン王国の頭脳と呼ばれる大貴族。15年前の亜人との戦いでは、見事それを鎮圧してみせた存在。同盟国とはいえ、ランドリーとハイネケンでは、その国力は大きく異なる。
「実は、我々もその賊を追うために森に入っておりまして」
「ほう」
王命とはいえ、大国相手に隠すのは拙い。この場では素直に告げようと、カボンバは頭を下げながら、言葉を続ける。
「賊。我々の耳にも入っております。ハイネケンより、国宝の耳飾、輪、銀糸が盗まれたと」
「ああ、違いない」
「しかし、我々もその賊と遭遇してはおりません。森に入って最初に出会ったのが、マイネン様でありました」
カボンバは、そう言って頭を上げた。その瞳に写ったマイネンの表情は、眉間にしわを寄せて、不機嫌さが見て取れた。
「そうか」
「はい。我が王に誓って、嘘ではありません」
「疑っては居ない。ただ、こちらに来ていないとなると、どこに行ったのかと思っただけだ」
カボンバは確かに、と思う。このヨルミに抜けていなければ、何処に?と、1つの仮説がカボンバの頭に浮かぶ。
「もしや」
「何か思い当たるのか?」
「いや、その。憶測ではありますが。今回、国をまたいだ組織が賊を指揮している可能性があると睨んでおりまして。もしかすると、その組織に我々の動きが察知されたのではないかと」
マイネンはそれを静かに聞きながら、しかし、小さく頷きを見せていた。
「…その情報は初耳だが、しかし、確かに有り得ることか。我がハイネケンから国宝を盗むなど、並大抵の国が出来ることではない」
「そう思います。マイネン様。となると…マイネン様。この現状を、王に報告したいと思うのですが、よろしいでしょうか」
「構わん。我々も、我が王に報告をせねばならん。ひいては、国内を移動する許可を得たいのだ。流石に、致死の森を再びぬけたくはない」
「承知しました、それも加えて報告させていただきます」
頷くマイネン。そして、ほっとしたような顔を浮かべたカボンバ。そして、静かにそれを聞いていたシダが、口を開いた。
「では隊長。早馬を用意させます。しばしお待ちを」
そう言って、シダは急ぎ足でその部屋を後にする。同時に、熊と戯れていたフイリも、ぱっとクマから離れて、一礼してから部屋を後にしていった。
「それではマイネン様。私も失礼致します。ああ、もしよろしけば、この館の設備を存分にお使いください。同盟国の貴族であれば、もてなすのが道理。使用人になんなりとお申し付け頂ければ、お答えいたしますので」
「お心遣い感謝する。カボンバ殿。…ああ、では早速なのだが、衣類を何着か用意してくれるか?」
「お安い御用ですとも。では、少々こちらでおくつろぎください。服は、準備でき次第持ってこさせます」
「頼んだ。…ああ、そうだ。コレを」
マイネンはそう言いながら、カボンバに1つの木の実を手渡していた。
「…この実は?」
「聞いたことがあるだろう?致死の森で採れる、霊薬の噂」
「はい、伝承ですが…って、もしや!?」
「そう。そのもしや、だ。偶然致死の森を進む中で手に入れてな。―恙無く、頼んだぞ?」
「は!もちろんであります!感謝致しますマイネン様!」
ピシリと敬礼を行ったカボンバに、満足そうな頷きで答えたマイネン。そして、部屋を去るカボンバを見送りながら、大きく1つ、ため息を吐いた。
「…なんとか、なったか」
「ええ。マイネン。お疲れ様です」
剣姫は頷いて、どかりとマイネンの隣の椅子に腰掛ける。
「銀糸がないとは思えないほどの、まさに、ハイネケンの貴族でしたよ」
「よせ。全く笑えん」
額に手を当てながら、更に深く息を吐くマイネン。20年近い銀糸に操られた生活を続けてきた彼にしてみれば、この程度の演技はお手の物。嫌悪感などは隅に置けば、まず、今まで通りのマイネンが現れる。
「本当に、笑えませんね」
剣姫も同じ様だ。軽く鼻を鳴らして、憎らしく自分の周りを漂う銀糸を睨むと、そっぽを向いた。