荘厳な石造りの建て物、そして、身形のしっかりとした者達。それらに臆せず、マイネンはよく演るなと感心する。そしてともかくは、上手いこと取り入ったかと少し、安堵。どうだろうか。何も言わなかったが、上手いこと奴隷に見えたのだろうか。
『マイネン様。お待たせいたしました。お召し物でございます』
『ん。ご苦労。ああ、ついでにこの女の亜人にも用意をお願い出来るか?』
『はい。もちろんでございます』
何やら姿がカチリと決まっている男性と、マイネンが何かを話している様子。と、サクナから小さく耳打ちをされる。
「姉様。あれはこの家の執事のようなものです。服を用意してくれるとのことです」
「そうか」
服か。ああ、確かに。マイネンにも布がいくつか用意されている。と、その家の執事が私の元へ歩み寄ってきていた。
『ふむ。これはこれは美しい亜人ですな。羨ましい。それにしても腕輪と銀糸を両方とは…』
『余計な詮索は寿命を縮めるぞ?』
『―失礼致しました。さて、亜人。お前の主人の命により、服を用意させて頂く。付いてこい』
む。何か命じられている予感だ。サクナにちらりと目配せをしようとして、ああ、この場合は違うと首を振る。そして、マイネンに目配せを行った。
『…ああ、すまん。その亜人は古代語しか話せなくてな。通訳としてその隣の剣姫も一緒に連れて行くといい』
『ほう。古代語ですか。それはそれは。畏まりました。剣姫のお召し物は如何いたしますか?』
『そうだな。良い物があれば見繕ってくれ』
「姉様、付いてこいとのことです。服を用意していくれると」
「承知」
ならば行こう。出来得る限り動きが阻害されない服が良いとは思うが。さて、どんな布が用意されているのか、少し楽しみだ。
■
執事、そして剣姫とその姉が部屋を去ると、入れ替わるように、この城の主である、シグネルが部屋に入る。そして、どこか人懐こい笑顔を、マイネンに向けていた。
「いやいや、マイネン殿。あのような美人に囲まれて仕事が出来るなど、それにしても羨ましい」
「これはシグネル殿。昨年の会合以来、お元気そうで何よりだ。まぁ、羨ましがられて悪い気はしないがな。王からの借り物だ。好きに手を出せるわけじゃあない」
「左様でありましたか。いやしかし、あれが噂に聞く剣姫。私も生で見るのは初めてですが、美しい。眼福でございます」
満面の笑みと言った具合に、シグネルは笑顔を向けていた。マイネンとシグネルは知らぬ仲では無い。年に一度は顔を合わせる仲で、森から溢れ出る魔獣の対策を協議する役員同士と言った具合だ。酒も酌み交わし、比較的他国同士の貴族の仲では、交流がある。
「そうかそうか。王にも伝えておこう。ハイネケンとしては鼻が高い」
「それはそれは。ぜひ、よろしくお伝え下さい。して、マイネン殿」
人懐こい笑みは消えた。替わりに、どこか狼を思わせる、鋭い眼光がマイネンを射抜く。
「マイネン殿が直接動いているとなると、賊は相当腕が立つご様子。手がかりなどは?」
「残念ながら。致死の森を抜けてきましたが、何一つ。むしろ、シグネル殿のほうが詳しい、などということはありますまいな?」
マイネンは、その眼光を弾き返すように、憮然と言い放った。一瞬、静寂が包み、控えていたクマと狼、そしてカキサが気まずそうに冷や汗を流す。
「…詳しければ、王命によりこちらに来た騎士なんぞに好き勝手させるものですか。全く」
「左様か。と、なれば。賊は一体どこのものなのだか、判りませんな」
「ええ。ああ、それはそれとして、噂、ではありますが、最上級の銀糸と輪、そして耳飾を盗まれた、とか?」
マイネンは苦虫を噛み潰したような顔をして、視線を下げた。そして、苦しそうにつぶやく。
「噂ということにしておいていただけると、ハイネケンの面目が立つ、とだけ」
「左様でありましたか。いや、これはこれは、マイネン殿の心労、お察し致します」
「お言葉、感謝する。で、だ。シグネル殿。賊の情報は全く無いのか?」
シグネルは判りやすく眉間にしわを寄せて首を横に振った。どうやら、賊の情報はこのランドリーのヨルミではなかなか手に入らないらしいと、マイネンはため息を吐く真似をする。
「そうか。致死の森を抜けてきたというのに、収穫は、この魔獣達ぐらいなものか」
「おお、そうだ、そうです。この魔獣たちは一体?」
「先の剣姫達が森で手なづけた魔獣だ。私の言うこともある程度は聞くぞ?―ほら、立て」
冷や汗を隠しながら、それらしい口調でマイネンはクマに告げる。と、軽くクマは頷き。
「おお…これは見事な調教ですなぁ。この大きさのクマとなれば、それはそれはとても強そうだ」
「ええ。なんせ剣姫と対等に戦える魔獣ですから。王に献上することにはなるでしょうが、国に帰るまでは良い用心棒です」
「はは。亜人だけでも十分でしょうに。ハイネケンの方々は強欲だ」
ため息を吐くと、苦笑をマイネンに向ける。このあたりは、戦力としての亜人を有するハイネケンと、その他の国というパワーバランスが大きいだろう。亜人がいたから、致死の森の魔獣を手に入れることができた。となれば、ハイネケンの軍事力が更に上がると言うことに他ならない。
そのような事を気に入らない国、人というのも多くいるのだ。マイネンは頭の中でそう思いながら、力の無い笑みを浮かべてみせた。
「銀糸があればこそ、ですとも。しかし、あれはハイネケンの国宝。なかなか、他国にはお渡しできるものではありません」
「判っておりますよ」
■
さて、執事とやらに付いてきたのはいいのだが、そこに待っていたのは一人の女性。これがまた厄介な人間であった。
『んまぁあああああああ可愛い!次、これ!はい、着て!剣姫ちゃん通訳!』
「…姉様、次はこれを」
「ん」
次から次へと服を持ってくるのだ。今は黒の質素な羽織。今度はフリル付きのドレス。白地。丈が短い、そして背中が開いている。…ふむ。
「サクナ。これでは着ていないのと変わり無いと思うのだが」
「いえ、その下着よりはマシですよ、姉様」
そう言われてしまえば仕方ないか。ならばと、大人しく着る。が。その前に下着をずいっと女性に渡された。
『そのドレスにはこの下着!ああもう、貴女素がいいんだからもっとおしゃれしないと!あのマイネン様の奴隷ならなおさらよ!?』
『申し訳ありません。こちらの亜人は森で捕まえたので、その、言葉もそうですが常識があまり』
『あら、あら、そうなの!?勿体ない!じゃあ、アタシがとびっきりに仕立ててあげるわね!』
『しかし我々は亜人で…」
『何を言っているの!美しさと可愛いは、奴隷でもなんでも関係ないのよ!女ならば磨いてなんぼよ!ほら、剣姫も並びなさい!』
下着を纏い、鏡を見る。…ふむ。どこか少し、心が躍る。案外、こういうものも悪くはないかも知れないな。