おにぎり   作:灯火011

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夜の酒場―碌なことは無い

 眼の前に出された料理を見て、ほうとため息を吐いた。なるほど、確かにこれならば、我が食事がまずいと言えるだろう。肉の塊はともかく、じゃがいもと肉の腸詰めが合わさり、香辛料の香りを称えるもの。様々な野菜が煮込まれた、よい香の汁物。そして、久しぶりに見た刺激の有る酒、こちらではエールとか言うらしい。

 

「食材の旨さ、だけでは森に叶いませんが」

 

 サクナがそう言いながら、酒をマイネンの椀に注ぐ。陶器で出来たそれは、素焼きではなく釉薬が使われたもの。なるほど、なかなかここは上等な酒場なのだろうか。

 

「サクナ、この酒場はかなり上等か?」

「よくお気づきで。このヨルミの高級酒場の1つです。ほら、見てください。酒のグラスに釉薬が使われているでしょう?普通は素焼きなんですよ」

 

 ふむ。予想通りといった具合だ。と、ここでマイネンが椀を掲げた。合わせるように、椀を掲げれば。

 

『乾杯。好きに飲め』

 

 と、一言何かを言う。サクナとカキサが頭を下げたので、私も頭を下げておく。そして、一気に酒を煽り始めた。…久方ぶりの酒だが、どうだ?口に運ぶ。

 

「お」

 

 シュワシュワと旨い。ふむ。米の酒とは違うが、これはなかなか甘くない酒だ。苦味がある。これならば、と腸詰めに手をつけてみる。

 

「ほう」

 

 パリっと皮が鳴く。そして、中からジュワ、と肉汁が溢れ出る。ほう、ほう。これはこれは。

 

「合う」

 

 酒を煽る。苦味と肉の旨味が良い。進む進む。確かに、味だけで言えばあの森の魚の方が上なのだが、しかし、やはり人の手で調理がなされた物の旨さというのは格別だ。

 

「姉様、お口に合いました?」

「うむ。旨い。1000年ぶりの人の手の食事、これは良い」

「それはよかったです。では、堪能していてくださいね。私とマイネンは一芝居打ちますので」

 

 ふむ?一芝居?と、思った瞬間だ。サクナがマイネンの膝の上に乗り、首に手を回し始めた。

 

『さ、マイネン様。好きな物をお申し付けください』

『ああ。では、じゃがいもを1つ』

『はい。少々お待ちを』

 

 サクナが左手でじゃがいもを持つ。そして、それをマイネンの口に運んだ。しかもなかなか妖しげな手付き。

 

『旨いな。剣姫。あと麦酒を』

『畏まりました。マイネン様』

 

 すると、次にサクナが手にしたのは酒の入った椀だ。マイネンの。ふむ。なるほどなるほど。こうやって奉仕をするという芝居、なわけか。

 

「ふぅむ」

 

 いやはやと思いながら周囲を見渡せば、こちらに向かう目つきが、男は羨望の眼差しばかりだ。女は、嫉妬と蔑みを含んでいる。ははぁん。こうやって注目を集めて、何がしか情報を得ようという算段か。

 しかも、このような酒場となれば、例の賊とつながりの有る者も居るかも知れぬ。なるほどなるほど。マイネンも、サクナもよくやる。

 

『では、失礼致します』

 

 と、考えていたときだ。サクナがマイネンの椀から、酒を口に運んだ。…ん?奉仕するというわけではないのかと思った、次の瞬間だ。

 

『ン』

 

 サクナの唇が、マイネンの唇を塞いだ。

 

「…ん?」

 

 眼の前の姿が、一瞬、現実から外れたような気がしたのだが。しばらくの間、彼らは唇を合わせている。マイネンの喉が動く。

 

『どうでしょう、マイネン様?』

『非常に旨いぞ、剣姫』

 

 そして、周囲からは『ほお…』と、感心したようなため息が聞こえてきた。ふぅむ。ふぅむ。

 

「サクナ」

「…何も聞かないという約束です」

「相分かった」

 

 腹に据えかねているような不機嫌さが伝わる。が、それは言葉にだけ乗った感情だ。仕草や表情は、マイネンを慕っている様な見事な仕草。

 次から次へと運ばれてくる料理を、その手でマイネンに食わせ、そして飲み物は口移し。まるで、10年来、ずっと続けているような自然体な姿。

 

「…銀糸、で、行っていたのか」

 

 ぽつりと呟くと、サクナは小さく頷いた。なるほど。私はまじまじと、200年続けられてきた夜のサクナを見せられているわけか。銀糸が無ければ、おそらくはこの後、部屋で乗って乗られての大汗掻き、と。…少しばかり腹立たしいが、とはいえ、今この空気を潰すのも違う。

 

「仕方ない」

 

 後でマイネンには刃をくれてやって、実を贈呈してやろう。そのぐらいは許されるはずだ。今のところは、とりあえず、料理を摘んでおくか。

 

「そういえば」

 

 痴情を曝すサクナとマイネンはいいとして、そういえばカキサはどこに?と周囲を見回せば、どうやら、別のテーブルに酌をしに行っているようだ。あれはあれで、また情報収集の1つなのだろう。

 

『お姉様方、ご機嫌麗しゅう』

『あら、あら。これはご丁寧に。亜人様?ご主人様と仲良くしなくていいのかしら?』

『主は今、剣姫と楽しんでいまして。私、暇なんです。どうぞ、仲良くして頂けませんか?』

『へぇ…良いわよ?あら、貴方よく見れば、亜人なのに可愛い顔をして。お友達に紹介してさしあげます。こちらへいらっしゃい?』

『これはこれは、ご丁寧に。ご同伴させていただきます』

 

 いくつか言葉を交わしたカキサとテーブルの女性は、私達のテーブルから少し離れたところに行ってしまった。いや、しかし、カキサに向けられていた目は明らかに情念。いや、いや。酒場とは、かくも恐ろしい。

 

『プハッ。さ、マイネン様。次はどうされます?』

『そうだな。ああ、せっかくだ。先程から目線をよこしている殿方に、酌をしに行きなさい』

『畏まりました。マイネン様』

『ああ、ついでに。白髪を私の隣に』

『はい』

「姉様」

「ん?」

 

 何がしかを話していたマイネンが目線を此方に一瞬よこし、頷いた。同時に、サクナが此方にずいっと顔を寄せる。

 

「マイネンの横でただ食べて、飲んでいてください。マイネンが上手くやりますので。私は少々、席を外します」

「ん。大丈夫か?」

「慣れてますからね。200年選手ですよ」

 

 酒瓶を片手に、酒場の別のテーブルへと歩みを進めていくサクナ。…ふむ。なるほど?少し読めてきたか。女から情報をとるのはカキサ。男から情報をとるのはサクナ。今日は、そういうことらしい。

 ならば、邪魔をしないようにさっさとマイネンの横に座るとしよう。

 

「剣姫の姉様。肩を抱きます。力を、抜いて」

 

 と、座った瞬間に、マイネンの口から飛び出たのは、私と同じ言葉だった。驚きに目を見開くと、マイネンは柔らかく笑う。

 

「妹様から、学んで、います。今は、演技。どうか」

 

 ほう…この言葉を、この短期間で。たどたどしいが、マイネンという男は、地頭が良いらしい。

 

「承知」

 

 頷くと、頷きを返された。そして、肩を抱かれる。ならばと、しなだり掛かっておこう。そして、目の前の酒をぐい、と煽る。そして、出された肉の煮込みを更に喰らう。ふむ、ホロホロに煮込まれてコレもまた旨い。そうやって、暫くマイネンの横で飯を食らっていると。

 

『そこの貴族様。その亜人は他のテーブルにはやらないので?あ、失礼。私、この街で商人をしておりますゴルチゾと申します。お近づきの印に、果実酒を一本どうぞ』

 

 一人の、小太りの男が、瓶を一本片手にこちらに近寄ってきた。

 

『これはこれは、ご丁寧に、ゴルチゾ様。…ほう、これは20年ものですか。ならば、お近づきの印に一緒に飲みましょう』

『おお!これはこれは!ご配慮感謝致します。いやはや、剣姫。お噂に聞いたことがありましたが、美しい亜人ですなぁ。マイネン様?』

『私の名前を知っているのか?』

『もちろんですとも。ええ。亜人多し、といえど、あの姫君を従えているとなれば、ハイネケンの王か、マイネン様しかおりませんからなぁ!いやはや、今日の酒は、とても甘かった』

『それは良かった』

 

 何がしかが私の頭を上を通って行われているようだ。口撃、とでも言うべきか。さて、さて、サクナをちらりと眺めてみれば、マイネンに向けて軽く頷きを向けていた。どうやら、釣れたぞ、ということなのだろう。

 この男、何か、情報を持っているというのか?

 

『で、ゴルチゾ殿。私を誰だが知って近寄った要件はなんだ?このような場所で腹のさぐりあいは、せっかくの酒が不味くなるから遠慮願いたいが?』

『ははは。これは手厳しいですなぁ。いやなに、亜人のお話を聞きたく思いましてな?』

『亜人の?これはハイネケンの所有物、話せることは少ないぞ?』

『いやいや、そういわずにどうかどうか!私も亜人を手に入れたいのです。ですが、絶対数がおりませんでなぁ…』

 

 じとり、と男の視線が私に絡み付く。いや、これはあまり良い話題ではない予感がするな。目を合わせないようにしておこう。

 

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