おにぎり   作:灯火011

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夜の酒場―不埒なやつら

『絶対数は確かにおらんだろう。ハイネケンがほぼ独占している』

『そうでしょうそうでしょう。ですから、マイネン様、どうかそちらの亜人など、お譲り頂けませんか!?』

 

 男の顔がこちらにずいっと近寄った。ふむ。どうやら言い寄られている様子か。マイネンがその男を手で差し止める。

 

「マイネン。少し、任せろ」

『ん?そちらの亜人、今、なんと?』

『ああ。近寄るなと言ったのさ。何、この亜人は最近捕まえたばかりでな。言葉と、調教がまだまだなのだ。ほら、それが証拠に』

 

 こちらに目配せをし、頷く。ならばと、マイネンの隣から飛び出て、男の体を押さえたまま床に転がす。

 

『ぐおっ!?な、何―!?』

「名前」

『ゴルチゾ、殿。忠告です。主以外の人間があまり近寄ると、碌な目には合わんぞ』

「ゴ・ル・チ・ゾ」

『ごほっ。いきなり亜人に倒されるとは貴重な!いやはや、力が強いのですなぁ!それに、いやはや、好みの声だ!やはり欲しい!』

 

 名前は判った。ならば、それを軽く言いながら、と。確か母から教わった房中術は…こう、胸板をすすっと指でなぞりながら…耳に吐息を1つ。

 

『ほ!?』

 

 ふむ。つかみは上々だろうか。ふ。私も捨てたものではないな。しかし、サクナはここから酒を口移していたが…。いや、そこまでする義理はないだろう。ならば。 

 

『うほおっ!?あ、いや、そんな、こんな場所で!』

 

 ふ。お前のような貧弱を喘がせるなど、服の上からでもこの手と母からの房中術がアレば楽なもの。いっそのこと、公共の目の中で果ててしまえと思いながら、いやいやそれはまずいかとマイネンの顔を見る。

 

『こらこら、ゴルチゾ様にイタズラするのはそこまでにしておきなさい』

 

 何がしか、トーンが落ちた声で首を横に振られる。ならば、ここらへんでやめておこう。ゴルチゾの隣を離れて、マイネンの横に座りなおす。

 

『さて、ご理解いただけましたかな?』

『じゅ、十分に。いやはや、止めて頂き感謝致します。いや、醜態をさらさずに済みました』

『私としても、それを視界に納めるのは遠慮したい。まぁ、これ以上踏み込もうというのならば、その痴態どころでは済まんぞ。この亜人の牙が、お前の首をもぐ事だろう』

 

 マイネンから殺気が軽く生まれ出る。ひ、とゴルチゾが仰け反った。

 

『いや、いや、これはこれは。不用意でございました。いやはや、噂通りのマイネン様でありますな』

『くどい。何が目的だ?』

『ふふふ。いやなに、私も商人の端くれ。商人というのは、情報を大切に致します』

『ほう?』

 

 マイネンが何やら関心を向けている。私の肩から手が離れ、テーブルの上に置かれた。

 

『例えば、どこかの大国が、大切なものを盗まれた、とか。要人が行方不明になっている、だとか。どこの手の者が、その犯人だ、という噂とか』

 

 今度は、ゴルチゾがずいっと前にのめり込む。

 

『ご興味、ございませんか?』

『…対価は?』

『ふむ。本来はご請求させて頂くところ、ですが。ここで会ったが何かの縁でございます。此処は一つ、貸し1つで如何でしょう?』

 

 マイネンはため息を吐きながら、背もたれにぐっと体重を預けた。合わせるように、私もマイネンに体を預け直す。…にしても、マイネンの胸板もなかなかのもの。貴族というにはやはり、鍛え方が並ではないと思うのだ。

 

『情報を聞いてから、だな。信憑性が判らん。お前の、名もハイネケンでは知らん』

『手厳しい。たしかに、私は一代で財産を気づいた若造でありますからなぁ。…良いでしょう』

『情報を先に出す、と?』

『ええ。どうです?手を取られますか?』

 

 マイネンは少し悩んだ後。ゴルチゾに右手を差し出していた。

 

『では1つ、商談成立ですな。このような場所ではなかなか話しづらい内容ですから、また明日にでも使いを向かわせましょう』

『承知しよう。我々は―』

『シグネル様の城でしょう?陽が天高く舞い上がった頃、馬車を向かわせますので。どうぞ、ご贔屓に』

 

 すると、先程までのおちゃらけた姿から一転、ゴルチゾはにやりと笑いながら、そしてマイネンは口角をぐいっと上げて、握手を交わしていた。

 

「良好か?」

 

 マイネンに問いかけると、頷きが帰ってきた。よしよし。と、ゴルチゾが一礼をして立ち去る。すると、また別の男がマイネンの元を訪れる。

 

『マイネン様。この様な場でお会いできるとは。ワタクシ、タカアマより参りました商人のアズマでございます』

『ふむ。タカアマの商人か。何度か…お会いしているな?改めて私はマイネンだ。何か用か?』

『おお、これはこれは覚えて頂き恐悦至極。用といいますか、1つ礼を。まさかあのような美麗な亜人に酌をして頂けるとは思いませんで。貴重な体験をさせていただきました。礼は、これをお受け取り頂きたく』

 

 男がなにやら書簡を取り出した。それを受け取り、読み始めるマイネン。徐々に眉間にシワが寄り、目が細まった。

 

『…これはこれは』

『お気に召されましたかな?』

 

 ちらりと眺めてみれば、何がしかが書いてある。しかし読めん。と、男が乗り出すと、マイネンの耳元に、小さく耳打ちを始めていた。

 

『お好きな亜人をお選びくださいませ。我ら商業組合が血眼になって探し出した亜人達です。今は毒で弱らせてありますので、いつでも出荷が出来ますぞ』

『…ほう』

『いやはや、亜人殺し。あれは素晴らしい。ハイネケン王国のように銀糸がなくても、飲ませるだけで立ちどころに幼子のようになる。まぁ、我々銀糸を持たぬ者にとって、亜人はただの鑑賞用。しかし、ハイネケンにとっては戦力にもなるのでは』

『確かにな。では…これは持ち帰って王に献上しよう』

『はは。ありがたき事です。ああ、それと、お気をつけください。ハイネケンから銀糸を奪う、という動きが一部組織で有るようです。集落の亜人を奴隷にするのだとか』

『ほう?集落?』

 

 マイネンは興味津々に何かを聞いている。どうも、あくどい2人と言った具合であろうか。ともかく、腸詰めが旨い。

 

『ええ。隠れ里と言い換えても。私も詳しくは調べ上げられていませんが』

『そうかそうか。そのような場所が。いい情報をありがとう』

『いえいえ。マイネン様のお力になれればと思いまして。ああ、では、そろそろ。そちらの亜人様がお暇そうでありますので』

『これはこれは。お気遣い感謝しよう。何、ハイネケンに戻りましたら、また何か発注させていただきますので』

『はは。それはそれは。感謝致します。では、失礼いたします』

 

 ぐい、と腹に手を添えられると、マイネンに引き寄せられた。しなだりかかる。そして、立ち去る男に手を振ってみせた。ふむ。そうだな。ただこうしているのも味がない。

 

「ん」

 

 腸詰めを掴み、マイネンの口に運んでやる。少しお驚いた顔をしていたが、それを喰らうマイネン。さてさて、これで少しは奴隷に見えているのかな?

 

 

 クマと大狼は、特に演ることも無く、だらりとシグネルの城の一室で寛いでいた。ただ、出された食事はいつもの実や魚からすると少々貧相だなと、態度には出さないが心のなかで想っているようで。

 

「ヴ」

「キャウ」

 

 ぺろりと平らげた皿を軽く小突いていた。と。

 

「失礼致す。魔獣達。お食事はご満足頂けたか?」

「ヴ」

 

 部屋に様子を見に来たのはシグネルだ。首を傾げるクマ。

 

「そうかそうか。微妙だったか。追加で出すか?」

「キャウ」

 

 首を横に振る大狼。ふむ、とシグネルは少し考え込む。

 

「では、明日の食事はもっと量を多くしよう」

「ヴ」

「キャウ」

 

 頷く魔獣たちに、シグネルは頷き、満足そうに笑みを浮かべた。と、すると、シグネルの動きがどうも不審になった。目線は大狼に釘付けであり、手を少し出したり、引っ込めたり。近づいたり、少し離れたり。

 

「キャ?」

 

 どうしたんだ?と言わんばかりに大狼は首を傾げた。それを見たシグネルは、一つため息を吐く。

 

「…いや、大狼。1つ頼まれてくれていいか?」

「キャウ?」

「その毛皮、触っても?」

 

 クマと大狼が思わずシグネルの顔を見た。すると、顔を掻きながら、言いにくそうに口を開く。

 

「いや。なんというか。…そのな。この街。森から近いせいで動物を飼おうものなら、気づけば魔獣に喰われていることが殆どでな」

 

 シグネルは苦笑しながら、そう呟く。

 

「私も動物が好きなのだ。特に、犬が。ただ…その、そういうわけで何も飼えなかったんだ。それに、マイネン様が居る場所でそなた達に触れる事というのも難しいであろうし…」

 

 そうやって目をそらすシグネルに、大狼はそうかと納得した、のかはしらないが。

 

「キャウ」

 

 ゴロン、と腹を見せて、ひとなきした。シグネルが目を輝かせる。そして、それを見たクマと大狼が頷いた。

 

「失礼」

 

 腰をかがめ、おすおすと大狼の腹を触る。亜人をも虜にする毛皮に、シグネルの顔が綻んだのは言うまでもない。

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