幾人かの男、しかも、立場の違う奴らを相手にしながら、マイネンは涼しい顔で演技を続けている。いやはや、王国の貴族とは知っているが、その面の厚さを見るに本物だ。
『…ということで、またぜひお取引を』
『うむ。顔は覚えておこう』
しかし、この酒場。高級酒場とだけあって、なかなかの要人ばかりというか。それなりの立場の者ばかりらしい。私が見ても、所作も身なりも良い。
『…臭いな。要人がなぜ、この日にここまで集まっている?』
む?何か呟いたか。そうそう、案外とこの奴隷としての行動。慣れれば面白いもので、一挙手一投足に酒場の視線が寄ってくる。なので、マイネンの顎をさらりとなであげる。ビクリとマイネンが驚く。ふ。マイネンもまだまだ甘い。…あ、いや。私が刻んだ拷問の記憶のせいか?
『ふ。可愛い奴め』
と、余裕そうな顔で私の頭を撫でてくるマイネン。動揺を隠しては居るが、目が少々揺れている。もう一度、今度は胸板を撫でてやる。ビクリとマイネンが驚く。更に撫で返される。
『さて…』
動揺を隠すように、何がしかを呟きながらぐいっと私の腰を持ち、私をその膝の上に乗せた。左腕が腰に周り固定される。ふむ。これでは撫でられん。
「あまり、悪戯を、しないで頂ける、か」
小さく呟かれた。はは。仕方ないと頷いておく。しかし、もうそろそろ腹も満ちる。酒もこれ以上は入らん。そこまで酔っているわけではないが、腹の隙が無い。と、その時だ。数名の女性を釣れたカキサが、我々のテーブルに戻ってきた。
『マイネン様。1つご相談が』
『どうした?生き字引』
腰をうやうやしくおるカキサ。と、よく見ればその首筋には紅がついている。…ほほう。この男も房中術でも使ったか?カキサの背に付いてきている女性らの目は、少々潤んでいる。
『私、少々こちらの御婦人達と夜を明かしたく』
一人の妙齢の女性の腰を抱き、唇を奪うカキサ。ほうほう。マイネンはいやらしく口角を上げると、大きく頷いて見せた。
『…ならば、しかりと。優しく慰めて差し上げろ。なんにせよ、我が面子を汚すなよ?』
『はは。承知しておりますとも。では、また明日の朝に』
『―ああ、お嬢様方。ここの支払いは私が受け持ちましょう。我が亜人、いかようにも』
『―では、主より許可を頂きました。参りましょう。お嬢様方』
にこり。好青年。その様な無垢な顔を向けながら、カキサは数名の女性を引き連れて酒場を後にする。…ふむ。まぁ、王族を相手に夜を明かしたと言っていたしな。普通の女性を相手にすれば、こますのは楽なのだろう。いやはや、このマイネンといい、サクナといい、カキサといい。場馴れしすぎだ。
銀糸。これのせいで、この実力を持つ彼らが操られていたとすれば、その本当の主の実力とはどの程度のものなのか。少々、興味が湧いてくる。
「刀で切れるか」
にやりと口角が上がる。我が父もそうだったが、このような政が得意な者は、剣の実力もそれ相応のもの。否が応でも期待値は上がる。と、こちらに向かってくる影が1つ。
「姉様。お相手ご苦労さまです」
「サクナ。もう良いのか?」
「はい。挨拶回りは済みましたので」
そう言いながら、サクナは紅を引き直していた。ふむ。余りに慣れすぎているその仕草。ハイネケンという王国では、このサクナはいい外交の道具であったのだろうな。努めて見ないようにしていたが、まぁ、次から次へと要人の唇を奪う姿たるや。姉としては内心、憤りも覚えるというもの。
「姉様。顔に出ています。お気になさらず。これが、私の200年です」
「そうか」
覚悟の声でそう言われてしまえば、私から言える事は何もない。表情を柔らかく務める。私に出来ることは、今日の夜は、思いっきり甘えさせてやることぐらいだろうか。
『では、そろそろ腹も満たし終えた。剣姫』
『はい。では』
サクナが何がしかの証をマイネンから受け取った。それを一人の男へと見せに行くと、その男の背筋がピン、と伸びる。
『これはこれは、マイネン様の亜人様』
『こちらでツケを。全員の分、マイネン様が引き受けます』
『…は!?全員分!?でありますか!?』
『ええ。後で今日の分のご請求を、ハイネケンのマイネンまでお送りください。ここ数日は、シグネル様の住居を間借りしておりますので、そこでも結構ですよ』
『は、は!承知致しました』
見事に腰を折る男性。何か、話が決着したらしい。と、マイネンが不意に立ち上がり。
『今日、飲み食いは私、ハイネケンのマイネンが受け持った。私はここで失礼するが、皆様、どうぞ心ゆくまでお楽しみください』
何がしかを告げた後に一礼。それに合わせるように、私とサクナも一礼を行った。そして、出口へと歩いてい行く。ふむ。どうやら今日の要件は終わりらしい。そして、サクナから目配せを受ける。頷いて、マイネンにしなだる。さて、では、マイネンに歩調を合わせながら、堂々と歩くとしよう。
■
シグネルの城に付いた我々であるが、そこで待っていたのは予想外の光景であった。
『ああー。まさに夢のよう…』
うやうやしく城の執事たちに出迎えられた私達は、当然のようにクマと大狼が待つ部屋に向うわけなのだが。部屋に入って目に入った光景がコレ。
『…ふかふかすぎるぞ、お主』
「キャウ」
大狼の腹に寝転ぶシグネル。その顔たるやダラケていて、締まりが無い。私を情緒溢れる目で見ていた男が、嘘のようだ。我々が戻ったことにも気がついていない。ま、その気持は判る。私もその大狼の腹でよく寝た口。最高だろう。
『…シグネル殿?』
『はー…いやはや、やはり、犬を飼いたい………はっ!?あ!?ま、マイネン様!?こ、これは、これは失礼を!?』
『いや、いや。別にそのままで。気に入ったのならばしばらく楽しむと良い。狼。構わんか?』
「キャウ」
何がしか、頷く大狼。そして、シグネルの顔をぐりんと舐めた。
『ほお!?』
驚くシグネル。だが、その顔は満面の笑みそのままだ。ともかく、幸せそうで何よりである。