3人の男の死体を見下ろしながら、刀をカチンと鞘に納める。改めてその装いだけを見てみれば、結構な上等品を身に着けているようだ。
「うん」
手触りからするに、絹の外包。肌着や靴に至っても、森に入ってからついた傷こそあるものの、ホツレなんかは見て取れない。よく見れば装飾品もなかなかのものをつけている。宝石の入った指輪や耳飾りから始まり、金のネックレスなんかも煩いくらいに。
「…厄介事?」
これは私でも判る。なにがしか、厄介な事情を抱えていそうな男たちだ。これだけ良いものを身に付けておきながら、この森に入るというだけで異常と言える。
なにせここは死地と呼ばれる森。裕福な者は絶対に立ち入らない森。ま、1000年が過ぎた今ではその常識は通用しなくなったのか、とも思ったのだが、彼らのクマと対峙していた顔を思い浮かべれば、そうとも言えない。
「やはり、厄介事?」
訳あり。それに、これだけ良い装備を身に着けて裕福な出で立ちの癖に、あのゲスな目。
「厄介事」
だな。間違いなく。まぁ、とはいえ生き残りは居ない。それにここは森の奥地に近い。探索者の類もそうそうは入ってこれまい。つまり、私がこいつらを殺したことは誰にも漏れはしない。
「ガウ」
「キャウ」
それに、人間を喰うのは彼らの性分だ。いつのまにか、何匹かの狼が私の周りを囲っていた。大きさで言えばクマといい勝負。
「まて」
とりあえずは彼らのために、衣服を剥ぎ取る。ふむ、肌着まで絹のように滑らかだ。丁度いい。私の肌着に使わせてもらおうか。加工すれば暫くは数が確保できる。ふと、耳飾りが気になった。
「綺麗」
思わず口に出していた。これでも、女だ。剣を極めているとはいえ、色気もつきたい。見せる相手はクマくらいなもんだが。
まあいいかと、赤い耳飾りをもぎり取る。ああ、穴を開けなくてはつけられないか。ま、いい。後でクマに開けてもらうか。奴は案外と器用だから。
「ガウ」
おっと、催促。ならばと剥ぎ終えた左右泣き別れの男を狼らにぶん投げる。ついでに、上下に別れた男もぶん投げる。私は弓は扱えない。適当に装飾品を剥ぎ取って終わりだ。
ゴリ、ゴリ、ゴリ。骨ごと喰らう音が響く。文字通り何も残らない。さて、最後の男、斥候の両腕を彼らにぶん投げる。あとは上と下だが、下は特になにもない。履物ぐらいだろうか?同じように剝いで投げる。上は、厳重に布に包まれ、守られた何かを背負っている。
「うん?」
布を解いて見ると、上下に開く箱だった。鍵までついて、まるで開けるな、中身は貴重品!と主張するばかり。鍵はてんで見当たらなかったので、ここは一つ。
「セッ!」
カチン、と鍵を切り取る。ザッと狼たちが引いた。なに、今日は取って食わんよ。鞘に刀を収めてから、箱を開ける。
「ほほう」
思わず唸る。なるほど、なるほど。中身は財宝だ。金で出来た腕輪、足輪、水引のような銀細工の装飾紐が数点。素人の私ですら高価な物だと解る。しかも、男たちが身につけていた装飾品よりも上物。これを運んでいたというわけか。
「ふむ」
やはり、私の直感は正しい。これは厄介事だ。つまりだ。高価な装備で身を固め、更にそれよりも高価な物を持ったまま、この森に入らなければならないような人々であり、それでいて下種である。となれば。
「盗賊か、裏切りか」
変装して奪ったか。それとも、裏切って奪ったか。はたまた、取り入って奪ったか。銀細工の水引を手で弄びながら考えてはみたものの、答えは出ない。
「まあ、いい」
剝いだ上半身をぶん投げる。と、そこにいたのはクマ。見事に掴み取ると、頭からガブリと行った。お前、やっぱり人間を食うのか。くわばらくわばら。
ともかく、良いものが手に入った。喰らい続ける野生を尻目に、せっかくならばと手始めに腕輪、足輪を嵌めてみる。我ながらこのような装飾品に興味があったかと、内心驚いてはいる。
丁度いい。ピッタリ嵌る。
水引を手に取る。なるほど、5本か。大きさで見れば、足首、手首、あとは頭飾りといったところか。試しに手首に通してみる。
「魔法か、魔術か」
通した途端、手首から肘にかけて浮くように水引が伸び、そして葉の装飾が作られた。なるほど、これは変わった装具だな。試しに他の水引を通してみると、同じように装飾が作られた。
頭に至っては、どこぞの姫かと言わんばかりの冠まで見える。まぁ、悪い気はしないが。しかし、不思議な装具だ。肌に密着はせず、浮いている。なにがしか効果は有りそうだ。
「クマよ」
ボリボリと最後の一欠片を食い切ったクマに歩み寄る。そして、耳たぶを示して、その後に指で輪を作った。
「ヴ?」
首を傾げつつも、爪をこちらに見せるクマに、頷く。刹那、両耳たぶに熱が走った。触れば、丁度小指の先よりも小さく、しかし針よりは大きな穴が穿かれている。
「ありがと」
「ヴ」
さて、では拝借した耳飾りを通してみるか。視界の端で赤い宝石が揺れる。ああ、うん。それだけのことなのに、気分が高揚している。それに気持ち、体が軽くなったような気もする。やはり、心の持ちようというのは大切だ。
■
あらかた痕跡が消えた場所で、クマと向き合う。太陽は天高く、今日も良い死合い日和。ただ、今日は得物が違う。両刃の剣と短剣二本を腰に据えての試し切り。とはいえいきなり砕けては仕様がないので、刀も吊るす。私にとっては珍しい重装備だ。
「ヴヴ?」
奴は少し戸惑っている。まぁ、そりゃあそうだ。この1000年初めての別の得物。とはまあ、先ずは双剣を逆手に取る。少し透明な刀身。飾るにはいいと思うが。うん、違和感。
「参る」
踏み込み、切り上げた。さてどうか。奴も爪を振り下ろす。さてさて、まともに行けば砕けると思うのだが。
ガギン。いい音と共に弾け合った。なるほど、この双剣はいいものかもしれない。さて、ならば今度は両刃の剣。鞘から抜いて、正眼に構える。握りは上等、刃先は欠けもなく美しい。よく見れば、刀身になにがしかの文字が掘られている。なんの意匠であろうか?
「まあ」
些細、些細。抜刀居合は出来ないが、さて。改めて腰を落として踏み込む。今度は左から右へ薙ぐ。
「ヴ…!」
奴が避けた。仰け反り、後ろにすっ飛ぶ。ほほう?
「初めて」
こんなことは、この1000年無かった事だ。力も速度も奴が上。だから根本的な勝負方法は相打つわけだ。が。
「避けた。私の、刃」
にやりと、口角が上がる。1000年の研鑽は無駄では無かったか。と、いやまて、冷静になれと己に語る。
「もしかして」
剣を仕舞い、刀に手をかける。そして、スルリと刃を抜いた。
ガギン!と、爪と相打つ。なるほと、つまりは。
「この両刃の剣か」
意匠のおかげか、はたまた装飾品と同じように魔術か魔法の類か。間違いなく、剣にはなにがしかの力が宿っている。よくよく考えると、双剣もそうなのだろう。使い慣れぬ武器で奴と撃ち合えるとは早々思えない。
「業物」
となれば、放り投げた弓もなにがしかか。ともすればこの場には不要。剣と双剣を地面に投げ、装飾具と刀のみで奴に向き合う。
「ヴ」
それよ、それそれ。と言わんばかりの鳴き声だ。やはり、奴とやり合うのなら、死合うならば刀一本で挑むに限る。
ドシン、と奴が踏ん張った。
カチリ、と右手を刀に添える。
互いに良い間合いだ。さて、来るなら来い。研鑽の技でもって、その爪から放たれる致死の連撃、見事に無傷で受け切ってみせよう。