そうやって食事を摂ること少し。私は、気づけばゴルチゾの膝の上で飯を食っている。なにやら、マイネン曰く『褒美』だそうで。
『いや、いや。マイネン様。マイネン様。これは、これは、至極、至極です』
ゴルチゾの顔がそれはもう、嬉しそうに歪みに歪んでいる。まぁ、なんだ。私としては多少嫌悪感があるものの、マイネンに従っておくのがこの場は吉。とはいえ、まぁ、昨日の夜を超えて仕舞っているからか、この程度はどうでもいいとも感じている。
『そうか。まぁ、通行証が発行されるまではこの街にいる。その亜人は差し上げられないが、この程度のスキンシップならばまた考えよう』
『な、なんと!寛大なご処置、感謝いたします。マイネン様』
『この資料次第、だがな』
そして再び、昨日の夜のような空中戦が繰り広げられている。に、しても。このゴルチゾもなかなかの体躯。マイネンほどではないが、そこそこ鍛えている。ただ、座り心地は悪い。
「サクナ。ともかくとして、これはいつまで続ければよい」
食事に一切手を付けていない、サクナに問いかける。
「あと少しだけお待ち下さい」
「承知」
『おや、おや、おや。やはり美しいお声だ!いやはや、剣姫様。この亜人様はなんと申されたのか!?』
『ああ、いえ。座り心地が良い、と申しています』
『ほおおお!なんと、なんと!このゴルチゾ。お望みとアレばいつまでも椅子になりますぞ!』
何を言ったサクナ。ゴルチゾが無駄に興奮し始めたぞ。クマも、何か呆れている。十中八九、碌でもない事か。全く。…ま、とはいえ、ここは1つ機嫌取りでもしておこう。
「ん」
『ほお!?手ずからそのパンを頂けると!』
昨日の夜の酒場のように、男共はこれで喜んでいたはず。ゴルチゾの顔を見てみれば、なるほど、大当たり。私の手から直接、パンを喰らっている。
『どうやら、懐いたようですな。ゴルチゾ殿』
『ふは、ふは。これはこれは、非常に嬉しゅうございます。マイネン様!ああ、至極、至極にございますとも!』
うむ、間違っては居なかったようだ。マイネンが軽く頷き、サクナも目線で是、と語る。クマものんきにアクビなどして。
■
その夜。シグネルの城に戻った私達の手元には、ランドリーを行き来するための通行証があった。どうやら、あのカボンバが早馬を飛ばして届けてくれたらしい。
『その通行証があれば、隣国タカアマをも超えてハイネケンに入れます。それと、王より伝言です。賊の情報は入り次第お伝えする。とのことでありました』
と、言伝を受け取ったのだとか。カボンバはそのまま、街の警備に戻っていったという話をサクナから聞いた。ふむ、忙しい奴らだ。ついでに。
『空気を読んで頂き、ありがとうございます』
などという言葉が、マイネンから飛び出ている。さて、さて。この言葉がどこまで信じられるものか。判らん。何せあの銀糸の効果の程がまだまだ確定していない。
「忌々しい」
マイネン、サクナ、カキサはなにやら作戦を談義ている。私は、割り当てられた部屋で、一人だらりと過ごす。そして思うのだ。自らの周囲に漂う銀糸、そして外れぬ輪、外れぬ耳飾。よくよく考えれば、まだ何も解決はしていない。さっさと王城とやらに行きたいところだが。焦っては事を仕損じるというもの。
「じっくりと、違和感なく寄る。そして、場合によっては」
その王とやらの首を、喉笛を掻っ切るのもの1つ。それか、もしやするとその王すら、銀糸で操られている事も考えれば。
「面白い。面倒だが、面白い」
葛中に刀一本。どれだけ進めるか。逸る気持ちが湧き出てくるが、とはいえ、今は落ち着け。マイネンが居れば、間違いなく、違和感なく王城とやらに行けるのだから。
「マイネンが、裏切りならば」
間者の類ならば。その時は。
「クマと、狼。私で」
王城とやらに、挨拶に行こう。何、奴らとならば、死にはすまいよ。サクナは…まぁ、好きにさせるか。ここ数日のあやつの行動からするに、案外とマイネンとは相性がいい。銀糸無く出会っていれば、おそらくは、夫婦にでもなっていたのではないか?と邪推するぐらいに。
「さて、では」
白いドレスを脱ぎ捨て、着流しを羽織る。時は、日が傾き始めた。ならば。
「死合」
昨日は出来なかったからな。与えられた部屋を後にして、クマと大狼がいるであろう、待合に向かう。しかし、このシグネルの城の調度品もなかなか。悪いものは1つもない。
「この森。死地の森の眼の前の城というには」
少々の違和感がある。先程のゴルチゾといい、この街の金回りはどうなっているのやら。と、気づけば待合の扉の前。さて、と。ドアを押し開ける。
『いやぁ。至極だ。至極だ。なんたるふかふか…なんたるもふもふ…いや、本当。マイネン殿。どちらかをおいて言ってはくれぬものか…』
…ああ、そういえばシグネルは何やらこいつらの腹が気に入っているのだったか。ま、それは良い。
「クマ」
「ヴ」
「死合」
のそり。クマが立ち上がる。そして、呆気にとられたシグネルを尻目に、私と共に城の庭へと繰り出した。
「シグネル。悪いやつではない」
「ヴ」
頷くクマ。とはいえ、少し疲れている様子。甘えられるのも、気疲れするということだろうか。ならば。
「その気、晴らす」
「ヴ」
刀に手を添え、腰を落とす。クマの呼吸を見る。私の呼吸を感じる。
「ゼッ!」
まずは小細工なし。右足を踏み込み、抜刀。無論、上段に弾かれる。同時に、左足を引き付けながらクマに袈裟を切る。
「ヴ!」
だが、もちろん相手はクマ。その程度の太刀筋は見えていた。軽く軌道をズラされて、替わりに突きが顔に刺さる。
「ハ!」
だが、その直前に腕の具足を顔と爪の間に滑り込ませ、やり過ごす。体を左に捻りながら、その勢いも殺す。クマのほうが力は何杯も上。ならば、逆らってはならない。巻き取る。
「ゼェイ!」
そして、その勢いで、左から一気に横一線。左手一本での振り抜きだが、奇襲には十二分。それが証拠に、クマの首が仰け反った。
「ゼッ!」
そして今度は返す刀。右上からの袈裟斬り。左足を踏み、右足を引き付け。最速で刀を振り回せば。
「ヴ!」
ガチリ、と爪で刀を押さえられ、と、クマが大きく動いた。どうやら、蹴り。避けられず、腹に痛みを感じた。
「ガッ!?」
思わず顔がゆがむ。やはりクマ。一筋縄では全く太刀打ちできぬ。いやはや、やはり、クマとの死合は飽きないものだ。と。
『…なんと!これほどか、亜人の研鑽というものは!』
誰かの叫びが聞こえた。クマと共に、そちらを眺めてみれば、そこにいたのはシグネル。何やら、大きく興奮を見せている。
『これは、これはやはり、欲しいな!はは。あの力があれば、我が道も1つ、上に行けよう!』
なにやら大笑顔でこちらに向かってきている。ふむ。今は危ないのだがな。私とクマの死合い。他人に構っている余裕など、あまりない。