近寄るシグネルに、手を向けて来るなと伝える。何せ、死合いの合間は他に意志を向ける余裕はない。足を止めたことを確認して、一度、刀を仕舞う。
「…」
静かに。一歩、二歩。そして、ずらして、三歩。クマの背後に回り、刀を抜く。
「ヴ!」
止められた。と、同時に振り下ろしが来る。それを刀身で軽くいなし、受け流しながら半身を翻して力を逃がす。なかなか、やはり、クマは強い。―と。殺気。
『ハイィ!』
鋭い踏み込みからの上段振り下ろし。クマとの間にきたそれは、一気に私の首元へと伸びる。だがしかし、甘い甘い。この程度ならば見ずとも。
「ハッ!」
一呼吸で弾き飛ばせる。そして、切りかかってきたシグネルの腹に蹴りを喰らわせて、一度距離を飛ばす。
「クマ」
「ヴ」
阿吽。今日の死合いはここまで。シグネルの真意を確かめなければなるまい。とはいえ、言葉が通じん。ならば。
「勝負」
剣を交えるのみ。言葉は通じないが、通じるものがあるだろう。するりと刀を抜き、正眼に構えた。クマは頷き、一歩下がる。シグネルも同じ様に正眼の構え。どうやら、私との勝負をお望みと見た。
「来い」
言いながら、顎で合図する。
『ハィヤァ!』
同時に振り下ろされた剣を、刀で受け止める。ガチリ、と火花が散る。だが、所詮はただの人間の男。私の腕力と比べるものではない。
『ははは。亜人!お主は強いな!やはり、純正の亜人である貴様が欲しい!どうだ、我が近衛に入らんか!この致死の森からくる魔物を刈り取り、互いに上へと登ろうぞ!』
なんだ?言葉が判らん。ただ、何かを語りかけられている。目には少々欲望が灯る。そして、この剣に伝わってくる感じは…ふむ。
「不要なり」
勝負事のさなか、お前から伝わってくる感じは不純な物。切る気はないと言い換えても良い。そのような不埒な事を持ち込むな。全く判らん。剣を弾き飛ばし、刀を仕舞う。そして、腰をかがめて右腕を前に、そして、左の身を引く。
『何、主従なら問題ない。後でマイネン殿に許可を頂くまで!我が軍門に降れ、亜人!』
別段。何かを求めているようだが、私には関係の無き事。ならば、抜刀で一撃を喰らわせて、しまいにしよう。
ゆっくりと、ヤツに近づく。
間合いを計り。
一歩、二歩。
『そうだ、それでいいとも、亜人。ああ、よし、これで我が配下に亜人が加わる。これで、このような土地からもおさらば』
ずらして、三歩。ヌルリと刀を抜いていき、奴の喉笛…に、刃を喰らわせてはいけない。面倒くさい話になる事は、判る。ならば、峰で打つ。もう少しでその峰が届くというところで。
『そこまで!』
抜いた刀が、刀で治められる。ふむ、この見事な刀身は妹のものか。サクナ。
『シグネル殿。我が亜人が失礼をいたしました。しかりと教育をさせて頂きますので、今日のところはお下がりください。それとマイネン様から一言だけ』
『な、剣姫殿、なぜここに!?』
『今回は一宿一飯の恩義がありますから不問に処す。しかし、再び我が亜人に手を出すならば、お前は奴隷落ちだ』
『っ、はは!これは剣姫殿。失礼した。では、この場は下がらせていただこう』
シグネルは真青な顔を浮かべながら一礼をして、急ぎ足で去っていく。さて、コレは一体どういう事なのか?
「サクナ、シグネルは一体?」
「ああ、姉様を勧誘していたのです。その腕をシグネルの下で振るわないかと」
「ふむ。そしてサクナ、お前はなぜここに?」
「クマ、大狼相手ではない、剣戟が聞こえましたので、もしやと思い」
なるほど。なるほど。しかし、と、なると。なぜ切りかかってきたのかが判らん。
「それは、姉様を力づくで手に入れようとしたのかと」
「力づく」
「ええ。亜人の力は、ハイネケンの物です。他国では、その強さは語られるばかりですから」
ふむ。語られるばかりで実物を見たことがない。そんな奴らの一人であったということか、シグネル。まぁ、確かに、人間の男としてみればそこそこの腕は持っていたようだ。クマと、私の死合いの中に飛び込んでくる根性といい、多少は頭が飛んでいる。
「それと姉様。ここに来た理由はもう一つございます」
「何だ?」
「明日、タカアマに向けて出立致します」
ほう、それは急だ。てっきり、まだゴルチゾらやシグネルらから情報を取るために、数日はとどまるものかと思っていた。
「急だな」
「ええ。実は、あの資料の中に援軍の話が書いてありまして」
「援軍?」
それが、この出立と何か関係があるというのか?
「狐。私と同じハイネケンで使われている、銀糸の亜人です。それが、賊を探しにタカアマに入った、という話なのです」
「狐?」
「はい。私よりも腕の立つ、亜人です。目元を仮面で隠しているから、私も素顔は知らないのですが…しかし、年齢は1000を超えて、父と同じ程度。もし、マイネンが彼女と合流できさえすれば、王城まで一気に近づけます」
ほう、それはそれは。魅力的な話だ。
「ただ、問題もいくつかございます」
「問題」
「はい、狐はハイネケンの亜人。この銀糸、耳飾、輪の正しい使い方をよく知っています。なので、最悪の場合は刃を交える可能性も出てきます」
ふむ。その狐と言う亜人と戦う、か。丁度いいかもしれん。相手にとっては、不足無し。
「…姉様?もしや、亜人と戦えるとは幸運だ、などと思っているのではないでしょうね?」
図星。サクナから少し目をそらすと、大きくため息を吐かれた。何、いいではないか。この1000年をこの刀に費やしてきたのだから。試すぐらい。
「先程も申しましたが、実力は父以上だと感じています。姉様とは言え、苦戦を強いられると思いますよ」
釘を差すようにそう告げるサクナ。ふむ。父と同じ程度。となれば、まぁ、確かに太刀打ちできぬ相手と言えよう。だが、太刀打ちできぬ程度で挑まぬ、という行為もまた愚。
「一刃は交えたいものだ」
「姉様、話聞いてました?」
聞いていた聞いていた。しかし、それとこれとは話が別。何、それに相手はハイネケンの亜人、というのならば、操っている奴の耳をそぎ落とせば問題ないさ。何せ、サクナでこうだったのだ。その狐とやらも、銀糸の影響さえ解けば、正気に戻ってくれるはずだ。