妹曰く。
「マイネンを十分に誂えました。ありがとうございます」
などと言われながら、私達はタンドリーの端の街であるサキタマへと辿り着いた。クマも、大狼も相変わらず変わりなくもふもふとしているし、サクナは相変わらず美しい。平和な日々、というやつである。森の日々も悪くは無いが、やはり、人と過ごすというものも、悪くない。
「ゼェッ!」
「ハァッ!」
それに、やはり自分だけでは改善が難しかった点も、徐々に改善を見せている。例えばそれは、左右の速度差。妹と撃ち合ううちに、それが徐々に均等化してきている。
「やりますね、姉様!」
「サクナこそ、流石!」
しかし相変わらず、技の覚えが悪い事は変わらん。サクナは振り下ろしの後、そしてすぐに切り上げる。これも、何がしかの技の名がある。一瞬の切り返し、踏み込み。右に振り、左に振り。ただただ振り下ろし、袈裟に斬り、薙ぐだけの私とは違う、連撃の芸術。
「これも通りませんか!」
それをいなす。往なす。異なす。受け流し、向きを変え、技を狂わす。技は使えぬが、その起点は判る。ならば、間合いと軽い力でもって、それをズラしてやれば…!
「セッ!」
「わっ!?」
サクナの刀を跳ね上げた。そして、その跳ね上がった剣が戻る前に。
「着」
サクナの首に、刀を添わせた。
「…参りました」
刀を引いて、鞘に納める。サクナも合わせるように剣を刀に納めた。さて、といったところで、そろそろ。
「飯の時」
日が傾き、茜色が私達を染め上げる。街の家の煙突からは、煙が上がり始め、良い香りが立ち上がっている。
「そうですね。姉様。参りましょう」
サクナと2人。クマらが待つ宿へと向かう。打ち合っていた空き地を背に、石畳の街道を行く。しばらく歩けば両側に商店が並ぶ目抜き通りへと出た。
「…旨そうだ」
この時間に合わせてか、商店の店先には様々なものが置かれている。串焼き、米握り、パン、肉焼き、魚焼き。ヨルミに比べれば贅沢なものが安価で並ぶ。
「流石サキタマ。街道の要衝ですから、色々なものが並びますね。あ、マイネン様から小遣いを頂いていますから、何か買いましょう」
「承知」
姉妹2人。銀糸と耳飾を揺らしながら街道を往くと、少々好機な目線を感じる。とはいえまぁ、別に慣れてしまえば問題はない。強いて言えば。
『おお、亜人のご姉妹。その銀糸はハイネケンの!どうだい、ウチの串、喰っていかねぇか?』
『これは。有り難く頂戴致します。こちら、代金です』
『はは、これは有り難い!美味かったら、ご贔屓にな!』
このように、帰る道中でいくつかの喰い物を恵んでくれたりする。受け取った串を口に含めば、なるほどいい肉、いい塩梅だ。思わず口角があがる。いやはや、役得というものだ。
『おかーさん。あのおねーちゃんたちの頭の上に有るやつってなーに?』
『ハイネケンの偉い人たちに仕えている亜人が、主人から貰っている物よ。綺麗よね』
『うん。私もアレほしい!』
『うーん…難しいかもねぇ。ほら、行くわよ。あまり、見るものじゃないの。あとでパンを買ってあげるから』
なにやら親子からの熱い視線を感じたような気もするが、すぐに行ってしまった。サクナに視線を向けてみると、非常に悲しいような、しかし嬉しいような微妙な顔をしている。ろくなことを言われていなかったのかも知れない。
■
私とサクナは、我々が拠点としている宿の前に着いた。サキタマ随一の宿らしく、部屋はとても広く、畳、漆喰、そして塗り壁。我が亜人の住処のようであり、まるで神殿のような作り。そこに備え付けられている寝具も、ベッドなどではなく、布団と呼ばれる伝統の寝具。
マイネンは最初こそ違和感を感じていたが、このサキタマについてすでに一週間。この生活にも慣れてきたようで、しっかりと熟睡をしている姿が思い浮かぶ。
『戻りました。マイネン様は戻られていますか?』
係に声を掛けたサクナ。すると、腰を折り、その係は笑顔を浮かべる。
『これはこれは、剣姫様。はい。マイネン様はすでにお部屋にお戻りでございます。カキサ様、そしてお連れの魔獣様方もお揃いです』
『左様でしたか。ありがとうございます』
『ご夕食のご準備は進めてよろしいでしょうか?』
『はい、お願いします』
『承知いたしました。それでは、お部屋でお待ち下さい』
係が再び腰を折ると、サクナは頷き歩みを進める。私もその背を追って、マイネンが待つであろう部屋に向かう。この宿には他にも客がいるのだが、不思議とこちらに干渉してくる奴らは居ない。ヨルミとは大違いだ。時折、その、ほかの客と廊下で八合うが、会釈をする程度。サクナ曰く。
「値段なりの客しかおりませんから」
とのことだ。なるほど、いい宿とは、良い客を選ぶのかと納得する。そして、いざマイネンの待つ部屋の前に行くと、そこにも一人、係が待っていた。
『ご苦労さまです。マイネン様はお待ちでございます』
その係がコンコンコン、と扉を叩けば、中からカキサの声がした。
『はい。どうされましたかな』
『剣姫様、そのお連れ様がご帰宅なされました。お開けしてもよろしいでしょうか』
『どうぞ』
係が扉を開ける。すると、そこに居たのは、着流しを来たマイネン、カキサ。そしてくつろぐ大狼とクマ。いつもの面子だ。
『では、ごゆるりとお過ごしください。湯汲みなど、何かひつような時にはおよび下さいませ』
『ご丁寧にありがとうございます』
サクナに合わせ、頭を係に下げる。そして、扉が閉められると、私とサクナは大きく一つ、気を抜くようにため息を吐いた。
「…サクナ、この宿は良いところだが気が滅入る」
「同感です。非常に良いサービスですが気が抜けませんからね」
そして、マイネンが待つテーブルの脇に腰を据えた。と、カキサが私とサクナの分の茶を淹れてくれた。実に有り難い。
『ご苦労。剣姫殿、姉殿。研鑽は十分に積めたか?』
『ええ。十分に。姉様の強さをまた認識するだけの一時でしたけれどね』
『そうだったか。しかし、剣姫殿のその剣が通じないとなれば、やはり、姉殿の実力は素晴らしいのだな』
『ええ。そう思います。本人は、まだまだだと申していますけれど』
茶をすすっていると、何やらマイネンとサクナが此方を向いた。なんだ。
「どうした?」
「いえ。相変わらず姉様の剣筋が美しい、と伝えていたんですよ」
「そう、か?」
首を傾げてしまった。私はまだまだサクナの技の足元にも及ばないというに。私が勝てているのは200年のブランクによるもの。これが埋まれば、私など一刀のもとに泣き別れること間違いなしだ。さて、それはそうとして。
「タカアマには入れそうなのか?」
この宿に一週間も滞在している原因。タカアマへの入国の許可の有無。それを待っているのだ。普通であれば一日で入国の許可が出るらしいのだが、今回、私の拷問でマイネンは身分を証明するものがほぼ無くなってしまった。唯一、ヨルミで見せたバッヂ、それがハイネケンのマイネンであるという証拠らしいのだが。
「今、ハイネケンに問い合わせている、という話です。早馬で飛ばしてもあと数日は」
ふむ。ならば致し方なしか。幸い、この宿の金はタンドリー、つまりはこの国の負担で賄っているらしい。ならば、今暫くはこのサキタマで過ごすとしよう。