おにぎり   作:灯火011

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サキタマのひととき

『そういえば、聞きそびれていたんだが、良いか?サクナ殿』

 

 夕食。突き出しや焼き魚、そして米、味噌汁。実に身に覚えがある、故郷の味に近いそれを喰らっているとマイネンが口を開く。どうやら、サクナに何がしかを問いかけているらしい。

 

『ええ、良いですよ』

 

 頷きながら、サクナは味噌汁を啜る。私も視点を落として、味噌汁を手に持つ。そして啜る。…ふむ。ほどよい温さ。具材は豆腐と海藻。出汁は…ニボシかそれとも乾節か。なんにせよ、魚の旨味が溢れる良い汁だ。

 

『姉殿。名前を聞いていなかったと思ってな』

 

 焼き魚も、開きの一夜干しだ。これは…アジか?ふむ、皮もしっかりと焼けて実に良い。箸を入れるとふわりと蒸気が溢れ出す。うむ。口に含もうとすると、濃厚な魚の香りが鼻に抜ける。よしと意気込んでそれを口に放り込むと、まずは塩味が舌に抜ける。そして、そのあとに魚の旨味がじわり、じわりと溢れ出し、気づけば口の中は魚の旨味で溢れていた。

 

『ああ。それはですね、ナ…いえ。マイネン。貴方に教えるのはまだ時期尚早と言っておきます』

『それはなぜだ?』

 

 そこに、白い米を放り込む。つやりとしたその米。ふわりと炊きあがったそれを放り込むと、まずは香りが鼻に抜ける。いやはや、今日の料理は香りが良い。一流の料理人と一流の食材が合さればこうなるわけだ。野生の火で焼いた食材とはぜんぜん違う。

 

『あなたも、私も、まだまだ銀糸の影響下の可能性がありますからね。それに、貴方の奥底はまだ信じていません』

 

 うむ。米と魚の交互食いが止まらん。いい塩梅の魚、そしていい塩梅の米。いい。実にいい。そして、今、このテーブルの上には、火が灯っている鍋がある。もう少しでその鍋も炊きあがるわけだから、この米が更に進むわけだ。米のお代わりも有る。実に楽しみである。

 

『はは、それは手厳しい。致し方ないな』

『納得して頂けましたか?マイネン』

『ああ。納得したとも。ならば、一つ提案をしたい』

『なんでしょう?』

 

 ふと、クマと大狼を見る。そこにあったのは、いい大きさの魚を喰らう奴らがいた。宝石魚ではないが、概ね満足、といったところの食いっぷりであろう。お、目が合った。

 

「ヴ」

「キャウ」

 

 悪くないぞ。みたいな顔をして頷く奴ら。野生の癖をしながら喰い方もキレイな物。床に散らかさず、そしてこの宿で感じたが、案外と匂いも無い。そういえば、森でも奴らは毛皮も柔らかかったし、清潔であったか。どうやって維持をしているのだか。

 

「ヴ?」

 

 どうしたと。いやなに、気にするなと首を横に振っておく。すると奴らは視線をこちらから外して、魚に向き合い直していた。さてさて、私も改めて喰い直そう。…うむ。骨の周りについた脂身もまた旨いな。ああ、このパリパリとした薄い身も良い。

 

『いつまでも姉殿と呼ぶのも面倒なのだ。サクナ殿が剣姫と呼ばれているから、その姉殿ということで何か呼び名をと思ってな』

『それは一理ありますね』

 

 あとはこの酒。亜人殺しでも、亜人転がしでもない純粋な酒。よーく冷えたそれは、この焼き魚によく合う。米の辛い酒であるが、その分、口に入れた時に生臭さなんかは吹き飛ばせる。

 

『ならば、刀姫などは如何でしょうかな』

『それも良いな、カキサ。ただ、剣姫と刀姫では少々ややこしい気もする』

 

 クマらに杯を掲げると、いらん、とばかりに首を振られた。なんだ。お前ら。人間臭いのだからこのぐらいは呑めるのではないか?うーむ。呑めんか。そうか。と、そろそろ鍋が出来上がりそうだ。蓋を明けてみれば、なるほど、猪肉か。

 

『姉様の通称…それこそ、剣姫というのは姉様の事なんですけれど。すでに私が使っていますし…』

『…なぁ、サクナ殿。確か、亜人はその外見の特徴、角があるところから、鬼という呼ばれ方もしていたよな?』

『ええ』

 

 ふむ、ふむ。野性味溢れる肉の香り。…ああ、あの突進を受けた猪を思い出す。そういえば奴の肉は喰らわずにいたなぁと思い出す。まぁ、鴉にトドメと刺されそうになっていたのだから、そんな余裕など無かったか。

 

『ならば、鬼姫、などどうだろう?美しさ、剣筋の良さ。合っていると想うのだが』

 

 具材はネギに白菜、あとは…香り付けに大蒜と生姜か。なるほどなるほど。掬い取って、早速肉を喰らう。ほう、ほう。程よい硬さの肉を噛みしめるたびに、良い味が広がる。脂もまた旨い。臭みは大蒜と生姜で消えている。ただ火で焼いたものとはやはり違う。これは酒と飯が進む。

 

『鬼姫。いい響きですね。では、姉様のことはこれから鬼姫、と呼びましょう』

『ほほ。良いですなぁ。鬼姫。まさにまさに、サクナ殿の姉君にぴったりですなぁ』

 

 …む?なにやらマイネンらが此方を向いている。なんだ、まだ鍋を喰っては不味かったか?いや、しかしこれ以上待っていては肉が固くなりすぎるだろう。

 

「喰わんのか?」

「あ、ええ。食べます。姉様」

 

 うむ。肉は旨いうちに喰った方がいい。森でも、この良い宿でもそれは変わらんことだろう。さて、酒も旨いし、食事もうまい。この後は、風呂でも浴びに参ろう。

 

 

 タンドリーとタカアマの国境の街、サキタマ。交通の要衝でもあるこの街の役所は、にわかに騒がしさを湛えている。

 

「本人だと確認はまだ取れんのか。すでに7日経っているのだぞ。いい加減タンドリーの王からも催促が来ている」

「ハイネケンのマイネン様、という確認書類が何もないので正直我々も動けんのです。確かに、あのバッヂはハイネケンの貴族が持つものですが、しかし、それだけでは国境を通すわけには」

 

 押し問答。マイネンの顔を知っているからこそ、急ぎ国境を通したい役所の人間と、マイネンという名前を知ってはいるが顔を知らぬ役所の人間が対立をしているのだ。

 

 顔見知りからすれば当然通す。むしろ通さなければハイネケンとの国の関係に関わると焦る。

 

 しかし、顔を知らぬものからすれば、書類も何もない人間をハイネケンのマイネンとして通すのは如何なものか。間違っていた場合こそ、ハイネケンとの関係を壊す。とお互いの意見が衝突している。 

 

 どちらも正しく。どちらも引かない。故に、ハイネケンに早馬を飛ばしたわけなのだが、どうも未だその馬が帰ってこない。

 

「はやくしないとマイネン様がお怒りに」

 

 顔を知っている、つまりはハイネケンでマイネンと合ったことのある役人は顔面を青くする。15年前の亜人との戦いでの最大の功績者。鬼使いマイネン。数人の亜人と共に自らも戦地に赴き、前線で戦う武勇伝を知らぬものは居ない。

 

「承知しています。ですが、本人と確認が取れぬ以上、国境をまたがせるわけには参りません」

 

 全く見知らぬ役人は、淡々とそう告げた。功績者であることも知っている。重鎮であることも知っている。であればこそ、偽物であるという可能性を排除しなければならない。

 

「幸い、マイネン様には最高級宿「みそぎ」で寛いで頂いております。そうそうお怒りにはなりますまい」

 

 中立の役人は、そう言って笑顔を浮かべていた。この役人はどちらの言い分も判っている。それに、マイネンの功績も知っている。だからこそ、最大限の饗しで迎えながら、本人の確認を急がせる。

 

「それはそうだが…見ただろうお前も。銀糸の亜人が3人だぞ。あれは本物のマイネン様以外ありえん」

「いえ。完全にそうとは言い切れません。それに、ハイネケンでは最近何か起きた様子。怪しんで損をするものではありませんよ」

「まぁまぁ。言い合いをしていても仕方がない。まずは、早馬の帰りを待ちましょう」

 

 そうやって3人の役人がなだめ、焦り、静観しているさなかで、一人の亜人が国境付近へと脚を運んでいた。それは、早馬からの連絡を同盟国タカアマの役所で耳に入れたハイネケンの王直属の亜人である狐だ。

 

「…マイネン様がタンドリーにてご存命。という話でしたが、あの面子で致死の森を抜けたと?」

 

 一歩一歩、自らの脚で街道を進む狐。視界の先には、サキタマの町並みが小さく映り始めている。左の腰には刀を携え、顔には狐の面を付けた銀糸の亜人。

 

「不可解ですね。しかし、興味が湧きますね」

 

 その面の下の眼が、怪しく光る。

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