宿に滞在すること暫く。日々飯を喰らい、風呂に浸かり、クマやサクナらと研鑽を積む日々であったが、風雲急を告げるとはまさにこのことで。
『マイネン様、ご無事で何よりでございます』
時間は昼。サキタマの日々に慣れてきてしまったその時。マイネンを訪ねた人物が一人。狐の仮面を被った、角を持つヒトガタ。亜人だ。忌まわしい銀糸が、その頭に漂っている。
『狐殿。わざわざご足労感謝する。しかし、なぜ此処に?』
『それは申し上げました通り、マイネン様がご存命である…と聞き及んだからに他なりません』
『王よりの命か?』
『いえ。王からは何がしか、賊の情報を手に入れてこい、との命でございます』
『そうか。して、賊の情報は手に入れたのか?』
『いいえ。残念ながら』
マイネンの前に跪いて、狐は何がしかを話しているようだ。さてさて。サクナに目配せをすると、小さく。
「ここまでの経緯を報告しあっています。お気になさらず」
「承知」
なるほど。それならば気にすることはないか。マイネンの脇に控えて、それを見るに徹するとしよう。
『そうか…。ならば、私の情報を見せるとしよう。この書類を見てみろ』
『は。ありがとうございます。流石マイネン様。なにがしかをすでに掴んでいらしたのですね』
『ああ、偶然にな。それと…剣、双剣、そして弓は回収済みだ』
『おお!マイネン様。流石でございます!これは、王もお喜びになることでしょう!』
感嘆の声を上げる狐。まぁ言葉は判らんが。マイネンがあの剣を見せてこの反応だとすると…賊についての何がしかか。そうか。そういえば、このマイネンやサクナと出会ったのもあの賊のおかげといえばお陰。…あの賊、一体どこの手の者なのだか。
『それと…銀糸なのだが』
『もしや、マイネン様。それもお心あたりが?』
マイネンと視線が合った。む?何だ?と、狐とも目が合った。鋭い目で睨まれる。いや、何だ?
『…この濃密な銀糸、そしてこの紋の腕輪…。そしてこの耳飾り…もしや、銀糸をお使いに?』
『そうだ。この亜人を捕らえるために止む無くな』
『左様ですか。この亜人。それほどまでに強者だったのですか?』
『ああ。それはそれは、剣姫が負けてしまうぐらいにはな』
狐がこちらに一歩寄る。ふむ。サクナをちらりと見ると首を横に振っている。ならば、ここは逆らわずに流れに身を任せるが吉と見た。と、顔を右手で撫でられる。
『…大人しいですね。耳飾まで使って御したということですか』
『その通り。幸い、私の言う事は聞く。鬼姫、という名も与えた。王都まで連れ帰る予定だが、問題はないな?』
『鬼姫…承知しました。ええ。もちろん、戻ることには賛成です』
狐が一歩引き、再度、マイネンの前に跪づいた。ともかくとして不審がられはしなかったということだろうか。
『ああ、ただ。一つ。この亜人の実力は見ておきたいと思いますので、一度、外へ連れて行っても?』
『構わん。ああ、ただ。言葉が通じん。いや、古い言葉ならば通じるのだが…』
『そうなのですか?』
『ああ。今のところ、剣姫より言葉を伝えて云うこと効かせている』
ふむ。再び何がしか疑念の目が此方を向く。と、狐が此方にまた一歩、寄った。
「この言葉なら判りますか?鬼姫とやら」
「判る」
と、狐から聞こえてきたのはサクナと同じ言葉。我らの言葉だ。ふむ。この狐とらやもどうやら私と同じぐらい、長生きの亜人であるらしい。
「ならば、貴女の実力を確認しておきたいと思います。着いてきなさい」
「承知。マイネン…様には」
「私から告げておきます」
危ない。いつもの癖で呼び捨てにすることろであった。マイネン様。私も操られている体であるからな。油断してはなるまいて。
『では、マイネン様。こちらの亜人、少々お借り致します』
『ああ。しかし、まだ日が浅い。狐殿にとっては怒りの対象になることがあるかもしれん。多目に見てやってくれ』
『大丈夫ですよ。私とて、鬼ではありません』
何がしかを話している狐とマイネン。と、そのさなかでサクナが小さく耳打ちをしてきた。
「姉様。殺されはしないと思いますが、くれぐれもお気をつけて」
「承知」
「正体も不明、実力は指折り。本当に、お気をつけて」
承知、承知と頷く。それにしても、サクナも心配性だ。何、実力を見ると言っているのだ。殺されはすまい。
それに、私個人としても気になることがある。それを確かめるのにも、良い機会なのだ。
■
マイネンとサクナ達を置いて、私と狐はいつもの研鑽場に足を運んでいた。ここならば、誰の邪魔も入るまい。
そして、狐と呼ばれた亜人。顔を隠してはいるが、あの腰に下げる刀。サクナは知らぬと申して居るが、そんなはずはない。
「それで、鬼姫さん」
「なんだ、狐とやら」
「この言葉を話せる、となると、里の出身者ですね?」
ふーむ。この狐も十中八九、記憶をいじられているな。銀糸とは恐ろしい物だ。少し落胆を覚えながら、しかし、狐をしかりと眼前に据えた。
「無論。私は狐、お主を知っている」
「あら…あら?私は鬼姫、貴女を知りませんよ?」
そんなわけがないのだ。狐。お前は、私をよく知っているし。私もお前をよく知っている。それが証拠に。
「白神狐。その刀の銘だ。合っているだろう?」
私がそう告げる。狐の雰囲気がガラリと、表と裏が入れ替わる。
「…なぜ、その銘を知っている?貴様。何者だ?」
殺気。そして、その鋭い瞳。やはり、間違いない。
「なぜ?判らぬか。ならば、刃を交えば思い出しもするだろう」
「判りました。それならば、提案に乗りましょう」
ぬるりと刀を抜いた狐。波紋を見ると、やはり白神狐。コレを持つ亜人は我が母、ヤマツに他ならん。
「参る」
「来なさい」
私の刀でまずは目を覚まさせようではないか。踏み込み、懐に入る。待っていたとばかりに、母の刀が迫る。だが、その疾さは記憶の中のまま。1000年前と変わらぬ。ならば。
「ゼェイ!」
左足を引き付けたならば、刀を抜く。母の刀が振り下ろされる前に、私の抜刀がその仮面を切り裂いた。