「やはり」
吹き飛ばした仮面。その下にあったのは、私とよく似た銀色の長い髪、そして金色の目。違うのはせいぜい眉の形と、角の数。母はサクナと同じ一本角。私は2本角。いくら1000年前の記憶といえど、見間違うはずがない。
「やはり…と申しましたか、鬼姫」
「左様。やはり、と申した」
金色の眼で此方を睨む母。しかし、どうやら、私のことは思い出にないようだ。その目には敵意しか無い。
「心当たりは無いか」
そう問う。内心、ある程度は予想していた。狐、などという名前で呼ばれている女。そして、サクナよりも強いという刀の腕。それは、私の知る限り母か姉ぐらいしか居らん。
「貴女は…」
私の顔をまじまじと見ながら、眉間にしわが寄る。と、額から血が滴る。どうやら、私の刃が届いていたようだ。
「大事ないか?」
思わず。そう問うと、母は首を横に振る。
「気になさることではありません。鬼姫。そもそもこの場は貴方の実力を図る場です」
と、母はそう言いながら首を横に振り、刀を仕舞う。そして一歩、私から離れた。
「実力は十二分。私に傷を付けた。それで王への証明にはなりましょう」
「左様か」
「ですが、貴女の事は何も思い出せません。この刀の銘を知っている点は気にはなりますが…やはり、貴女の勘違いでしょう。鬼姫」
断言。ニベもなし。私からすれば明らかに母。だが、母からすれば私は赤の他人。そしておそらく、サクナに対しても同じだったのだろう。なんせ、今までのサクナの反応からしても、サクナも母のことは覚えて無さそうなのだ。
「左様か。ならば、残念」
首を振る。さて、こうなるとどうするか。刀といい、容姿といい、気概といい、明らかに母だが…おそらくは、あの銀糸のなにがしか、のせいだろう。
「狐とやら。お主の、主人は今、どこに?」
力づくで取り押さえるのも一つの方法ではあるが…。ここは一つ、搦手で参る。特に、私のことを覚えていないならそれはそれで好都合。
「私の主、ですか。それは…今、ハイネケンの王都に」
「そうか。ならば、私も挨拶をせねばなるまいな」
「ええ。そうなります。亜人はすべからく、我が主人の持ち物です」
我が主人の持ち物、ときたか。迷いのない目でよく言い切らせるものだ。あの銀糸。忌々しいな。とはいえ…まあ、ここは一つ、演じるとしよう。
「承知。マイネン様は、仮の主ということか?」
「そうなりますね。しかし、我が主、ハイネケンの王からも信頼の厚い貴族です。もしかすれば、貴女を捕らえた功績が認められ、今のまま、マイネン様が貴女の主となることでしょう」
そうか、ハイネケンの王が母の主か。なるほど、なるほど。ならば、その王とやらのご尊顔は一度は拝謁しなければなるまい。無論。喉笛ぐらいは掻っ切らせてもらうが。殺しはしない。実を食わせる。
「そうか。承知した」
「ふふ。どうやら貴女はマイネン様に懐いている様子。剣姫、私は王の物ですが、貴女の強さを示せば、きっとのぞみは叶うはずですよ」
「そうか」
それでは、ひとまず。仮面をかぶるとしよう。
■
ハイネケン王国の王城に、けたたましい足音が響き渡り、驚く人々を尻目にしながら急ぎの早馬が駆け込んだ。
「タカアマより伝令、伝令!王に急ぎ取次を!」
そして、その馬の上から転がるように地面に降り立ち、その門番に急ぎ食い入る一人の男。タカアマからの一報を持ったその男が、門番に促されるように王の前に辿り着いたのは、その少し後であった。
「そうか。マイネンが生きていると」
「は!その通りでございます!」
王は椅子に腰掛け、応接間でその伝令の言葉を聞いた。右手は何かを思案するように頬に置かれ、左手は膝にだらりと乗っかっている。
「私がその報告を、タカアマとタンドリーの国境で受け取ったのが9日前!なんとか早馬を乗り継ぎ飛ばして参りましたが、少々遅くなりましたことをここにお詫び申し上げます!」
「よい。全力を尽くしてくれたことは良く判る。しかし、魔導具での伝令も出来たはずだが?」
王に問われた伝令は、一瞬言い淀んだ。しかし、その次の瞬間には、意を決して王へと口を開いていた。
「いえ。残念ながら。その点に付いてもお知らせがございます」
「話せ」
「私がタカアマとハイネケンの国境にたどり着く直前、何者かが、タカアマ国境付近の魔導具を全て破壊しておりました。故に、ご報告が遅くなったのであります!」
王の顔がにわかに固まる。魔導具は、そうそう壊れるものではない。亜人に警備をさせ、その上で数名の近衛兵レベルの兵士を置いているからだ。それが壊されたとなれば、それは一大事であると、王の直感は告げている。
「それは事実に相違ないか?」
と、いままで王の横に控えていたレイヲルが厳しい顔を向ける。すると、伝令は大きく頷いた。
「相違ございません!タカアマ国境の魔導具は3つ。それが全て破壊されておりました。そして、守護をしていた亜人が行方知れず!」
「…左様でありますか。それならば、王よ。このレイヲルからも一つ進言を」
レイヲルは膝を折り、王へと頭を下げる。
「申せ」
それを受けて王も頷きながら、言葉を促した。
「すぐさま、タカアマ国境に軍を差し向けるよう進言致します。規模は師団。3つの魔導具が破壊され、亜人に何かが起きたとなれば、それなりの規模の敵が付近に潜んでいると考えて然るべきと愚考致します」
「そうか。ならば、その配備はレイヲル。お主に任せよう。しかりと、魔導具破壊の原因を突き止め、そして、輩を仕留めろ」
「は!」
王の言葉に、レイオルは返事と敬礼で応えた。そして、すぐさま踵を返し、レイオルは応接室を後にする。その背中を見送った後、王は再び伝令に言葉を投げた。
「それで、伝令。報告はそれだけか?」
「は。最後に一つ。マイネン様の元には、狐が向かいました」
「狐が?」
「は。丁度、私が早馬を乗り換えた時に詰め所におりまして、その時にお伝えしたところ、迎えにゆくと」
王は深く、ため息を吐いた。そして、伝令を見て、深く頷く。
「そうか。それは重畳。マイネンの件はこれで解決の緒が見えたか。となれば…賊についても幾分」
マイネンのことだ。何かは掴んでいるだろう。と王は一つ安心を覚えた。だが、それ以上に問題は魔導具の件。そして、亜人の件。ハイネケンにとっての強みでもあり、弱点でもあるそれらが狙われたとすれば、この先に待っているのは、混乱の世であることは間違いないと、王の直感は告げている。
「伝令、ご苦労であった。ひとまず、下の詰め所で休むが良い。必要なものがあれば、給仕に伝えよ。取り計らうよう伝えておく」
「は!感謝致します!では、失礼致します!」
「うむ」
閉められた扉を見て、王は深く椅子に腰掛けた。そして、眉間に皺を寄せて、人差し指をそこにトントンと打つ。
「さあ、どうするか。マイネンの帰還を待つか。それとも、タカアマに鎌をかけるか」
マイネンが生きている。その報を持ってきている伝令が国境に近づくと同時に魔導具が壊される。そのようなことが出来るとなれば、情報をまとめている人間。つまりはタカアマ、ないしタンドリーの王家か、それとも貴族か。それとも、ハイネケンの貴族の誰かなのか。いずれにせよ、この一連の流れからするに、裏切り者は、すぐ身近にいると見ていいだろう。王は警戒を新たにしながら、再び、大きくため息を吐いた。