『こちらのお方は、マイネン様であることは間違いありませんよ』
狐。ハイネケン王国の亜人の中でも上位の存在であり、王の側近としても有名な彼女の言葉は非常に重い。となれば、国境の役人は首を縦に振る他なかった。
『どうぞ、お通り下さい』
『感謝しますよ。タンドリーの役人様』
論議を続けていた役人達は、ただただ頭を垂れるのみであった。なにせ、タンドリーに比べてハイネケンは大国だ。逆らうことなどは全く考えられなかった。思えば、早馬の使者もそうだ。なぜあそこまでハイネケンに辿り着いたのかと言えば、事を仕損じれば極刑に処されるからに他ならない。無論、その逆も然り、だ。
『こうもすんなり国境を超えられるとは、流石狐です』
『いえいえ、そもそも貴女がマイネン様を守り切ってくれたからこそ。感謝しますよ、剣姫』
そうしてタカアマへと無事に入国できたマイネン達は、その始めの街であるアマノへと無事に辿り着いた。そして、その日の夜。
『これはこれはマイネン様。お噂は兼ね兼ね。私、タカアマの主より申し付かりまして、出迎えに参りましたササラと申します。このタカアマを、どうかごゆるりとお過ごしくださいませ』
やうやうしく腰を曲げた初老の男、ササラ。彼に導かれたマイネン達は、アマノでの一番の宿という「籠屋」という宿にひとまずは身を置くことになった。どうやら、タンドリーと同様、許可を得なければ国内を自由に歩けないからだ。
そして通された部屋は、サキタマの宿と同じ様な豪華絢爛さ。いくつも部屋があり、そして、風呂場も広く、実に過ごしやすそうな宿だ。
『それでは、許可が発行されるまでどうかごゆるりと。3日のうちには必ずやお届け致します』
『承知した。ササラ殿。宿の面倒、そしてその図らい、感謝する』
『ありがたきお言葉にございます。かならずや主にも伝えさせて頂きます』
脇に控える亜人。剣姫、狐、生き字引。この3人は王の付き人として、ササラとの面識がある。ササラが腰を折ると、3人は軽く会釈を贈っていた。
「知り合いか」
「ええ。そうですよ。鬼姫。貴女も会釈をなさい」
「了」
一人の亜人、鬼姫は狐に促されて会釈を行うと、ササラは驚いたような顔をしながら改めて腰を折った。
『これはこれはご丁寧に。亜人様のほうから会釈をされるなど、初めてでございます』
『ああ、彼女は鬼姫。新入りだ。これからよろしく頼む』
『鬼姫…ああ、美しいお名前ですね。お会いできただけでも幸運というもの。真に感謝致します』
そうやってササラは宿を後にしていった。残ったのは、マイネン達と、新たな同行人の狐。そして部屋の隅でくつろぐクマと大狼がいた。
『…さて、それでは改めてお聞きしたいことがあるのです。マイネン様』
『どうした?狐殿』
『この大熊と大狼。いずこで連れてきたのですか?…ああ、他意はございません。ただ、これだけの魔獣はなかなかおりません。魔獣としても強さがありますし、言葉も理解できる知能の高さとなれば、ハイネケン王国としても貴重な存在ですから』
そう言いながら、狐はクマと大狼を指差す。その顔はやわらかな笑みが浮かんで、興味津々といった具合である。
『ああ、こいつらは鬼姫が従えていたものをな。確か…どこだったか、剣姫』
『え?ああ、確か、致死の森の川、それを遡ったところにある泉の周辺です。狐、どうかされたのですか?』
そう剣姫が答えれば、狐の顔面は真青に染まる。気づけば震え、そして、数歩、後ずさっていた。そのさまを見て、クマと大狼がどうしたと言わんばかりに顔を向けた。
「ヴ?」
どうしたものか。そう言いたそうなクマが一歩、その身を狐に近づけると、同じ様に一歩、狐は後ろに下がる。そして。
『ああ、これは、なんと、なんということ』
そして、勢いよく狐は膝を突き、頭を垂れた。
『その身の巨大さ、そして、その雰囲気…間違いなく、あなた様方は森の守り神!』
「ヴ?」
「キャウ?」
守り神。その言葉にクマと大狼は首を傾げた。なんのことだと言わんばかり。
「剣姫。狐は、どうした?」
それを見ていた鬼姫が、首を傾げながらサクナに問いかける。と、サクナも首を傾げながら、そのままを伝える。
「全く…。ただ、クマと大狼を守り神、と」
「守り神」
鬼姫は心当たりがあるのか、ふむ、と何か頷きを見せた。そして。
「おそらく、我が里に祀られていた神々のことだろうか。剣姫も古いのならば、覚えがあるだろう」
「…そう言えば。守りに阿吽の狼、三足の鴉、熊の鬼。そして、祀られるは刀の神、でしたか」
「その通り。…しかし、このクマと狼が?」
鬼姫と剣姫は疑いの目で狐を見る。だが、全く気にせぬ様子で、クマと大狼に頭を垂れるのみの狐の姿に、にわかに真実味が帯びる。のだが。
「…ヴ?ヴ?」
「キャウ?キャ?」
当の本人達は、そんなことないけどね?と、言わんばかりに首を傾げるばかり。
『…狐、ひとまずは跪いて頭を垂れるのを辞めよ』
『し、しかし』
『それが真実だとして、その守り神が困っているぞ』
『…は!?あ」
マイネンの言葉に頭を上げた狐の目には、首を傾げているクマと大狼が映った。
『これは、あ、あの、大変申し訳ありません。まさか、こんな間近でそのご尊顔を拝見する事ができるなど、思いもしなかったものですから!やはり、守り神様達は実に、実にお美しゅうございます』
駄目だこれは、とマイネンはため息を吐き、サクナと鬼姫は疑念を再び深め、そしてクマと大狼は首を傾げ続け、そして、狐は狐でやはり頭を垂れるのみだ。どうやら、このタカアマでの日々は短いながらも少々、騒がしいものになりそうだ。