人々が森に侵入した時からまた暫く。いつもの時、いつもの場所。私とクマ…奴は変わらず相対している。
「ヴ」
奴の声に合わせるように居合抜刀。そして振り下ろし。奴がそれを避けて、反撃にと爪をこちらに伸ばす。受け流し、左から薙ぐ。爪で受けられ、下へと流される。同時に、顔面に飛んでくる奴の蹴り。ただの蹴りではなく、巨大な体格から繰り出される必殺の、更に必死の爪を加えた一撃。
「く」
左手を体と奴の間に無理やり差し込む。何もなければきっと左の腕ごと消し飛ぶことだろう。だが、そうは問屋は卸さない。
ガン、という衝撃が走り、体が後ろに吹き飛ぶ。左手は無傷。あの糸の様な装飾具が、具足の替わりとなって、盾として機能しているからだ。
「便利、便利」
「ヴ」
厄介な、と言わんばかりの奴の目。しかし、装飾具にこんな便利な機能があったとは想いもしなかった。それと同時に、問題も一つ判っている。
「外せないのは、予想外」
糸も、腕輪も、足輪も、強いて言えば耳飾りも外せない。外そうと思うと掴めない。耳飾りや腕輪、足輪は強固に体に食い込んでいる。痛みなどはないものの、明らかに呪いのたぐいだ。
「とはいえ」
そのお陰が、ここ最近の私自身の伸びたるや目を見張るものがある。大抵が相打ちだった剣戟が、避けた当てたと一つ上の段階へ上がったし、奴の爪を少しづつだが削りつつある。いずれはあの爪を喉笛ごと断ち切れる、かもしれない。
「油断、大敵」
だが、忘れてはならない。この装飾具のお陰だ。私の力で奴に肉薄しているわけではない。
「ヴォ!」
「甘い」
奴の踏み込み、そして奴の大きな腕と爪から放たれる大袈裟を、抜刀で合わせて弾いて避ける。さあさあ、弾いたところでこちらからも一発だ。一度鞘に刀を仕舞い、ヌルリと抜く。足元からふくらはぎ、そして腰へと力を伝え、それはまさに電光石火の如く。
「セッ!」
だが、奴の野生も伊達じゃない。気づけば、ヤツも爪を放っていた。
「ヴガ!」
ガギン。と、大音量の衝突音が響き渡った。と、同時に日が傾く。今日の仕舞いの残響を感じながら、私と奴は刃を仕舞う。
「ヴ」
そして普段なら飯を食うのだが、今日はなんと奴め、魚をぶん投げて、私に奴は背を向けた。
「あれ、飯は」
「ヴ」
いらん、そう言わんばかりに首を振る。
「そ、また明日」
通じているのか通じていないのか。ならばと、礼代わりにこちらも持参した木の実をぶん投げる。クマはと言えば、首を捻り、器用に背中越しに右手で受け取っていた。そしてそのまま、奴は森の奥地へと消えていく。妙な日もあるものだな。
■
火を起こし、奴の差し入れの魚を適当な枝に突き刺し、遠火でじっくり火が通るように地面に刺す。待つ間に木の実と蓮の実を摘む。天を眺めれば闇が覆い、小さく光が漏れている。
「良い」
あの光が何かは判らない。だが、天に煌くあれらは、眺めていて美しいと思う。いっとう大きな光のお陰で、この闇の中でも視界は良好だ。腕輪と銀糸も輝きを増しているような、気もする。
「まぁ、腹は膨れない」
ジュウ、ジュウ、と泡立ち始める魚を眺める。今は、天の光より腹の隙だ。泡立ち始めたのならば、食い時まではもう少々。ならば。
「据え切り」
腰を上げて、手短な木の前へと立つ。大きさにして80サンチ。薪にしてよし、建材にしてもよし。もっぱら私は薪に使ってしまうが、では。
「セッ!」
腰を捻り、刀を鞘から抜いた。勢いのまま刃を幹へと滑り込ませる。全く抵抗なくスルリと通り抜けた。そして、そこから薙ぎ、袈裟に落とす。すると、一瞬の静寂の後に、木はズドンと横たわる。更にそれを、使いやすい大きさに。振り下ろし、そして薙ぐ。刀で薪割りというのも変だが、他にやりようはない。
「まぁ」
良い研鑽だ。少しでも角度、力を間違えば弾き返され、そして刃が痛む。それがないように、じっくりと、しかし、速く。
「お」
そうやって時間を潰していると、鼻に香る香ばしい湯気が視界に入る。どうやら、魚が焼けたようだ。早速と枝を土から抜き、魚にかぶりつく。
「相変わらず」
硬い。しかし、良い焼き加減だ。うん、うん、やっぱりこの魚はうまい。死地の森、食料庫としてみれば優秀だと相変わらず思う。そして、そのさなかでも、銀糸はひらひらと空中に舞う。不思議なものだ。装飾具は邪魔になりそうなものなのだが、なぜか邪魔にはならない。魔法か、魔術か、はたまた呪いか。実に面妖なものだ。
「外せないのが、本当」
心が晴れない。気に入ってはいるのだ。しかし、外せないとなれば、はたしてどうするべきか。
「…クマ、奴でも壊せない」
となれば、私はもちろん壊せない。うーむ…。
「考えても、無駄」
か。仕方ない。実害は無い。むしろ、益が多い。体は軽く、覚えも良くなった。具足としても秀でている。ならば。
「使い倒す」
これが正しい気の持ちようか。ゴリゴリと魚の骨を、歯ですり潰しながら心得た。まぁ、それに、案外と楽観視もしている。
なんせ、この様な面妖な厄介事。まず間違いなく、人の街では騒ぎになっていることだろう。それに、あの身形の者が消えたとなれば追っ手が来る事もあるだろう。最悪、彼らと会話し、この装具を解いて貰えばいいだけの話だ。
「それまでは」
やはり、使い倒すとしよう。奴との戦い、役立ってもらおう。そして、いずれはこの装具が無くても、奴の喉笛を掻き切るまで、剣を振るのみだ。
■
ハイネケン王国の王城では、にわかに、騒ぎが起きていた。
「…何?近衛騎士団の副長が行方知れず?」
「はい。補佐の2名も姿が消えています」
「補佐、となると、弓兵と斥候兵か。…彼らの装備は?」
王族派貴族、マイネンは眉をひそめる。確か、近衛騎士団といえば全員が国宝級の武具を装備していたはずだからだ。
「装備も一式消えています」
従者の言葉に、頭を抱えた。あれらの装備は貴重も貴重。特に、副長が身につけているピアスは、ある国宝、しかもヤッカイな魔具を使うための危険なモノ。腕が立ち、実直な彼だからこそ預けていた品なのだが。
「…ふむ、では、彼らが消えたのはいつか判るか?」
「昨日の夜までは、姿を見たという者が居ます」
「となれば…すでに半日は経っている。全員に伝令だ!副長及び補佐2名の捜索を開始せよ!」
「ハッ!」
「あとは倉庫、宝物庫を確認するように王に進言をせねばな」
主、マイネンの言葉に、従者は首を傾げた。
「倉庫、宝物庫、でありますか」
マイネンは頷く。もし、ピアスが持ち去られたのならば、国宝の腕輪、足輪、そして銀糸も奪われている可能性がある。そう、彼の直感は告げていた。
「ああ、もしやするとただの行方知れず、という案件ではないやもしれん。念には念を入れる」