おにぎり   作:灯火011

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銀糸と耳飾

『ひとまずは狐よ。お前は通常の精神ではない。別の部屋を用意する。そちらで過ごせ』

『…いや、しかし、マイネン様の護衛を』

『それはこの3人で十二分。不満か?』

『い、いえ。…承知しました。マイネン様。ご配慮、感謝致します』

 

 マイネンはなにやら言葉を交わして、ひとまずは狐を我らから遠ざけた。確認のために、サクナに耳打ちを行う。

 

「マイネンはなんと?」

「ああ。混乱しているなら他の部屋へ、と」

「なるほど」

 

 その発端は狐の混乱からだが、この臨機応変さは流石といったところか。うむ。銀糸がなくともやはり、マイネンは優秀なのであろう。まぁ、それは母も同じ。

 

「とはいえ」

 

 刀の鋭さ。1000年前より変わっていなかったことが気になる。銀糸で操られたという200年。その間に相当ナマクラにでもなったか。そう感じるほどだ。そしてなによりも。

 

「サクナは狐の素顔を見ても、何も感じぬか?」

「え?あ、はい」

 

 これだ。面倒くさそうな事態に思わず眉間に皺が寄る。これはもう、洗脳の類と言えよう。何せ冷静に見ても、私と同じ容姿。違うのは角。これだけでも身内と判るだろう。それを疑問とすら思わない、思考の縛り。

 

「…銀糸か?」

 

 サクナの頭に漂うそれを忌々しく睨む。これは、もう、色々と厄介事が重なりすぎている。…政に明るい父、それか兄にでも会えば何がしか…とも思ったが、彼らも銀糸でやられているとなると。

 

「駄目、か」

 

 そう考えると、サクナの記憶の中に私が残っていたのが奇跡…奇跡?これは、奇跡か?

 

「…何か仕組まれた?」

 

 可能性も捨て切れんか。考えてみれば、このサクナを付け、マイネンに致死の森へ滑り込ませる。そこに私がいるのは父が知っている。…あらたな亜人を捕えるために、そのハイネケンの王とやらが…。などと考えてしまうと、どこまでも陰謀とやらが思い付く。

 

「考えても仕方なし」

 

 難しいことは考えない。ただ、頭の中には留め置こう。となれば。サクナ、マイネン、カキサ。そして狐。この4人を全て信じるわけにもいくまいか。これは、よっぽど気にかけなければ。

 

「呑まれる」

 

 事間違いなしか。…ただ、まぁ、幸い。私の銀糸を操るための耳飾。それは私が付けているからにして、思考の縛りというのはまず避けれるか。

 

「…姉様?何をぼそぼそと申しているのですか?」

 

 おっと、いかん。いかん。怪しまれてしまったか。軽く口角を上げて、サクナに向き直す。

 

「なんでも無い。何、狐は昔に里であった事がな」

「そうなのですか!?流石、姉様です!」

 

 流石どころか。お前もよく知っているだろうに。むしろ、私が居なくなってからの800年はお前のほうが共に過ごしたのではないか?と、喉まで出たが、どうも演技でも冗談でもない様子。ならばまぁ…。

 

「そうか。おそらく、お前もそのうち思い出す」

「そう、ですか?」

 

 はぐらかしておくことにする。今、引っ掻き回しても致し方ない。記憶がないならば、仕方ない。いやしかし…。

 

「ヴ?」

 

 思わずと、クマに視線が向いた。ああ、奴ならばこの愚痴を聞いてくれることだろう。奴は頭がいいからな。

 

 

「いや、しかし。あの鬼姫が、大熊と大狼を従えていた…!?」

 

 狐は一人、部屋で頭を抱えていた。この狐、人に捕らえられる前には、聖域にて禊を捧げるなどの要職についていたから、こと、魔獣についての知識は特に明るい。

 

「あれは間違いなく、我らの守り神。森の守護者の一柱である阿吽の阿、そして神域の守り手が付き従っているあの鬼熊…。ならば、あの鬼姫は…」

 

 ゾクリと背筋が凍る。もしやと。いやしかしと頭を振る。そして、自然とこぼれ落ちた言葉は。

 

「…伝説にあった」

 

 狐は未だ自分が最強の一人だと信じて疑わない。それほどの実力があるのもまた事実である。そんな狐を、一歩の踏み込みと抜刀で斬り伏せた鬼姫。付き従うクマと狼の魔獣。ならば。

 

「十中八九、刀の神」

 

 大きくため息を吐いた。そう考えれば、私の顔を見たことがあると云うのも判る。と狐は想う。禊の時に捧げた舞、それをどこからか見てくれていたのかと、都合よく狐は考えていた。

 

「と、なると…」

 

 狐の頭は回る。それも、その回転方向は全くの明後日に、全力で回る。

 

「…銀糸で御した事は、幸いなのか、それとも」

 

 自らの刀を、抜く。そして、その刀身を眺めながら。

 

「ハイネケンにとって、災いの始まりか」

 

 そう呟いて、狐は刀を頭上に掲げた。

 

「…いえ、きっと、亜人にとっては」

 

 空を切り、思い切り刃を切り下げた。床直前で止まったそれが、少しの風を巻き起こす。

 

「幸運の、足音かも知れません」

 

 そして刀を仕舞う。そして忌々しげに、自らの回りに漂う銀糸を睨みつけた。

 

 

 マイネン、サクナ、カキサらがこれからの予定なのか、それとも情報なのかをまとめている最中、私はクマの腹に寝転がり、惰眠を貪る。

 

「なぁ、クマ」

「ヴ?」

「あの銀糸、厄介」

「ヴ」

 

 そうだな。と頷き、クマは此方に瞳を向けた。

 

「おそらく、狐は母だ。しかし、サクナも狐もそれを覚えていない」

 

 そう言いながら、クマのふかふかとした毛皮に顔を埋める。しかし、本当にあの銀糸は厄介だ。こうなってくるとサクナに話すわけにも、マイネンに話すわけにもいくまい。

 

「なぁクマ。お前は、正気だな?」

「ヴ」

 

 頷く。そして、頭を撫でられた。…ああ、野生とはいえ、この優しさは今の私には有り難い。曲がりなりにも1000年近い付き合い。こいつがまた何やら操られている、なんて事になったら私の精神が持たん。

 

「狼は?」

「キャ」

 

 大丈夫と言わんばかりに、大きく顔を舐められた。そうか、そうか。それにしても、厄介だ。どうするべきか。うーむ。せめて、せめてサクナの記憶だけでも戻せれば…。

 

「…戻せるか?」

 

 もしや。銀糸によって、記憶が失われた。ならば、銀糸によってその逆も可能では。

 

「なあ、クマ」

「ヴ?」

「銀糸は記憶を奪う、それは、耳飾を持つものによって、で、相違ないか?」

「ヴ」

 

 そうだな。と頷かれた。となれば、銀糸を操っていた耳飾であれば、それが出来る。となれば!

 

「サクナの記憶は、サクナ自身によって、戻せ得るか?」

「…ヴ」

 

 少しの思案を見せたクマであるが、サクナに視線を移してから少し、頷いた。

 

「そうか。推理。サクナが今の耳飾の持ち主。ならば、自らに問えば、思い出す」

「ヴ」

 

 クマが頷いた。なるほど。それでイケるわけか。ならば早速。

 

「サクナ!」

「あ、は、はい!姉様、どうされました!?」

「こちらへ来い!少々、用事だ!」

 

 会議を続けていたマイネン、カキサ、サクナに大声を掛け、サクナだけをこちらに引き抜く。なんだなんだと、マイネンは少々困惑しているが、今は正直それどころではないのだ。

 

「姉様、近くに」

「うむ。サクナ。荒唐無稽だが、一つ」

「はい、なんでしょう?」

 

 首を傾げ、笑顔を浮かべるサクナに、一つの言葉を授けた。

 

「自らに『すべての記憶を戻せ』と、問うてみてくれ」

「…自分自身に、ですか?」

「ああ。おそらく、それで狐の正体も思い出すはず。やってみてくれるか?」

 

 サクナは少しだけ首を傾げ直しながら、少し困惑していた。だが、私が見つめ続けると、頷いて笑顔を浮かべる。

 

「姉様が言うのならば、やりましょう。何かお考えがある様子ですし」

 

 そう言って、一つ深呼吸。そして、サクナは胸に手を当てて、こう、告げた。

 

「私に問います。すべての記憶を、思い出す限り、思い出してください」

 

 …さて、どうだ。何か、変化はあるか。

 

「…姉様、特に何も起こらないようです」

「む…そうか」

 

 首を再び傾げたサクナ。少々、残念。推理は外れたか。そう肩を落とし、クマに視線を移した瞬間だ。

 

「ヴ」

 

 クマが少し待てと言わんばかりに、鋭くサクナを睨んだ。なんだと、サクナの顔を見てみれば。その耳についていた飾りが、淡く、光り始めていた。

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