おにぎり   作:灯火011

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記憶がひとつ

 サクナの顔から表情が抜け落ちたのは、そのすぐ直後の事だ。銀糸が激しく動き、耳の飾りが強く光る。

 

「…」

 

 呆然。それとも、衝撃か。その目には何も写っていないような、まさに虚無。

 

「サクナ?」

 

 声をかけるも、全く反応がない。そして、暫くそれを眺めていると、徐々に徐々に銀糸が落ち着きを見せ、耳飾の光が収まった。と。

 

「う」

「サクナ?」

 

 今度は、びくんと体が跳ねる。何がしかを一言呟くと。

 

「うえ」

「…?」

 

 そのまま、いきなり膝から崩れ落ちた。そして、そのまま。

 

「うえっ、うぇええええ!」

 

 床の上に、胃の中身を吐き出していた。

 

「サクナ!?」

 

 こりゃいかん。ともかくとして、駆け寄り背中を擦る。クマも心配そうにこちらを見る。そして、遠くからはマイネンとカキサが駆け寄ってきていた。

 

『サクナ殿!?いきなりどうされたのですか!』

『サクナ殿!カキサ、ひとまずは給仕に!水を持ってこさせろ!あと受けるものと雑巾を!』

『承知致したマイネン殿!!お待ちくだされ!』

 

 そして、現状を見るやいなや、カキサが部屋の外へ飛び出していった。おそらくは、人でも呼びに行ったか。に、しても。この反応。もしやして。

 

「うぇ、うえええええええ」

「サクナ。落ち着け」

「げほっ、うええ、げぼっ…」

 

 駄目だ。これは。落ち着くまではおそらくこのままだろうか。ううむ。と、背中を擦っていると、カキサが宿の給仕を引き連れて戻ってきた。見るやいなや、給仕らは受け物を素早く準備し、そして汚物をさっさと片付ける。そして、サクナに水を差し出すさまを見て、流石の手並みだと感心してしまった。

 

『お客様、落ち着かれるまで』

『うぇ…げほっ、ず、ずびば、うぇっ!』

『お気になさらずにお客様。大丈夫。大丈夫』

 

 全く、銀糸の記憶の拘束という奴のせいなのか。それほどまでに、何か衝撃を受けた、ということか、サクナ。

 

「落ち着いたら、話がある。良いな」

「は、はいっ…ねえ、ざまぁ!うえっえええ」

 

 うむ。これは見ておれんわ。続けて、背中を擦り、マイネンらに視線を送る。しばらく、2人にしろと。

 

『マイネン様。暫く外に』

『ああ。そうだな。狐にも言い含めておこう』

『ですな。では、鬼姫、剣姫。落ち着いた頃に戻ってくる。ほら、クマ、狼。お前等も』

「ヴ」

「キャウ」

 

 マイネンが何かを言うと、クマらは首を横に振る。なにやら、感じとしては心配だから、付いていると言わんばかりだ。

 

『げほっ…お気遣い、感謝しぱっ…うぇえええ』

 

 駄目だ、本格的に。その様子を見たマイネンが、給仕らにも声を掛け、気づけば私とサクナだけが部屋に取り残された。さて、さて。

 

「落ち着くまで、出し切れ」

「は、はいぃ…」

 

 未だサクナの嗚咽が止まらん。これは、なかなか。ひとまず状況はまだ判らんが、サクナをこのようにしたハイネケンの王。しかりと、仕置をせねばなるまいて。母の分と耳を揃えてな。

 

 

 その頃、ハイネケンの王城では、一つの事件が起こっていた。

 

「ん…!?」

 

 それは、王が身につけていた装具が、原因は不明なのだが、急に、耳飾の一つが耳から落ちたのである。

 

「王よ!」

 

 側近が急ぎ駆け寄るが、それを手で静止する王の姿があった。

 

「大丈夫、大丈夫だ。耳飾の一つが取れたに過ぎん」

「取れた…!?」

「そうだ。取れただけだ」

 

 耳飾。それは、ハイネケンに昔から伝わる伝説の道具の一つ。銀糸を操り、亜人、人間、魔獣を自由自在に操る事ができる魔導具だ。そのうちの一つが、地面に落ちている。

 

「いや、しかし、そのようなこと、今まで一度も」

 

 側近が焦り、言い淀む。

 

「ああ、判っている。だが、特に壊れた様子もない。何も問題は無いだろう」

 

 壊れ、地面に落ちた耳飾を拾い上げた王。その手の中にあったのは、狐と対になっているはずの耳飾であった。

 

「…狐の耳飾か。確か、マイネンと合流しているはず、なのだが」

 

 何かあったのか。それとも、もしや殺されでもしたか。と、王の中に嫌な思考が渦巻き始める。いや、しかし、それはありえぬだろうと、首を振った。

 

「耳飾は我らハイネケンが独占しているもののはず。それに、盗まれたものもマイネンならば取り返しているはず…だが」

 

 もしや、他国に盗られたか?と王は眉間に皺を寄せた。

 

「…もし、その時は」

 

 耳飾を弄びながら、窓の外を見た王。

 

「いや、そんなはずはない。それに、もし、耳飾を他国のものが手に入れたとて」

 

 深く、息を吸った王は、戸惑う側近を尻目に、耳飾と改めて付け直していた。

 

「銀糸の扱いを知らぬ奴らに、この耳飾は扱いきれんだろうよ」

 

 そう言いながら、王は再び椅子に深く腰掛ける。そしてまずは、レイヲルが向かっている国境地帯の問題を解決せねばと、すぐさま頭を切り替えていた。

 

 

「マイネン様、どうされましたか?」

 

 マイネンたちが部屋の外に出て、さてどうしようかと時間を潰していたところに、気持ちを落ち着けた狐が合流する。先程までの錯乱していた状態が嘘のようだ。

 

「ああ、いや、剣姫が急に戻したのでな。鬼姫に面倒を見させている所だ」

「それは…全く、何をしているのだか。私が少々、説教を…」

「ああ!いや!構わんぞ狐殿!亜人には亜人の都合がある。ここは、あの2人だけにさせてやってくれ」

「…む、マイネン様がそうおっしゃるのならば、その通りに」

 

 腰を折り、笑顔を浮かべた狐の姿に、マイネンは少々背筋をぞっとさせた。私も、銀糸が入ったままの頭であれば、こんな様子だったのであろうか、と。

 

「感謝するぞ、狐殿。落ち着いた頃に戻るといってあるのでな、少々、時間を潰そうと思う」

「いいえ、とんでもございません。…で、あれば、久々に如何でしょう」

「何をだ?」

 

 首を傾げたマイネンに、どこか妖艶な笑みを浮かべた狐がしなだりかかる。そして。

 

「夜伽など。剣姫とも、致しておるのでしょう?お望みとあらば、何時でも、何処でも、何度でも」

「…ふ。それはそれは。嬉しいお誘いだ。しかし、お前に手を出したとなれば王の心象が悪くなろう」

「ふふふ。お気になさらず。これは亜人の務め。王も理解されております」

 

 狐の顔がマイネンに近づく。そして、その影はどうやら、一つに重なった。…かに思えたが。

 

「ご冗談を。狐殿。夜伽は不要です。どちらかといえば、剣の指南などをお願いしたいと思うのだが」

「いけず、ですねぇ。…指南であればすぐにでも。では、少々表に向かいましょうか」

 

 2人と、それを見ていたカキサは外に向かう。どうやら、マイネンは修羅場の一つを上手く回避できたらしい。

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