おにぎり   作:灯火011

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記憶のるつぼ

「落ち着いたか、サクナ」

 

 ようやく嗚咽が止まったサクナの背中を擦りながら、そう声を掛けてみれば、頷きが帰ってくる。

 

「は、はいいぃ…」

 

 だが、やはりどうも気分は優れないようだ。顔は青い。そして、唇も白い。

 

「サクナよ。話すことは可能か」

「は、はい」

「何か、思い出したか」

 

 そう問いかければ、強く頷きが帰ってきた。さてさて、何を思い出したのか。そもそも殺し、夜伽あたりは銀糸の縛りから開放された時点でも思い出した、というか正しく認識したはず。それがこうなるということは、禄でもない記憶を封じられていた、と思うのが普通。

 

「…うぇっ」

 

 喋ろうとすると、また嗚咽をしてしまう。何かそれほどまでに気持ちの悪いことなのか。

 

「ゆっくりでいい。話せることから話してみろ」

「は、はい…」

 

 ひとまず給仕に持ってこさせた水を差し出す。それを受け取ったサクナは、なんとか、ちびちびと口に含み、嚥下する。

 

「ふ、はー…」

 

 どうやら、それだけでも少しは落ち着きを取り戻せたようだ。顔に少しだけ赤みが戻る。

 

「ありがとうございます。姉様」

「良い」

 

 水を返された。そして、小さく頷くと、サクナは改めて此方に顔を向けた。

 

「まず、思い出したことは狐…のことです」

「うむ」

 

 サクナは少し俯き、何かを考えるように額に手を置いた。そして、絞り出すように出した言葉がコレだ。

 

「母、ヤマツですね。姉様と同じ容姿、しかし、角が一本。そして、刀の銘は白神狐」

「左様。思い出したか」

「ええ。完全に。…うぇっ」

「…気分がすぐれんか?」

「…ま、まぁ…」

 

 ふむ。何やらあまり良くない返答だ。と、なれば…。この場合は、大概、碌でもないことを母とサクナでやってしまっていたか?

 

「深くは聞かんが、母と何か?」

 

 そう聞くと、サクナが天を仰いだ。そして、大きくため息を吐くと、こう、言葉を吐いた。

 

「…夜伽を…」

「夜伽」

「はい…。その。王に」

 

 …ふむ。大体を察した。ならばと、それ以上は不要と手を前に出して、首を横に振っておく。ふーむ。そうか、ふーむ。

 

「袈裟斬り、タマを潰すか」

 

 ひとまず、出会い頭で切り刻んでから実を食わせよう。そのぐらいの事はしても文句は言われまい。ハイネケンの王、しかりと覚悟をしておくといい。

 

「しかし、吐くほどの事をしたか」

「は…あはは…うぇ」

 

 力なく笑うサクナ。いやまぁ、親子で同じ奴を相手にした。というだけで想像がつく。しかも、おそらく、記憶があるということは、あの亜人転がしでも使われて楽しまれた、ということだろう。

 

「それと…姉様」

「なんだ」

「思い出したことはもう一つ」

「ふむ。言ってみろ」

 

 サクナは頭を抱えながら、私に強い視線を向け、こう告げた。

 

「王の回りの亜人ら。兄、姉。そして父の姿もありました。間違いなく、我が刀の一族が王を守護しています」

 

 ふむ…そうか、そうか。我が一族が王の守りに。

 

「そうか」

 

 少しはその予想はしていた。何せ、サクナ、そして母。この2人が王に仕えているという話であった。ならば、同様の実力を持つ、銀糸で操られたわが一族が王の周辺にいることは。

 

「至極、当然と言える」

 

 右手で頭を搔いた。考えればそれは当然なのだが、現実として立ちはだかるとそれはそれは厄介だ。なんせ、私よりも腕の立つ者たちが王の守護についている。となれば、面と向かって斬り伏せる事は、少々骨が折れてしまう。

 

「…姉様」

「どうした」

「母の、母の記憶は戻せませんか。どうにか」

「む」

 

 サクナが縋る目で此方を見る。うーむ…とはいえ、サクナのように、耳飾をつけた人物がここにいるわけではない。そもそも、サクナを取り戻せた事は、マイネンが耳飾を持っていたからに他ならん訳だ。

 

「サクナ。母の耳飾は」

「…おそらく、王が」

 

 王。となると厄介だ。ここからその王のもとまで演技をしながら戻る。おそらく、記憶が戻っていないサクナであればまだなんとかなったであろうが、今のサクナであれば、正直、精神的に辛い旅になることであろう。それは、私としてもあまり望まない。

 

「と、なれば…」

 

 ちらりと、部屋の隅で『私は何も見ていないし聞いていないので』みたいな雰囲気を醸し出す、クマを見た。

 

「…ヴ?」

 

 その視線に気づいたクマが、此方を見た。こいつなら、もしかすると、いやおそらく。

 

「クマ」

 

 クマに駆け寄り、腹に飛び込む。

 

「ヴ」

 

 どうした。そう言わんばかりに優しい声だ。うむ、こいつなら、おそらく、母の記憶についてもどうにかなるのではないか、と思わせてくれる。

 

「クマ。母の記憶を戻したい。何か」

 

 ないか?そう問いかけてみれば、クマは少々天を仰いだ。そして、何やら隣で横になっていた大狼と小さく何かを話し始めた。

 

「ヴ?」

「キャウ、キャウ?ギャウ」

「ヴ…ヴ、ヴァヴ」

「…キャー、ウ?」

 

 雰囲気としては、どうにかならんか。とお互いに言い合っている雰囲気だ。さて、さて、なんとか母の記憶。銀糸の何がしかからは完全に開放出来ないにせよ、私とサクナのことぐらいは思い出してほしいと言うもの。何か、良い案は無いものだろうか。

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