口を塞がれたまま、床に引き倒される。母の体温は予想以上に高い。押し付けられた鼓動が速い。しっかりと、亜人転がしが効いているようだ。
「っふ」
「ん」
一瞬離れた口。しかし、もう一度貪るように舌が絡み合う。嫌気はするが、よくよく考えれば実のところ初めてではないから問題はあまりない。なにせ房中術の師範が、この母。1000年より前には、私は母にみっちりと仕込まれた。
「はっ。はー」
「ん、んん」
まぁ、その時はこんな薬などなく、自分の技術だけで母を絶頂させたり、あとは使用人などを絶頂に持ち込むなど、様々訓練をしたものだ。懐かしい。
とはいえ、記憶のない母とまぐわうのは抵抗はあるがな。
「んんっ!?」
意識がアレば、いや、母の記憶がしかりとしていれば、私など手玉に取られる。だが、私のことが記憶に無いのならば。ある程度私が母を自由に出来る。ほら、少し壺をかき回してやれば、今も弓なりだ。
「ふー、ふー」
トロンとした母の顔を眺めながら、そういえば銀糸の動きが可笑しいと思う。接吻をし、耳飾が光り続けているこのとき。母の銀糸の動きがやたらと激しい。
「はー、はー。む」
今度は私から口づけを行う。今が勝負時と睨んだ。クマらが言うにはこの接吻が大切。ならば、亜人転がしが効いている間に何度でも、何度でも。
「あ、あー?」
母の口からは間抜けな声。どうやら、相当キマっているようだ。と、そういえば。
「ぷはっ…。む、意識が飛ばん?」
私の意識がなかなか飛ばん。確かに、こう、腹の底が煮えたぎるように熱いのだが。まだまだ私の意識が飛ぶ気配がない。ちらりとマイネンを見ると、目が合った。
「鬼姫、意識が?」
すると、マイネンはカタコトでそう聞いてくる。そうだと頷いてみれば、あからさまに驚いていた。そして。
「ならば、好都合。鬼姫、やれ」
そう居ながら、マイネンは母の両手を拘束。布団にしかりと固定した。
『マイネン、様ぁ』
『ふ。一晩、可愛がってもらえ』
『はぁい』
なにやら淫靡な顔でマイネンを見る母。…と、いうか、マイネンは良く我慢しているものだ。こういうとき、男というのはなかなか情に流される、と過去にこの母や父、そして兄に聞いたことがあるのだが。…と思ったが、なるほど、あちらのほうは正直といったところ。
「…デカいな」
ナニが。いや、なんだ。身内の物は風呂で見慣れているし、房中術を仕込まれたとき、他人のナニを見て触れる機会はあった。が、やはりこのマイネンのナニはデカい。
「今は」
それは捨て置こう。そもそもアレにお世話になるつもりは無い。さて、それでは気を取り直して。
「覚悟」
覚悟を決めた。母の銀糸の動き、私の耳飾の輝き。なにがしかこれは効果がある。サクナの古の記憶。まる一晩の接吻。壊れた耳飾。そして、惚けている母の顔。パシリ、と自らの頬を叩き、気合を入れる。
「参るぞ」
とことん、とことん参るぞ。参るぞ!
■
ハイネケン王国、王城。その王の私室では、王が従者と共に、ゆるやかな一晩を過ごしていた。
「こちら、タンドリー、そのヨルミの商人から仕入れました、宝石魚でございます」
「宝石魚。それはまた珍しい」
「ええ。最近、新鮮なものが手に入ったらしく。他にも、サカキの雫、そして王蓮の数珠も仕入れることが出来ましたので、いずれ毒抜きが終わりましたら、酒のアテに」
「ほお、それはそれは。良いものを手に入れたな。その商人には、十分に報酬を分け与えておけ」
「承知しております」
王は久しぶりの吉報に、口角が上がる。宝石魚、サカキの雫、王蓮の数珠。この3つは致死の森の珍味と呼ばれ、王であってもなかなか手に入れることは難しい。ただ、時折このように各地の商人から品物が入るので、歴代の王はそれらの味を楽しむために、国を運営しているという話もあるぐらいだ。
「それと、レイヲルからのご報告もございます」
「ほう、話せ」
「は。魔導具の破壊状況を確認。修復には数ヶ月を要するとのことです。下手人は現在、追跡中だとか」
「そうか。下手人の正体は?」
「それはこちらに」
従者が書類の束を王に手渡す。王は静かにそれを受け取ると、表情ひとつも変えずに一枚一枚、ゆっくりと目を通す。
「…ふむ、ふむ」
時折、出された酒を口に含み、そして宝石魚のトゥパをはみながら。
「…やはり宝石魚は旨いな。この切り身一つで、確かに、そこらへんの宝石以上の価値はあるだろう。お前もやるか?」
「よろしいので?」
「何、苦労を掛けている礼だ。ほら、一献」
「有り難く」
従者にコップを渡し、王自ら酒を従者に注ぐ。緊張の面持ちでそれを受け取った従者は、少しだけ震える手で、酒を口に含んだ。
「これは、旨いです」
「そうだろう?50年物、ヨハムの高原で取れた果実を醸して作られた逸品だ」
「それはそれは、貴重なものを」
「はは。気にするでない。ほら、宝石魚がお前を待っているぞ」
「では、失礼いたしまして」
微笑みを浮かべて、従者に促した王。従者は少々縮こまりながら、その宝石魚のトゥパを口に含み、噛んだ。そして、同時に、その目が見開かれる。
「ほ…!これは、これは旨い!」
「そうであろう、そうであろう。これは歴代の王族ぐらいしか喰えんものであるのは、お前も知っているだろう」
「ええ。存じております。しかし、それにしてもこれは旨い!」
「はははは!そうであろうなぁ。私の王の立場、その動機付けの一つがコレだ。まず、間違いなく優先的に持ってこさせている」
「納得のお味です。それにしても、この一匹で城が買えるというほどの貴重なもの。頂いて、よろしかったのですか?」
「かまわん。一人で喰うよりも、よほど良い。昔から付き合いのあるお前となら、なおさら」
王はそう言いながら、再びトゥパを口に含み、酒を煽る。
「旨い」
満足気に笑みを浮かべ、そして、天を仰いだ。それほどまでに、旨いらしい。そして、王はひととき、その残り香を楽しんだ後に、表情を戻した。
「下手人についてはよく判った。睨み通り、亜人が絡んでいるわけだな」
「は。それに加えまして、どうやらタンドリー、ヨルミ、そしてヨハムの一部貴族が裏で手を引いている様子」
「ならば、レイヲルに兵をつけたのはやはり、正解であったか」
従者は頷く。師団クラスをつけて送り出したレイヲル。銀糸を仕込んだとはいえ、あの兵の運営能力はマイネンに劣らない。
「銀糸もよく効いています」
「ああ。手駒が増えるのは好ましいこと。亜人ばかりでは、国の運営はままらなんからな」
そう言いながら、酒を再び口に含む王と従者。ふと、その時。
「む」
「おや」
王が付けていた耳飾の一つが、再び落下した。
「ふむ…狐のものですか。この間も落ちましたな」
「そうだな。となれば、何か狐にあったと考えるのが」
吉であるか、と従者と王は意見を一致させた。そして。
「やはり、あの亜人の巫女を押さえるには銀糸だけでは足りなくなっているのかもしれんな」
「左様ですな。200年の歴史の中で、緩んだのかもしれません」
ならばと、王は頷きながら、こう告げる。
「マイネン、そして狐が、あの耳飾、そして銀糸、輪と共に戻るならば。あの輪を狐に取り付けるとしよう」
「それがよろしいかと思います」
再び、耳飾を戻しながら王は頷く。その耳飾に小さな罅が入っていることには、まだ誰も気づいては居ない。