目が冷めた。朝日が差し込み、熱が顔を覆う。
「ん?」
いかん、いかんと首を振って、体の上に掛かっていた布団を軽く跳ね除け、上半身を起こす。ひとまずは自分の体を確認するとしようか。
「ふむ」
ひとまず、特に傷はなし。下半身は…まぁ、変な痺れや痛みは無し。記憶としては………。
「うーむ」
母の惚けた顔が思い浮かんだ。いかんな。暫くはまともに顔を見れる気が…いや、別にどうとでもなるか。うむ。そもそも房中術を1000年前に従事した際に阿呆ほど見たのだ。別にどうということもないさ。強いて言えば、マイネンにそれを見られたのが少々の恥。
「と、それはそうと」
マイネンと、母は?と首を動かして周囲を見てみる。と、マイネンは少し離れたところで横になっている。うむ。記憶で覚えている限りでも手を出されては居ない。本当、この男は、銀糸で操られていなければ男気に溢れる男なのだろう。少しぐらいは信じても良いだろう。
「む?」
さて、では母は、と思いながら部屋の隅々を見てみたのだが、どこにも居らん。はて?
「仕方なし。起きろ、マイネン」
そう言いながら、その鍛えられた体を軽く揺すれば、すぐさまと目を開ける。
『…これは、鬼姫殿。おはよう』
「おはよう。マイネン」
言葉は違えど、通じることもあるというもの。ひとまずは、目的を達成したということでお互いに笑みを浮かべ、握手をする。一晩、母を相手にし、接吻をし続ける。マイネンは母を押さえ、そして私が全力で。ということであったのだが。その結果が居ないとなると、これは一体どうしたものか。
「鬼姫殿。母君、は?」
マイネンがカタコトでそう聞いてきたので、首を横に振って応えてみせた。正直判らん。マイネンも周囲を見渡して首をひねっている。
「何処にいったものか」
昨日、間違いなく銀糸に何がしかの影響は出ているはずだ。耳飾が光った事は、意味があるはず。と、それはそうと、いい加減裸体を曝すのは辞めにするか。マイネンが元気に成っている。
『これは、失礼を!』
私の視線に気づいたのか、マイネンが股を隠しながら頭を下げた。はは、別に良い良い。見て減るものでないしな。さて、ということで私も肌着と、そして、着流しを着る。
『良し』
私が声をかければ、マイネンは顔を上げた。そして、ほっと一息ため息を吐くと、マイネンもまた着流しを羽織る。さて、落ち着いたところで顔を見合わし、さてどうするかと目配せをする。
「妹君、と、合流、しますか」
「承知」
頷くと、マイネンも立ち上がり背中をぐっと伸ばす。と、その時だ。
「顔をお上げ下さい!母上!」
焦るような、しかし、すがるような声が隣の部屋から響く。この声は間違いなくサクナであろうか。マイネンと一瞬視線を合わせると、頷き、そして急ぎ、サクナらが寝ているはずの部屋に向かった。
そして、眼の前にたどり着き、その扉を明けてみれば。
「いえ、今は、今は謝らせて下さい。サクナ。操られていたとは言え、全く、全く、言い訳になりません」
「いいえ、事情は私も重々承知しております。私も操られて居た身。母上!顔をお上げ下さい!」
飛び込んできた光景は、地面に頭を付け、サクナに謝っている母と。それを全力で止めているサクナの姿であった。クマと大狼はどうも居づらそうに右往左往するばかり。ふむ…。となると。
「母上」
「…ああ。ナガヒメ。昨夜は、大変、申し訳ないことを」
私に気づいた母は、そう言って、今度は私に頭を下げようとしてきていた。それは、望まん。
「母上。土下座、禁ずる」
私がそう言うと、母の体の動きが止まる。
「気にせず。母上。不可抗力というもの」
「…はい。承知いたしました」
少々反吐が出るが、この場は強権的に収めるのが吉であろうと判断。つまり、銀糸に何がしかの影響を与えた昨日の行為。サクナいわく、耳飾の入れ替えが可能であれば、つまり。
今、母の主人は私だ。
「母上。どこまで覚えておいでですか?」
そう問いかけてみると、母の眉間にシワが寄る。そして、言いづらそうに、口がひくりと動く。
「はい。…ナガヒメを1000年前に森に送り出したことは覚えています。サクナを、王に差し出した日も。ああ…私も、王の…」
「それ以上は不要」
ふむ。どうやら、銀糸の記憶の封印と言うか、そういうものは消えているようだ。本来ならば、全てを思い出せと申し付けるところであるが、今は、ひとまず落ち着かせよう。
「母上。命じる」
「はい。なんなりと」
「まずは落ち着け。そして、耳飾の主人の言うことを気にするな。自由に考え、行動せよ」
まぁ、つまり、侍從というところではなく、たとえ銀糸を使っていても自由に行動してくれ、と願いを込めて。クマをちらりと見てみれば、『それだ』と言わんばかりに首を縦に振っていた。すると、銀糸がひときわ激しく動き、そして。
「…ナガヒメ」
「はい。母上」
「無事で、なによりです。1000年の時、貴女を忘れたことなど、ありませんでした」
母の顔に、柔らかな笑みが戻っていた。ああ、この顔は、1000年前、私がよく見ていた、あの顔だ。そして、その母は私の隣まで来ると、そのまま肩を抱かれた。
「ありがとう。貴女のお陰で、自分を取り戻せました。…貴女の房中術、1000年前より研鑽を積んでいましたね。宜しいことです」
「左様か。母上は、腕が落ちていた。しかし、ご壮健で何より」
そう言って、私も母を抱き返す。うん。懐かしい。しかし、銀糸がいまだ、忌々しく母の頭上に漂う。おそらくは、私の耳飾がこの銀糸の対、になったのであろうが、またいつか本来の耳飾に戻るとも判らん。
「その、母上」
「なんでしょう。ナガヒメ」
「母上の話を、聴かせて下さい」
200年。サクナと共に、ハイネケンという国に捕らえられていた母。その話を聞けば、きっと、何か判ることがあるかもしれん。それに、サクナもそうであったが、その思い出は辛いものもあるだろう。吐き出して、少しは楽になってもらいたい。