おにぎり   作:灯火011

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母の剣、娘の刀

 天の光は頂上にあり。アマノの町外れ。立会人はサクナ、カキサ、そしてマイネン。観客にクマと大狼。

 

「いつでも来なさい」

 

 そして、相対するは銀糸を纏いし我が母上こと、里の巫女ヤマツ。刀の扱いは一族でも至上の一人。挑むには、骨が折れる相手。

 

「承知」

 

 相対するは愚才の身。ただ1000年、刀を振り続けた愚か者。この身で、どこまで通じるのか。出たとこ勝負。

 

 迷う無かれ。我が一刀、操られているとは言え一度は母に届いた物。ならば。

 

「いざ」

 

 参る。右足を押し、腰を落とし、そして左足に軸を移す。母の姿をじろりと見る。呼吸、脈、そして力み。隙がない。だが、呼吸はある。それを外す。母と同じ呼吸を繰り返す。

 

「は」

 

 短く息を吐いて、更に腰を落とす。その後、無病で左足を踏み切る。

 

「!」

 

 母の驚く顔が見えた。それを無視し、更に右足を踏み込み、そして。

 

「ゼェイ!」

 

 ぬるりと、腰から体を回し、右手でもって刀を抜き放った。

 

「くっ!?」

 

 刃が喉笛に届く寸前、母の刀、白神狐が滑り込む。引きつった母の顔を横目に、抜き、振り切った刀に左手を添える。母は一歩、後ろに飛んだ。

 

「メエエエエエエィ!」

 

 気合いを脚に叩き込み、右足を踏み込み、そして左足を引き付けながら、刀を大袈裟に振り下ろす。だが、そこは母上。肩口に刃が届く前に、やはり刀を滑り込ませた。

 

「ハアッ!」

 

 そして、返す刀が私の喉笛を掠り抜けた。ぎりぎり、それを首をひねって躱して、そしてその刀を右下から右上に跳ね上げる。更に、左から薙ぐ。

 

「ぐっ!?」

 

 直撃。母の脇腹に私の刀がざくりと刺さる。そこで私は刃を止め、母も諦めたように、刀を持つ手をだらりと下げた。

 

「勝負あり!ナガヒメ姉様の勝利です!」

 

 サクナの声で、母と私の殺気が霧散する。そして、気づけば母の手が、私の頭に置かれていた。

 

「ふふ。やはり、私よりも強くなっておりましたか。1000年の研鑽、確かに」

 

 心地よい。母の手。ああ、暖かく、良い。目を瞑り、それをしかりと味わう。そうやって、されるがままに突っ立っていると。

 

「ヴ」

 

 もふんと体を包む毛皮。そして、離れる母の手。何事かと目を明けてみると、そこにあったのは私を抱くクマ。なんだせっかく、母のぬくもりを感じていたというに。邪魔をしてからに。

 

「あら、あらあら。鬼熊様。それほどまでに、我が娘がお気に入りですか」

 

 母は思わずの苦笑いといったところで、此方を眺めている。

 

「ヴ」

 

 当然。お気に入り。というような雰囲気で頷くクマ。むう、毛皮の感触はいいのだがな。しかし、腕で抱かれていると脚が地面に付かん。格好が付かんので、降ろして欲しいものなのだが。

 

「サクナ、ナガヒメは本当に鬼熊様のお気に入りなのですねぇ」

「はい。ふふ。こうなると姉様も大人しいですからね。普段、ちょろちょろっと居なくなるので、良い保護者ですよ」

 

 サクナ?母上?そんな微笑ましく此方を見ないで頂きたいのだが。なぁ。

 

「クマ、降ろせ」

「ヴ」

 

 嫌だね。と首を横に振られた。む。まぁ、毛皮の感触は良いのだが。どうしたことか。というか、普段より若干握る力が強い。これは、もしや?

 

「…もしや、クマ」

「ヴ?」

「母に頭を撫でられた私を見て、嫉妬か?」

 

 嫉妬。まぁ、そんなことはあるまいなと思いながら、冗談めいて問いかけた。が、どうやらそれは図星立ったようで。

 

「ヴ」

 

 鼻息荒く、私を掴む手に力が入った。ふーむ。なんだ、こいつめ、結構可愛い所があるじゃあないか。

 

「そうか、そうか」

 

 思わずして口角が上がる。そして、手の届く首元をもふもふっと撫でてやる。うむ、首元の毛皮も上質で宜しい。

 

『サクナ殿、そしてヤマツ殿。用件は済んだのでしょうか?』

 

 と、マイネンがなにやら母とサクナに話しかけていた。ちなみに、この立会は母からの提案だ。1000年の研鑽の結果を見たい。今度は、銀糸の効果がない状態で、ということだった。

 おそらくは、マイネンは付き合わされていた、といった具合だろうか。

 

『ええ。マイネン。お付き合い頂き感謝致します。我が娘の成長、感じ取れました』

『それは何よりだ。で、我々はこのままハイネケンへと向かうが、そなたはどうする?』

『無論、道中お付き合い致しますよ。私が居たほうが、タカアマとハイネケンの国境を突破しやすいのも事実でしょう?』

『ああ。間違いない』

『しかし、私は未だ貴方を信頼仕切ってはおりません。我々と違い、銀糸以外でもハイネケンに忠誠を誓う貴族である貴方は、まだ、裏がある様に思えてしまいます』

 

 なにやら面倒くさそうな雰囲気が漂う。サクナ、そしてカキサに目をやってみれば、その成り行きを見守っているだけだ。

 

「サクナ、何を話している?」

「え?ああ。母がこのまま旅に同行するという話です」

 

 歯切れ悪く応えられた。ううむ。どうやら、雰囲気は当たっているらしい。ちらりと聞き耳を立てて見ても、マイネンと母の会話が相変わらず剣呑だ。

 

『それは、承知している。このサクナ殿、そして鬼姫殿からも同じことを言われているのでな。私も、いつでも首を切って良いと伝えてあるとも』

『その精神は重畳。昨日の夜も見事、己を律し、見事我が娘の貞操を守った。その点は信頼致します』

『…それはな。今までの事が事だ。これ以上は手を出したくはないのでな』

『左様でしたか。流石マイネン、殿。と申しておきましょう』

 

 ふふふ、ほほほ。そんな乾いた笑みが聞こえてくるような会話だ。やりて同士の会話というのは、言葉が判らんでも何か背筋が凍る物がある。

 

「サクナ」

「はい、なんでしょう。姉様」

「結局、我々は何処に?」

 

 サクナは母とマイネンの顔を交互に見ながら、一つため息を吐いてから此方に向き直す。

 

「詳細な事はまだ詰め切ってはおりませんが、ひとまずはハイネケンとの国境の町。『イワト』へと向かうことになります。おおそよ、移動距離はヨルミからサキタマの3倍といったところですね」

「そうか。3倍か」

「はい。まぁ、道中、街道や街がしっかりと整備されてはおりますから、苦労は少ないと思います」

「そうか」

 

 苦労は少ない。どこかその言葉に引っかかりを覚えながら、この町外れから見える、アマノの街から伸びる街道を眺める。この道の先、そこには、ハイネケンという国があるに違いない。なぁ、王とやら、しかりと、首を洗って待っていると良い。

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