鞘から刀を抜いて、陽の下へと曝す。無銘、と言うには見事な波紋で、素晴らしい仕事の一品だと判る。
「これも」
魔術か、魔法の類の剣だ。よっぽど頑丈なもので、例えば正しく切れば石すら豆腐のように断ち切れる。ただ、未熟ならば全く何にも刃は立たない。
「不思議」
仕組みが判らないが、太陽の下に曝せば、錆や刃こぼれが起きたとしても勝手に治る。2~3時間も曝せば、切れ味すらも戻る。本当、我が親族はよくこれほどの業物を私に預けたものだ。
「…元気かな」
父と母、そして数人の兄妹。寿命で死んでいる、ということはないだろうが、1000年もたてば住処も変われば、きっと集落の状況だって変わっている事だろう。
「そのままか、戦乱に巻き込まれたか、それとも、デカくなったか」
理想は1000年の時を経て大きくなった集落で幸せに暮らしていて欲しいとは思う。だが、我らの華は戦乱。私よりも戦の能がある我が一族のことだ。間違いなく。
「戰場に出た」
だろうな。こと、人間は争いを辞められない種族。まだ、親族のもとで研鑽を積んでいたときに、彼らの手先になってくれとよく依頼が来ていたことを思い出す。
「少し」
羨ましい。能がない私では、戰場に出れない。今ならば多少、役には立つだろうが。ま、感傷にひたることも1000年で何度もあったこと。慣れたるものだ。それにしても。
「相変わらず」
刀は惚れ惚れするほど美しい。銘は無いのであるが、我が家では「陽の
「カタナ」
他にもこの刀という剣はあった。我が親族は、使う使わぬに限らず、一人は一刀が習わし。そして、彼らの剣には銘があり、父親は逆刃守、母親の白神狐、兄の叢雲守、姉の炎華時雨など。特に親族で才能があった妹に与えられた朱雀天花は、特にその波紋が美しく、淡い緋色に染まる刀身が思い出深い。
「しかし」
私の刀は銘が無い。代々伝わる業物の一本。私がこの死地の森に入る、つまりは俗世と縁を切り、研鑽を積むと決めた時に、神棚より降ろされ、父から手渡された。
『お前なら、扱える』
真剣な瞳が、この長い年月でも脳裏から離れない。しかし、今でも思うのだ。この無能に何を期待していたのか、と。
「まだ、扱いきれない」
1000年。振り続けたがまだまだ足りない。なんせ、野生にすらまだ勝てないのだから。
■
マイネンがその報を受けたのは、宝物庫から国宝が盗まれている、と近衛隊長から報告を受けた翌日のことだった。
「副長が見つかった?早いな」
「はい。幸い、近くに。しかし…」
苦虫を喰らったような、重苦しい従者の顔を見たマイネンは、思わず天を仰ぐ。
「そうか、惜しい男を亡くしたものだ」
「ええ。真に、そう思います」
詳しくは聞くまい。酸いも甘いも噛み分けられる従者が顔を顰めるということは、つまり、あまりにも惨たらしい死に方をしていたからに他ならない。
「装飾品は」
「肌着の類すら身に着けておりません」
「従者は?」
「未だ。しかし、改めて経歴を洗っていたところ、こちらが」
2枚の羊皮紙がマイネンの眼前に置かれる。手を伸ばし、それを顔の前に持っていくと、判りやすく、形の良い眉がしかめられる。
「は、そうか。民主革命派の貴族の出、か」
「はい。巧妙に工作されておりましたが。生き字引が違和感に気づきまして」
従者は説明する。生き字引と呼ばれる王城の監査人。それが、資料を見比べるうちにいくつかの矛盾点を見つけたと。それを追っていくと、どうも、きな臭い事実に突き当たってしまった、と。
「そして、城門の騎士からの証言もあります。曰く、『副長は、夜の間に従者とともに門を出た。緊急指令だと告げられた』と」
マイネンは羊皮紙を机に放り投げた。そして、深く堀が刻まれた眉間に、人差し指を当てる。
「整理すれば、民主革命派、の工作により副長は殺され、あげく、従者か、はたまた何者かに装備と宝具を奪われ、それもすでに逃げられた後、という具合か」
「はい。生き字引も、近衛隊長もそのように申しております」
「そうか」
再び、天を仰ぐ。どうやら、この案件は一筋縄では行かない。そもそも、副長はこの国でも相当の手練だ。闇討ちをしようとも、まず、剣での勝負ならば誰にも負けないであろう。それが、こうも簡単に殺されたとなれば、それはまた、何か別の力が働いていると見て間違いない。
「…生き字引に限っては裏切りは無いだろうが、裏を取る。青の耳飾りを使え」
「は、承知しました」
従者は、一礼と共にマイネンの私室を後にする。
「最近は平和だった、のだがな」
窓の外に広がる城下町を見ながら、ひとつため息を吐いたマイネン。ここ十数年は近隣との戦乱もなく、まさに、平和な時代が続いていたはずなのだ。だが、蓋を開けてみれば、どうやら一筋縄では行かないらしい。
「あらひととの戦乱から200年。そして、15年前の事変。大きな戦が全くの無駄だと言うことは、骨身に染みているだろうに」
まったく、人間というのは仕方がないなと、肩を竦める。とはいえ、今ならばまだ取り返しはつく。まだ事件からは数日しか経っていない。早馬を使ったとしても、隣国ランドリーまでは7日の旅路。幸い、魔導具により各都市への伝令は済んでいる。
「網に掛かってくれよ。地獄は御免だ」
城下町から見える草原、その先の山、その更に超えた先。200年前の大戦、そして、15年前の事変の舞台となった古都を思い浮かべながら、瞼を閉じ、深く、息を吸った。